「書かれた辻沢 51」
文字数 2,550文字
宮木野バイパスは片側3車線、走行車線が2本、追い越し車線が1本だ。
鞠野先生とあたしを乗せたバモスくんはその一番端を超ロウスピードでのろのろのろのろ。
これでも全速力なのだった。
幸いこの時間だから車も少なく、煽られることはなかったけれど、追い抜いて行く車の人が、必ず一旦徐行して横に並んで、鞠野先生に何らかアクションをした。
手を振ったり写真撮ったり親指立てたり中指立てたり。いうて、ほぼ中指。
ついに後ろからクラクションを鳴らされた。ライトをフラッシュまでさせてる。
他の車線は空いてるのにわざわざしてくるのだ。これは完全に煽りだ。
きっと面白がっているに違いない。
「先生、一旦停まりましょう」
「そうだね。先に行ってもらおう」
多分そういうことにはならなさそうだけど、次の待避所まで行ってバモスくんを停車した。
それで煽ってきた車はといえば、やはりバモスくんについきた。
あたしはショルダーバックに手を入れてミユウのコンベックスをつかむ。
出方によってはこれでぎったぎたにしてくれる。どうやるかは未定。
その車がライトを落とす。見たことのある赤いスポーツカーだった。
そういえば聞いたことのあるぼぼぼぼ音。
まひるさんの車だ。フェラーリ・ディーノ様。
一旦コンベックスから手を離す。
助手席のドアが開いてそこから出て来たのは、ユウさんだった。
ユウさんは潮時でなかったということ? 至って普通の感じだ。
そういえばミユキが、ユウさんはクロエほど頻繁に潮時にならないって言ってたけれど。
ユウさんはあたしが座っている側に歩いてきて、真顔で、
「遅いんですけど。邪魔だから路肩走ってもらえないかな」
煽り運転の言いがかり風に言う。
「ユウさん、すみません。これが全速力なんです」
「知ってるよ。こんばんは。あんたが大学の先生? 聞きたいことがあるから付いてきてください」
ユウさんは鞠野先生に向かって言った。
「分かった」
「ミユキはこっち乗りな」
ユウさんはスポーツカーに戻って行った。
「あの子、見る度思うけど、ノタくんにそっくりだよね」
そうだった。あたしは慣れてしまったけれど、ユウさんはクロエと瓜二つなのだった。
「付いて来いって、あの車早そうだけど大丈夫かな」
「きっと徐行してくれますよ。急ぎながら」
バモスくんを降りてスポーツカーの助手席側に回ると、ドアを開けて座ったままのユウさんが、
「後ろ乗れないから、ミユキはお膝」
と言った。以前にもこんシチュがあった気がする。
その時から少しは体重が減ってますようにと祈りながら、ユウさんにお膝する。
ドアを閉めると、運転席のまひるさんが、
「ごきげんよう。ミユキ様」
と挨拶してくれた。
車内は魅惑的な香りが漂っていた。あたしの知らない香水なんだろう。
それともまひるさんのフェロモンの香り? だめだよ、へんなこと考えちゃ、ミユキ。
まひるさんがほほ笑んだ。遅かった。まひるさんに聞こえたっぽい。
「すみません」
「いいえ。これはフェラーリ専用の香水なんですよ」
車専用のなんてあるんだ。またも勉強不足を露呈するあたしだ。
「行こう。後ろ、付いてくるから」
ユウさんが言った。
「わかりました。それでは、ゆっくりと行きましょう」
と言ったはずなのに車はタイヤをきしませて勢いよく発進して猛スピードでバイパスを進み出した。
「むぎゅう」
ユウさんやっぱり押しつぶされている。
ゆっくり行くと言ったはずなのに、バモスくんがぶっちぎりで置いて行かれているのが目に浮かぶ。
鞠野先生泣いてなければいいけど。
「クロエが迷走してるっぽいんだよね」
背中からユウさんの声がした。
「青墓行ったり、大曲行ったりしてる。ミユキ、クロエに何がしたいか聞いてみて」
あたしがスマフォを取り出して位置情報を確認しよとすると、ユウさんが、
「ちがうよ。そんなのじゃなくて、ミユキが聞かなきゃ」
あたしが聞く? どういうことだろう。ユウさんを振り返る。
「こうやって聞いてごらんよ」
ユウさんは薬指を耳に持っていって当てた。
え? 薬指にそんな機能があったの?
「あくまでフリだけどね。気持ちがそうなるから」
あたしはユウさんがしたように薬指を耳に当ててみた。
実際に音声で聞こえたというのではなかったけれど、確かにあたしには感じた。
クロエの声が。
「あたしに会いたがってます」
まひるさんが、頷いた。
「そうだろうと思った。ボクも自覚したとき、一番最初にミユウに会いたいって、会って話をしたいって思ったから」
それはミユウとユウさんの絆があったからなのでは?
あたしとクロエはあくまでも急ごしらえの関係で、そんな強い繋がりはないはずだと。
でも、それってもしかして、
「鬼子が自覚すると赤い糸の先がお互い見えるようになるみたい。ミユキにも見えてないかい? 赤い糸の先」
あたしは、自分の薬指を見てみた。
するといつも見えている赤い糸の感じが違っていた。
元はぼんやりしていて暗闇の中に赤い糸が消えてしまっていたけれど、今はそれがクリアに晴れてどこまでもその先を感じることが出来た。
そしてその先端に誰かが繋がっているという感触があった。
その人は今、地下道にいた。
何かに急かされるように無我夢中で走っている。
暗闇のじめついた世界であたしのことを探していた。
地下道の明かりがその人の顔を照らす。
土気色の肌に金色の瞳、銀牙をむき出しにしていたけれど、それは確かにノタクロエなのだった。
やっと見つかったあたしの半身。
それはクロエだったのだ。嬉しかった。クロエで本当によかった。
「どうすれば」
「教えてあげればいいよ。どこで待ってるか」
コテージで待とうと思った。あそこでクロエを待ってゆっくり話をしたかった。
「大門スポーツ総合公園へ」
と言うと、まひるさんがハンドルを切った。
タイヤの軋む音が響き車が回転する。
あたしはドアに押しつけられてへしゃげそうになる。
ユウさんがあたしのことを抱きしめてくれた。
車はふたたび猛スピードで反対車線を走り出した。
しばらくしてバモスくんとすれ違った。
鞠野先生は気付いてなさそうなのでSメールを入れる。
[ミユキ コテージ行きます]
[ユウイチ 全速力で行きます]
鞠野先生の到着はきっと明け方になると思ったのだった。
鞠野先生とあたしを乗せたバモスくんはその一番端を超ロウスピードでのろのろのろのろ。
これでも全速力なのだった。
幸いこの時間だから車も少なく、煽られることはなかったけれど、追い抜いて行く車の人が、必ず一旦徐行して横に並んで、鞠野先生に何らかアクションをした。
手を振ったり写真撮ったり親指立てたり中指立てたり。いうて、ほぼ中指。
ついに後ろからクラクションを鳴らされた。ライトをフラッシュまでさせてる。
他の車線は空いてるのにわざわざしてくるのだ。これは完全に煽りだ。
きっと面白がっているに違いない。
「先生、一旦停まりましょう」
「そうだね。先に行ってもらおう」
多分そういうことにはならなさそうだけど、次の待避所まで行ってバモスくんを停車した。
それで煽ってきた車はといえば、やはりバモスくんについきた。
あたしはショルダーバックに手を入れてミユウのコンベックスをつかむ。
出方によってはこれでぎったぎたにしてくれる。どうやるかは未定。
その車がライトを落とす。見たことのある赤いスポーツカーだった。
そういえば聞いたことのあるぼぼぼぼ音。
まひるさんの車だ。フェラーリ・ディーノ様。
一旦コンベックスから手を離す。
助手席のドアが開いてそこから出て来たのは、ユウさんだった。
ユウさんは潮時でなかったということ? 至って普通の感じだ。
そういえばミユキが、ユウさんはクロエほど頻繁に潮時にならないって言ってたけれど。
ユウさんはあたしが座っている側に歩いてきて、真顔で、
「遅いんですけど。邪魔だから路肩走ってもらえないかな」
煽り運転の言いがかり風に言う。
「ユウさん、すみません。これが全速力なんです」
「知ってるよ。こんばんは。あんたが大学の先生? 聞きたいことがあるから付いてきてください」
ユウさんは鞠野先生に向かって言った。
「分かった」
「ミユキはこっち乗りな」
ユウさんはスポーツカーに戻って行った。
「あの子、見る度思うけど、ノタくんにそっくりだよね」
そうだった。あたしは慣れてしまったけれど、ユウさんはクロエと瓜二つなのだった。
「付いて来いって、あの車早そうだけど大丈夫かな」
「きっと徐行してくれますよ。急ぎながら」
バモスくんを降りてスポーツカーの助手席側に回ると、ドアを開けて座ったままのユウさんが、
「後ろ乗れないから、ミユキはお膝」
と言った。以前にもこんシチュがあった気がする。
その時から少しは体重が減ってますようにと祈りながら、ユウさんにお膝する。
ドアを閉めると、運転席のまひるさんが、
「ごきげんよう。ミユキ様」
と挨拶してくれた。
車内は魅惑的な香りが漂っていた。あたしの知らない香水なんだろう。
それともまひるさんのフェロモンの香り? だめだよ、へんなこと考えちゃ、ミユキ。
まひるさんがほほ笑んだ。遅かった。まひるさんに聞こえたっぽい。
「すみません」
「いいえ。これはフェラーリ専用の香水なんですよ」
車専用のなんてあるんだ。またも勉強不足を露呈するあたしだ。
「行こう。後ろ、付いてくるから」
ユウさんが言った。
「わかりました。それでは、ゆっくりと行きましょう」
と言ったはずなのに車はタイヤをきしませて勢いよく発進して猛スピードでバイパスを進み出した。
「むぎゅう」
ユウさんやっぱり押しつぶされている。
ゆっくり行くと言ったはずなのに、バモスくんがぶっちぎりで置いて行かれているのが目に浮かぶ。
鞠野先生泣いてなければいいけど。
「クロエが迷走してるっぽいんだよね」
背中からユウさんの声がした。
「青墓行ったり、大曲行ったりしてる。ミユキ、クロエに何がしたいか聞いてみて」
あたしがスマフォを取り出して位置情報を確認しよとすると、ユウさんが、
「ちがうよ。そんなのじゃなくて、ミユキが聞かなきゃ」
あたしが聞く? どういうことだろう。ユウさんを振り返る。
「こうやって聞いてごらんよ」
ユウさんは薬指を耳に持っていって当てた。
え? 薬指にそんな機能があったの?
「あくまでフリだけどね。気持ちがそうなるから」
あたしはユウさんがしたように薬指を耳に当ててみた。
実際に音声で聞こえたというのではなかったけれど、確かにあたしには感じた。
クロエの声が。
「あたしに会いたがってます」
まひるさんが、頷いた。
「そうだろうと思った。ボクも自覚したとき、一番最初にミユウに会いたいって、会って話をしたいって思ったから」
それはミユウとユウさんの絆があったからなのでは?
あたしとクロエはあくまでも急ごしらえの関係で、そんな強い繋がりはないはずだと。
でも、それってもしかして、
「鬼子が自覚すると赤い糸の先がお互い見えるようになるみたい。ミユキにも見えてないかい? 赤い糸の先」
あたしは、自分の薬指を見てみた。
するといつも見えている赤い糸の感じが違っていた。
元はぼんやりしていて暗闇の中に赤い糸が消えてしまっていたけれど、今はそれがクリアに晴れてどこまでもその先を感じることが出来た。
そしてその先端に誰かが繋がっているという感触があった。
その人は今、地下道にいた。
何かに急かされるように無我夢中で走っている。
暗闇のじめついた世界であたしのことを探していた。
地下道の明かりがその人の顔を照らす。
土気色の肌に金色の瞳、銀牙をむき出しにしていたけれど、それは確かにノタクロエなのだった。
やっと見つかったあたしの半身。
それはクロエだったのだ。嬉しかった。クロエで本当によかった。
「どうすれば」
「教えてあげればいいよ。どこで待ってるか」
コテージで待とうと思った。あそこでクロエを待ってゆっくり話をしたかった。
「大門スポーツ総合公園へ」
と言うと、まひるさんがハンドルを切った。
タイヤの軋む音が響き車が回転する。
あたしはドアに押しつけられてへしゃげそうになる。
ユウさんがあたしのことを抱きしめてくれた。
車はふたたび猛スピードで反対車線を走り出した。
しばらくしてバモスくんとすれ違った。
鞠野先生は気付いてなさそうなのでSメールを入れる。
[ミユキ コテージ行きます]
[ユウイチ 全速力で行きます]
鞠野先生の到着はきっと明け方になると思ったのだった。