「辻沢日記 54」

文字数 1,427文字

「北堺に行く」

 ユウが言った。

 青墓の杜の北堺は、流砂が所々にあって熟知した人でも行きたがらない。

「どうして?」

「あそこなら守りやすいかも」

 でも自分たちが流砂に落ちたら元も子もなくない?

と言いたかったが、あたしはユウを信じてついて行くことにした。

 ぬかるんだ小道を湿った枯れ葉を踏みながら進んで行く。

道脇のブッシュがざわざわと音を立てて揺れ動く。

すると、蛭人間か屍人かのどちらかが現れる。

すぐさま襲ってくるものもいれば、道の上でこちらが近づくのを待っているものもいた。

 いずれも分かたず、ユウの黒木刀の餌食だった。

青墓に入ってからは、ほとんどの場合一体ずつ現れた。

あたしは戦わずに済んでありがたい一方で、全てをユウに引き受けてもらうのは心苦しかった。

最初のように3体同時ならばあたしの出番もあるかもしれないが、あれは希有な例だったようだ。

 そういえばあの時ユウとあたしの後ろにわんさかといたヒダルたちはどうしたろう。

後ろを見てみたが、ついてきている様子はなかった。

 だらだら坂を登っていた。

途中でユウがうめき声をあげて蹲った。

あたしも腕を引っ張られて膝を突く。

ユウは荒い息をしてあたしの右腕を胸に抱き込み、自分の胸におしあてている。

ここはだらだら坂だ。

ひだる様に襲われたときの症状に似ていた。

「ひだる様かも。掌にお米書いて呑んで」

 ユウが首を振る。

ひだる様ではなかった。

ユウの背中で別の生き物が蠢いているようになっていた。

今まさに意識の閾の向こうに落ち込まないよう耐えていたのだ。

しばらくして背中の動きが止まった。

 ユウが息を継ぐように声を出した。

「やばいかもしれない」

 それはまずいけども。

「冗談。やっぱ大丈夫」

 こんな時に冗談言うな。

とはいえ苦しそうなのが治まったのは安心した。

 ユウがあたしに向き直って、気が抜けたように

「ミユウ、うしろー」

 と言った。

今度は「志村うしろー」的なギャグでも言ったかと思ったら、本当にあたしの背後に屍人が立っていた。

あたしは咄嗟にのけぞり水平リーベ棒を突き上げた。

ラッキー。屍人の喉下に命中。

やっとお役に立てた。

と思ったのもつかの間、そこから大量の血汚泥が降りかかってきた。

首筋に掛かり白いTシャツがみるみる赤茶に染まる。

最悪だ。

鼻が曲がりそうな臭いだった。

カレー☆パンマンのパーカーをミユキに貸してきたのがせめてもの救いだ。

 しばらく歩くと青いトタンの倒れそうな倉庫がある広場に出た。

倉庫の入り口に古びた電灯があって広場全体を照らしている。

広場に立つと地面が固く踏みしめられていた。

 倉庫に近づいてゆくとユウが扉を押し開けようとした。

「ちょっと待って」

 こういう状況こそ死亡フラグなのだ。

開けた途端、倉庫の中からわらわらと信じられない数の敵が現れて一巻の終わり。

そうでなければ、中に入って静かすぎると思ったら最強のラスボスがいてこれまた終わり。

そんなこと映画サイトや掲示板を見ればすぐ知れる。

「ユウ、ここまずいよ」

「何で?」

 と言われても答えようがなかった。

きっと死亡フラグという言葉さえ知らないユウに説明する余裕なんてなかった。

「なんとなく」

「……」

 ユウはあたしの顔をじっと見つめて、

「怖いの?」

 と聞いた。

「うん」

 理由はどうあれ、気持ちはそうだから。

 するとユウがあたしの目を見ながら、

「安心して。ミユウのことはボクが絶対に守るから」

 と言ってあたしの手を強く引き寄せたのだった。

 ユウってば、カッコいい。
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