「辻沢日記 23」
文字数 1,504文字
会いに行く口実になるかと思って夜野まひるの制服を取りに寮に戻った。
クロエはすでに帰った様子で、ミユキには変な奴に狙われてるかもしれないから気を付けるように忠告し、部屋に隠しておいた水平リーベ棒を渡して出かけた。
辻沢に着いたのは5時ちょうどだった。
駅からヤオマングランドホテルまで歩いて行って、ロビーで夜野まひるに取り次いでもらおうとしたら、そんな客は宿泊していないと言われた。
セレブにありがちのポカホンタスとか変名で宿泊しているのだと思ってスイートルームの客と告げるとお客様のご都合で取り次げないと断られた。
アドレスを交換しておくべきだったけど、会ったばかりのセレブとそれができるほどあたしはずうずうしくない。
ダメもとでロビーの電話から内線をかけてみた。
この時間だ。寝ているということはないだろう。
しかし5回コールしたけれど応答がなかったので受話器を置いた。
それ以上鳴らし続けて夜野まひるに無粋な子だと思われたくなかったから。
ゼミ室を出るときは急に訪ねて行ってもここに来れば何とかなるだろうという根拠のない自信のようなものがあった。
でも、普通に考えればこうなることは心のどこかで分かっていたのだ。
へこんだ気持ちを落ち着かせようとラウンジのソファに腰を下ろして一息つくことにする。
少し硬めのソファーがさらに居心地を悪くさせる。
天井を見上げる。
夜野まひるがいる階は10階で直通エレベーターならすぐだけど、我彼の距離は途方もなく遠いことを思い知らされた。
一緒に空飛ぶ輩と戦ったり、抱き上げてもらったり、大切な制服を貸してもらったりしたから、あの夜野まひると知り合いになれたような気がしていた。
今、それが恥ずかしい勘違いだったと気づかされた。
彼女は世界に名を知られたゲームアイドル。
かたやあたしは誰もその存在を知らない鬼子使い。
所詮セレブと一般人なんだ。そう思うと、この場を急いで立ち去りたくなった。
ソファを立って小走りに出口に向かう。
ロビーを横切ろうとしたら、右手にあるエレベーターホールの一番奥の箱の扉が音もなく開いたのが目に入った。
それは唯一最上階に行けて、昨晩も夜野まひるに抱かれて乗った箱だった。
足を止めそちらに目を向けると、入口に白いロリータ風メイドコスの女性がいて、こちらをじっと見ているようだった。
ロビーの受付に誰もいないことを確認すると、あたしはそのエレベーターに足早に向かった。
箱に乗り込むと、操作盤の前に立ったメイドコスの女性がボタンを押し、扉が閉まって箱が動き出した。
一つしかない停止階ボタンはすでに押されている。
「あの、まひるさんいらっしゃるんでしょうか?」
と問いかけたが、その女性は何も答えずこちらに振り向こうともしない。
無言の時間が過ぎて箱が止まると扉が開いた。
昨晩来た最上階のエレベーターホールだ。
メイドコスの女性が操作盤に張り付いたまま、部屋のあるほうに片手を差し出した。
その手に促されて箱を降りるときに女性の横顔を覗き込むと、まるで生気がないように感じられた。
青白い肌にこけた頬と血の気のない唇。
見覚えのある横顔だけど、その人とはまるで印象が違って見えた。
案内されるかと思って待っていたけれど、その女性は最初のポーズのままじっとして動かない。
あたしは仕方なしに一人で部屋の扉に向かう。
紅色の分厚い絨毯を踏んで部屋の前まで来ると、豪華な扉の前に不釣り合いな牛乳瓶が何本か並べてあった。
昨晩夜野まひるに勧められて飲んだ牛乳のようだった。
牛乳配達でもやって来るのだろうか。紅の絨毯を踏んでここまで空の牛乳瓶を取りに来るのはどんな人なんだろうと思うと、なんだか可笑しくなった。
クロエはすでに帰った様子で、ミユキには変な奴に狙われてるかもしれないから気を付けるように忠告し、部屋に隠しておいた水平リーベ棒を渡して出かけた。
辻沢に着いたのは5時ちょうどだった。
駅からヤオマングランドホテルまで歩いて行って、ロビーで夜野まひるに取り次いでもらおうとしたら、そんな客は宿泊していないと言われた。
セレブにありがちのポカホンタスとか変名で宿泊しているのだと思ってスイートルームの客と告げるとお客様のご都合で取り次げないと断られた。
アドレスを交換しておくべきだったけど、会ったばかりのセレブとそれができるほどあたしはずうずうしくない。
ダメもとでロビーの電話から内線をかけてみた。
この時間だ。寝ているということはないだろう。
しかし5回コールしたけれど応答がなかったので受話器を置いた。
それ以上鳴らし続けて夜野まひるに無粋な子だと思われたくなかったから。
ゼミ室を出るときは急に訪ねて行ってもここに来れば何とかなるだろうという根拠のない自信のようなものがあった。
でも、普通に考えればこうなることは心のどこかで分かっていたのだ。
へこんだ気持ちを落ち着かせようとラウンジのソファに腰を下ろして一息つくことにする。
少し硬めのソファーがさらに居心地を悪くさせる。
天井を見上げる。
夜野まひるがいる階は10階で直通エレベーターならすぐだけど、我彼の距離は途方もなく遠いことを思い知らされた。
一緒に空飛ぶ輩と戦ったり、抱き上げてもらったり、大切な制服を貸してもらったりしたから、あの夜野まひると知り合いになれたような気がしていた。
今、それが恥ずかしい勘違いだったと気づかされた。
彼女は世界に名を知られたゲームアイドル。
かたやあたしは誰もその存在を知らない鬼子使い。
所詮セレブと一般人なんだ。そう思うと、この場を急いで立ち去りたくなった。
ソファを立って小走りに出口に向かう。
ロビーを横切ろうとしたら、右手にあるエレベーターホールの一番奥の箱の扉が音もなく開いたのが目に入った。
それは唯一最上階に行けて、昨晩も夜野まひるに抱かれて乗った箱だった。
足を止めそちらに目を向けると、入口に白いロリータ風メイドコスの女性がいて、こちらをじっと見ているようだった。
ロビーの受付に誰もいないことを確認すると、あたしはそのエレベーターに足早に向かった。
箱に乗り込むと、操作盤の前に立ったメイドコスの女性がボタンを押し、扉が閉まって箱が動き出した。
一つしかない停止階ボタンはすでに押されている。
「あの、まひるさんいらっしゃるんでしょうか?」
と問いかけたが、その女性は何も答えずこちらに振り向こうともしない。
無言の時間が過ぎて箱が止まると扉が開いた。
昨晩来た最上階のエレベーターホールだ。
メイドコスの女性が操作盤に張り付いたまま、部屋のあるほうに片手を差し出した。
その手に促されて箱を降りるときに女性の横顔を覗き込むと、まるで生気がないように感じられた。
青白い肌にこけた頬と血の気のない唇。
見覚えのある横顔だけど、その人とはまるで印象が違って見えた。
案内されるかと思って待っていたけれど、その女性は最初のポーズのままじっとして動かない。
あたしは仕方なしに一人で部屋の扉に向かう。
紅色の分厚い絨毯を踏んで部屋の前まで来ると、豪華な扉の前に不釣り合いな牛乳瓶が何本か並べてあった。
昨晩夜野まひるに勧められて飲んだ牛乳のようだった。
牛乳配達でもやって来るのだろうか。紅の絨毯を踏んでここまで空の牛乳瓶を取りに来るのはどんな人なんだろうと思うと、なんだか可笑しくなった。