「書かれた辻沢 71」
文字数 2,648文字
〈次は雄蛇ヶ池公園南門です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください〉
(ゴリゴリーン)
前のバス停とアナウンスが同じだった。青墓の杜も近くに見えてるから、ここからでも通じる道があるのだろう。
バスが行ってしまうと明かりがないので辺りは真っ暗になった。
暗闇の中、近くに生える低木のほこりくさい匂いが鼻に纏わり付いてくる。
早速ヘルメットのヘッドライトを灯してユウさんとまひるさんを探したが、虫の声が聞こえるばかりで人の気配はない。
「クーロエ」
手を握ったクロエが飛びあがった。
「ビックしたー」
という声でそちらを見ると、いつもの白いパーカーとショートデニム姿のユウさんが立っていた。
その向こうにはまひるさんの顔だけが浮かんでいるように見えているが、それは着ている深黒の制服のせいだった。
まひるさんは、
「ごきげんよう」
と微笑みながらクロエに近づくと、
「昨晩は楽しかったですね」
とクロエの肩にそっと手を置いたのだった。
クロエの手から浮き立つ気持ちが伝わってくる。
クロエはまひるさんに会うのが嬉しくてたまらないのだった。
「まひと今日も一緒だって思ったら一睡もできなかった」
昨晩ベッドで大イビキかいてたのは誰だったのだろう。
「青墓にはどうやって入るんですか?」
スレイヤー・Rが実施されると青墓は厳重に規制が張られて簡単に入れなくなる。
この間はサキが持っていた魔法の名刺があったからようやく入れたのだった。
「ちょっとずるしてね」
と言うと、ユウさんは夜空に黒く覆い被さる青墓の杜に向かって歩き出した。
青墓の杜までの草むらは少しぬかるんでいて歩きにくかった。
あたしは、足取り不安なクロエの手を取って支えながら先を行くユウさんとまひるさんを追いかける。
すぐに汗が噴き出してきたので、時々下草を撫ぜて行く風が心地よかった。
先をゆくユウさんの背中に向かって、
「サキがスレイヤー・Rに来るって言ってたんです」
気になっていたことを伝えてみた。
ユウさんは何も言ってなかったけれど、そのことがあるから今回みんなをここに招集したに違いなかった。
ところがユウさんは、
「サキ?」
と初めて耳にしたという反応だ。
「繋ぎ直しの人です」
とまひるさんが注釈を入れると、
「ああ、サキって名前だったな。その子なら来るってことは知ってた」
と言った。やはりユウさんは知っていたのだ。
サキはおそらくユウさんになりすましたパジャマの少女と一緒にスレイヤー・Rに参戦して来るだろう。
ユウさんはそれを押さえて一気に決着を付けるつもりなのだ。
あたしはユウさんに尋ねてみた。
「どうやってサキを探すんですか?」
青墓の杜は広い。また沢山のスレイヤーさんたちの中で二人を見つけ出すのは大変なことに思えるのだが。
「向こうから来るよ」
とユウさんの返事は素っ気なかった。
まるで今回はサキのことなど重要でないような言い方だった。
あたしはもう少しサキについて聞きたかったけれど、ユウさんの背中はそれを受け付けてないように感じられて、それ以上言葉を掛けることが出来なかった。
あたしは仕方なく、もやもやしたままでユウさんとまひるさんの後について青墓の杜へと向かったのだった。
青墓のこちら側に来たのは初めてだった。
正面にヒイラギの木が生い茂り、それだけで人の出入りを拒む障壁になっているかのようだった。
「ヒイラギもだけど、足下気をつけてな」
とユウさんが言うと、まひるさんが、
「流砂がありますから」
と付け加えた。
青墓に流砂地帯があることは聞いたことがあったけれど、実際に目にするのは初めてだった。
するとクロエが、
「大丈夫。ヒイラギの根っこ踏んでれば落ちないよ」
と言うので、
「クロエ、来たことあるの?」
と聞くと、
「ユウとね。ココ抜ければすぐに集会所だから」
と言ったのだった。
あの夜、あたしはサキと一緒に青墓中を逃げ回っていたけれど、クロエは一晩中蛭人間と対峙して戦っていたのだった。
ここにあたしがクロエのことを連れてきた気分でいたけれど、スレイヤー・Rの経験値はクロエの方が断然上だと今さら気がついた。
なんとか流砂地帯を抜けて、ヒイラギの木も疎らになったころユウさんが、
「誰か、エネミーの状況見てくれない?」
と言ったので、あたしはスマフォを取り出してスレイヤー・Rのマップを表示させた。
すると定例開始フラグはすでに立っていて、出玉もちらほら赤い点滅となって表示され始めていた。
「すでに出てます」
と言うと、
「点のおおよその中心は分かる?」
と聞かれたので、マップを引いて見て全体の位置傾向を確認した。すると、
「ここらです」
この間の台風の目ほどではなかったが、全ての赤い点滅がここを中心に大きな円を描いていたのだった。
「ほらね」
とユウさんが言った。そして、
「エネミーは出現するとまるでユウ様を目指すように集まってくるのです」
とまひるさんが付け加えた。たしか前ににもそんなことを聞いた気がした。
その時、
「それね。きっとあたしのせいなんだ」
とクロエが言い出した。
「何言ってるの?」
とあたしがクロエに聞き直す。
「潮時のあたしが何してるかって思い出してみたんだよ。そうしたら、いろんな存在に声かけしてて」
確かに潮時の時クロエは誰彼なしに纏わり付いて話しかけて回る。
「あの時のあたしはね、ユウの居場所をみんなに伝えてるらしいんだよね。ビデオで確かめても、なんかそんなこと囁いてて。きっとどこかで蛭人間にも。ごめんね、ユウ」
とクロエはユウさんに謝った。
それに対して、ユウさんはちょっと戸惑った顔をしたけれど、直ぐに
「謝らなくていいよ。潮時のことなんだし。なるほどね、クロエはそういう役目なのか」
と一つ二つと頷いたのだった。
「てことは、クロエがいろんな存在をボクに仕向けて、それをボクが屠りまわるってしてるんだね。何のために?」
ユウさんは腕組みをしてしばらく考えていたようだったが、おもむろに顔をあげると、
「分からないや。あとで考えよう」
と言って再び歩き出した。
「ユウ、集会所はこっちだよ」
とクロエが言うと、
「知ってるよ。スレイヤー・Rに参戦しに来たんじゃないから、そっちはなし」
と言ったのだった。あたしはてっきりスレイヤー・Rでパジャマの少女とかち合うものと思っていたので、
「どこへ?」
と聞くとユウさんは、
「お墓参り」
と言って、青墓の杜の最深部へと進んで行ったのだった。
(ゴリゴリーン)
前のバス停とアナウンスが同じだった。青墓の杜も近くに見えてるから、ここからでも通じる道があるのだろう。
バスが行ってしまうと明かりがないので辺りは真っ暗になった。
暗闇の中、近くに生える低木のほこりくさい匂いが鼻に纏わり付いてくる。
早速ヘルメットのヘッドライトを灯してユウさんとまひるさんを探したが、虫の声が聞こえるばかりで人の気配はない。
「クーロエ」
手を握ったクロエが飛びあがった。
「ビックしたー」
という声でそちらを見ると、いつもの白いパーカーとショートデニム姿のユウさんが立っていた。
その向こうにはまひるさんの顔だけが浮かんでいるように見えているが、それは着ている深黒の制服のせいだった。
まひるさんは、
「ごきげんよう」
と微笑みながらクロエに近づくと、
「昨晩は楽しかったですね」
とクロエの肩にそっと手を置いたのだった。
クロエの手から浮き立つ気持ちが伝わってくる。
クロエはまひるさんに会うのが嬉しくてたまらないのだった。
「まひと今日も一緒だって思ったら一睡もできなかった」
昨晩ベッドで大イビキかいてたのは誰だったのだろう。
「青墓にはどうやって入るんですか?」
スレイヤー・Rが実施されると青墓は厳重に規制が張られて簡単に入れなくなる。
この間はサキが持っていた魔法の名刺があったからようやく入れたのだった。
「ちょっとずるしてね」
と言うと、ユウさんは夜空に黒く覆い被さる青墓の杜に向かって歩き出した。
青墓の杜までの草むらは少しぬかるんでいて歩きにくかった。
あたしは、足取り不安なクロエの手を取って支えながら先を行くユウさんとまひるさんを追いかける。
すぐに汗が噴き出してきたので、時々下草を撫ぜて行く風が心地よかった。
先をゆくユウさんの背中に向かって、
「サキがスレイヤー・Rに来るって言ってたんです」
気になっていたことを伝えてみた。
ユウさんは何も言ってなかったけれど、そのことがあるから今回みんなをここに招集したに違いなかった。
ところがユウさんは、
「サキ?」
と初めて耳にしたという反応だ。
「繋ぎ直しの人です」
とまひるさんが注釈を入れると、
「ああ、サキって名前だったな。その子なら来るってことは知ってた」
と言った。やはりユウさんは知っていたのだ。
サキはおそらくユウさんになりすましたパジャマの少女と一緒にスレイヤー・Rに参戦して来るだろう。
ユウさんはそれを押さえて一気に決着を付けるつもりなのだ。
あたしはユウさんに尋ねてみた。
「どうやってサキを探すんですか?」
青墓の杜は広い。また沢山のスレイヤーさんたちの中で二人を見つけ出すのは大変なことに思えるのだが。
「向こうから来るよ」
とユウさんの返事は素っ気なかった。
まるで今回はサキのことなど重要でないような言い方だった。
あたしはもう少しサキについて聞きたかったけれど、ユウさんの背中はそれを受け付けてないように感じられて、それ以上言葉を掛けることが出来なかった。
あたしは仕方なく、もやもやしたままでユウさんとまひるさんの後について青墓の杜へと向かったのだった。
青墓のこちら側に来たのは初めてだった。
正面にヒイラギの木が生い茂り、それだけで人の出入りを拒む障壁になっているかのようだった。
「ヒイラギもだけど、足下気をつけてな」
とユウさんが言うと、まひるさんが、
「流砂がありますから」
と付け加えた。
青墓に流砂地帯があることは聞いたことがあったけれど、実際に目にするのは初めてだった。
するとクロエが、
「大丈夫。ヒイラギの根っこ踏んでれば落ちないよ」
と言うので、
「クロエ、来たことあるの?」
と聞くと、
「ユウとね。ココ抜ければすぐに集会所だから」
と言ったのだった。
あの夜、あたしはサキと一緒に青墓中を逃げ回っていたけれど、クロエは一晩中蛭人間と対峙して戦っていたのだった。
ここにあたしがクロエのことを連れてきた気分でいたけれど、スレイヤー・Rの経験値はクロエの方が断然上だと今さら気がついた。
なんとか流砂地帯を抜けて、ヒイラギの木も疎らになったころユウさんが、
「誰か、エネミーの状況見てくれない?」
と言ったので、あたしはスマフォを取り出してスレイヤー・Rのマップを表示させた。
すると定例開始フラグはすでに立っていて、出玉もちらほら赤い点滅となって表示され始めていた。
「すでに出てます」
と言うと、
「点のおおよその中心は分かる?」
と聞かれたので、マップを引いて見て全体の位置傾向を確認した。すると、
「ここらです」
この間の台風の目ほどではなかったが、全ての赤い点滅がここを中心に大きな円を描いていたのだった。
「ほらね」
とユウさんが言った。そして、
「エネミーは出現するとまるでユウ様を目指すように集まってくるのです」
とまひるさんが付け加えた。たしか前ににもそんなことを聞いた気がした。
その時、
「それね。きっとあたしのせいなんだ」
とクロエが言い出した。
「何言ってるの?」
とあたしがクロエに聞き直す。
「潮時のあたしが何してるかって思い出してみたんだよ。そうしたら、いろんな存在に声かけしてて」
確かに潮時の時クロエは誰彼なしに纏わり付いて話しかけて回る。
「あの時のあたしはね、ユウの居場所をみんなに伝えてるらしいんだよね。ビデオで確かめても、なんかそんなこと囁いてて。きっとどこかで蛭人間にも。ごめんね、ユウ」
とクロエはユウさんに謝った。
それに対して、ユウさんはちょっと戸惑った顔をしたけれど、直ぐに
「謝らなくていいよ。潮時のことなんだし。なるほどね、クロエはそういう役目なのか」
と一つ二つと頷いたのだった。
「てことは、クロエがいろんな存在をボクに仕向けて、それをボクが屠りまわるってしてるんだね。何のために?」
ユウさんは腕組みをしてしばらく考えていたようだったが、おもむろに顔をあげると、
「分からないや。あとで考えよう」
と言って再び歩き出した。
「ユウ、集会所はこっちだよ」
とクロエが言うと、
「知ってるよ。スレイヤー・Rに参戦しに来たんじゃないから、そっちはなし」
と言ったのだった。あたしはてっきりスレイヤー・Rでパジャマの少女とかち合うものと思っていたので、
「どこへ?」
と聞くとユウさんは、
「お墓参り」
と言って、青墓の杜の最深部へと進んで行ったのだった。