「書かれた辻沢 42」

文字数 2,961文字

 クロエたち一行は、黙々と山道、裏道、獣道ばかりを選ぶように進んでいく。

時々、暗闇の中からカーミラ・亜種や改・ドラキュラが襲ってきたが、まめぞうさんたちが苦もなく蹴散らしている。

 ユウさんとあたしは、少し離れて一行に付いて行く。

まるで葬送の列につい歩く親族のような気分だった。

「やっぱり、お棺を埋めに行くんですかね?」

 ユウさんに声をかけると、

「たしかにね。なんかチープだな」

 ユウさんも夕霧をけちんぼ池に送る、あの悲壮感がないと言いたいらしかった。

 まめぞうさん、さだきちさん、クロエがいて、座棺の中のケサさんと襲い来る大勢の蛭人間。

たしかに夕霧物語に倣っているようにも見える。

「ごっこ遊びみたいだ」

 ユウさんが言ったことがとても腑に落ちた。

そうなのだ。これが夕霧をつれてけちんぼ池に行くと思ったら、まるで子どものごっこ遊びを見ているような、あやうさとはかなさしかなかった。

「ボクが最初考えてたのもさほど違いはないけどね」

 ユウさんは邪魔なエニシを断ち切るために、けちんぼ池を埋めてやると思っていたらしい。

そのころと変わらないと言ったのだ。

「リアルとの繋がりがないって言うのかな。イメージばかりで出来てる」

「お葬式ごっこ」

 ユウさんが頷いた。

「お葬式ごっこは誰も死んでいない。そこに悲しみや悔悟の情はない。あるのは形だけだ」

 ミユウが夕霧物語のことを葬式縁起だと言った時ユウさんは怒った。

その時ユウさんは自分がどうして腹が立ったかわからなかったそうだ。

「後でミユウから夕霧物語は神事だと聞いた」

 鬼子神社に埋まった屋形船を曳き出して山を降り、青墓に向かうというあれのことだ。

「葬式縁起のような単なる説じゃなかった」

「リアルとの繋がりがあった」

 鬼子神社で土まみれになって屋形船を掘り出し、肩の肉に鉄さびの浮いた鎖を食い込ませて碇をひいて山道を下り、青墓の杜の静寂の中に進水、やがて投錨して眠るように休息する。

その姿をまざまざと思い浮かべることが出来たという。

「それは、ミユウの玉の緒を絞るような調査があったからだ」

 あたしは紫子さんの家で見た屋形船の断面図や、狂気を感じさせるような参道の敷石図面を思い出した。

ミユウの気迫を感じて魂が震えたのを思い出す。

 あの時、鞠野先生もユウさんと同じようなことを言っていた。

鞠野先生独特の言い方だけれど、リアルとの繋がりということを言っていた気がする。

「夕霧物語のことを葬式縁起というのと、屋形船の神事というのと似てるようで全然違うよ」

 あたしがふと疑問をぶつけたらこう返ってきた。

「鉄道のジオラマ模型あるだろ。あれをリアルに見せるのに必要な物って何かわかるかい?」

 いきなり鉄道模型の話だ。

鞠野先生の話はいつも後方斜め45度くらいから飛んで来る。

もちろん鉄ちゃんでないあたしにはまったく見当がつかなかった。

それでも必死で考えて絞り出したのは、

「ミニアチュアの出来のよさですか?」

それを聞いた鞠野先生は、

「たしかに水の波紋や家屋のテクスチャーが生々しければリアルだね。でもそれじゃない」

と言うと続けて、

「トンネルだよ。あれがあるとないとではとんでもなく現実味が違って見える」

 鞠野先生はそれからジオラマ論を長々と展開したのだった。

それで鞠野先生が言いたかったのは、

「模型のトンネルは現実世界とイメージの世界とを繋げる役割がある」

 ということらしかった。

「イメージ世界にある不可視の部分。それが見る人の想像力をかき立てて、そこから自分の体感覚をイメージ世界に滑り込ませるんだ」

つまりジオラマを見る人は、トンネルで自分の現実と模型の世界を行き来しているというのだった。

「結局、イメージ世界に血肉をつけるのはイメージの具体性ではなく、見ている人の体感覚だからね。分かるかい?」

「全然分かりません」

 とその時は言ったけれど、なんとなく理解できる気もしていた。

 ミユウの調査が夕霧物語を現実と繋げてくれた。

それはミュウの調査の中が不可視の部分を浮き彫りににしたから。

つまりトンネルがあったからだ。

「トンネルがないんだ」

「はぁ?」

 ユウさんが聞いたこともないような声を上げた。

 クロエたち一行のしていることがごっこ遊びに見えるのはそのせいなのだ。リアルさがない。

でも、ユウさんとあたしが見ているのに、どうしてごっこ遊びになってしまうんだろう。

夕霧物語をリアルに感じるユウさんとあたしたちの心情がこの世界に及んでいないのは何故だ?

……そうか。

ユウさんとあたしは、このトンネルのないジオラマ世界を見させられているのじゃないのか。

「これはきっとあの中の誰かのイメージ世界なんです」

 知らないうちにユウさんとあたしはその中に取り込まれてしまっていたのだ。

ユウさんがそれに答えて言った。

「屍人のまめぞうやさだきちきに想像できる力はない。棺桶の中のケサはヒダルだ。それなら」

「クロエ」

 クロエはミユウの調査を知らない。

当然屋形船の神事のことも知らないはずだ。

このイメージが奇しくもトンネルがない説のほうの葬式縁起を踏襲してしまっているのは、クロエがまだリアルに夕霧物語に出会っていないからなんじゃないか。

 クロエのイメージだけで出来ている世界。

そこにユウさんとあたしは引き摺り込まれたということか。

 クロエの潮時を思い出す。

クロエはとにかく街中を彷徨って誰彼となくつきまとい満足すると次のターゲットを探して動いて行く。

あの行動が何を意味しているのか、いつも考えていたけれど分からなかった。

でも、もしもこうしてユウさんとあたしにしたように、クロエのイメージ世界にターゲットを引きずり込んでいるとしたなら。

「でもどうしてあたしたちまで?」

なんでクロエはあたしたちを自分のイメージ世界に連れてこようとしたのか。

 まめぞうさんやさだきちさんもクロエに誘われて四ツ辻にやって来たのだとすると、クロエもユウさんのように条件を揃えようとしてるのじゃないのか。

クロエもエニシの導きにあっている?

「人ごとみたいに言ってるけど、ミユキも当事者だからね」

 あたしはいつだって端から眺める人。読む人だ。

そのあたしがクロエに呼ばれてここにいる。

「クロエは意識してないかもだけど、ボクもミユキもきっとけちんぼ池に行く人なんだよ」

 そうなのだろうか。

母宮木野に澪標を示されたあたしは導き手ではあるかもしれないけど。

「フジノくん。君はそろそろ読む人から書く人にならなきゃ」

 鞠野先生があたしに記憶の糸を文字に起こすように勧めた時の言葉を思い出す。

書く人。書いたものの責を負う人、文責者。

「さ、もうそろそろいいかな」

 ユウさんが自分の頬をペシペシと叩く。

あたしもそれに倣って自分の頬を叩いてみる。

イメージ世界なのになんでかほっぺたが痛かった。

「ミユキ、起きた?」

 目を覚ますと、目の前にユウさんの顔があった。

体を起こして周りを見ると、そこは最初に腰を下ろした森の側だった。

 四ツ辻の山椒畑の上を涼しい夜風が吹き渡ってくる。

山椒の木々を分けて屍人のまめぞうさんたちが、座棺を抱えて近づいてきていた。

「ヒダルはボクが始末するから、ミユキは紫子さんに後を頼んでおいて」

 そう言うと、ユウさんとまめぞうさんたちは森の暗闇の中に消えていったのだった。

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