「辻沢ノーツ 67」
文字数 1,105文字
Kさんらしき人影を追って、その窪地の縁に立った時、最初に感じたのは匂い。
何か得体のしれない生物が発する、不快な匂いだった。
あたしが嫌いな匂い。
それであたしは少しひるんでしまった。
けれど月明かりに照らされた石段を、その人影がふらふらとした足取りで降りて行くので、あたしもそれについて降りる。
月の光のせいか窪地の底の社殿が靄の中に浮かんでいるように見えている。
その人影が石段の終いにある鳥居をくぐり靄の中に消えると、少しして社殿周りが明るくなった。
社殿の中の明かりを灯したらしかった。
漏れ出る光に照らされた周囲はそれまでとは異なり、黒々とかつぬらっとして見えた。
それは石段を降りて分かったのだけど、窪地の底一面がくるぶしぐらいの水で浸されていて、その水に明りが反射していたからだった。
奥宮はその水面の真ん中に浮かぶようにして建っているのだ。
あたしも石段を降り鳥居をくぐる。
その鳥居は真ん中にもう一本の柱がある山道の入り口にあった3本足のものだ。
その時、「夕霧物語」に出て来る朽ち果てた山の神社の鳥居も3本足だったことを思い出した。
鳥居をくぐり水浸しの敷石を踏んで社殿の前に立ったけれど、階には賽銭箱やガラガラの鈴はなかった。
正面の格子戸が明るい。
中に向かって「Kさん」と呼びかけてみたけれど返事はなく静まり返ったままだ。
あたしは階を昇り、格子の隙間から中を覗いてみた。
中は6畳ほどの板間でその中央あたりに燭台が立ててあり、蝋燭が灯されてあった。
その他に板間には何もなく、人の気配もしていない。
奥にもう一間あるようだけどそちらは暗くて様子がわからなかった。
入ろうかしばし迷っていると、中から声が聴こえた。
うめくような、苦しそうな声だ。Kさんの声かと思い、格子戸を開けて恐る恐る中に入った。
中に入ると煤の匂いがツンと鼻を突いた。
一歩踏み出すと床がギシッと鳴って気持ちがすくむ。
その匂いは暗い奥の間から漂ってくるようだった。
ゆっくりと燭台に近付いてゆくと今度は天井から音がした。
見上げると天井板が一枚そこだけなくて、辺りの暗さを集めて四角い闇を形作っていた。
そのまま、そこを見つめていると、その暗闇の中からこちらを伺っている何かと目が合うようなような気がしてきて急いで目をそらした。
声がした。
外で聞こえた声だった。
うわごとのような声。
あたしはその声のする奥の間の暗がりに目を凝らしてみた。
すぐに目が慣れて来て、その暗闇の底で何かが蠢いているのが見えた。
それが床を這いずっている。
背中に冷や汗が伝う。
Kさんなの?
ちょっと待って。これは死亡フラグなんじゃ?
考える間もなく、蝋燭の灯の輪の中にそれは這い出て来たのだった。
何か得体のしれない生物が発する、不快な匂いだった。
あたしが嫌いな匂い。
それであたしは少しひるんでしまった。
けれど月明かりに照らされた石段を、その人影がふらふらとした足取りで降りて行くので、あたしもそれについて降りる。
月の光のせいか窪地の底の社殿が靄の中に浮かんでいるように見えている。
その人影が石段の終いにある鳥居をくぐり靄の中に消えると、少しして社殿周りが明るくなった。
社殿の中の明かりを灯したらしかった。
漏れ出る光に照らされた周囲はそれまでとは異なり、黒々とかつぬらっとして見えた。
それは石段を降りて分かったのだけど、窪地の底一面がくるぶしぐらいの水で浸されていて、その水に明りが反射していたからだった。
奥宮はその水面の真ん中に浮かぶようにして建っているのだ。
あたしも石段を降り鳥居をくぐる。
その鳥居は真ん中にもう一本の柱がある山道の入り口にあった3本足のものだ。
その時、「夕霧物語」に出て来る朽ち果てた山の神社の鳥居も3本足だったことを思い出した。
鳥居をくぐり水浸しの敷石を踏んで社殿の前に立ったけれど、階には賽銭箱やガラガラの鈴はなかった。
正面の格子戸が明るい。
中に向かって「Kさん」と呼びかけてみたけれど返事はなく静まり返ったままだ。
あたしは階を昇り、格子の隙間から中を覗いてみた。
中は6畳ほどの板間でその中央あたりに燭台が立ててあり、蝋燭が灯されてあった。
その他に板間には何もなく、人の気配もしていない。
奥にもう一間あるようだけどそちらは暗くて様子がわからなかった。
入ろうかしばし迷っていると、中から声が聴こえた。
うめくような、苦しそうな声だ。Kさんの声かと思い、格子戸を開けて恐る恐る中に入った。
中に入ると煤の匂いがツンと鼻を突いた。
一歩踏み出すと床がギシッと鳴って気持ちがすくむ。
その匂いは暗い奥の間から漂ってくるようだった。
ゆっくりと燭台に近付いてゆくと今度は天井から音がした。
見上げると天井板が一枚そこだけなくて、辺りの暗さを集めて四角い闇を形作っていた。
そのまま、そこを見つめていると、その暗闇の中からこちらを伺っている何かと目が合うようなような気がしてきて急いで目をそらした。
声がした。
外で聞こえた声だった。
うわごとのような声。
あたしはその声のする奥の間の暗がりに目を凝らしてみた。
すぐに目が慣れて来て、その暗闇の底で何かが蠢いているのが見えた。
それが床を這いずっている。
背中に冷や汗が伝う。
Kさんなの?
ちょっと待って。これは死亡フラグなんじゃ?
考える間もなく、蝋燭の灯の輪の中にそれは這い出て来たのだった。