「書かれた辻沢 87」
文字数 1,845文字
森を抜けると目の前に杉の木がそそり立っていた。
ここまで来たら三本足の鳥居をくぐって石畳の坂道を抜ければ、すり鉢の鬼子神社まですぐだ。
石畳は相変わらず歩きづらかった。
ごろた石が不安定な上にこけで滑るからだ。
しかもそれが道にいっぱいに敷かれてあって、足のやりどころがないのだった。
苔の微妙な模様、ごろたに付いた傷。
こけるたびにこれら全てを詳細図面に落としたミユウにリスペを送りまくった。
「すごいよ。ミユウは」
石畳の参道を抜けてようやくすり鉢の縁までたどり着いた。
視界が一気に開け、すり鉢の底で鬼子神社がクロエとあたしを待っていた。
「コウモリが飛んでる」
クロエが杉の梢のさらに上空を見て言った。
見上げると、赤い満月を背景に沢山のコウモリが飛び交っていた。
「コウモリにしてはでかくない?」
「うん。それにあれ、足生えてる」
コウモリ羽の下から長めの足がぶら下がっていた。
さらに目をこらすと、どれも服を着ているようだ。青墓でユウさんが戦ったリクルートスーツの仲間のようだった。
「ヴァンパイアがあんなに」
とにかく鬼子神社の結界の中へ。
あたしに手を引っ張られながら、クロエが
「あの子のお連れさんみたいだよ」
と言った。
あの子、つまりパジャマの少女、アレクサンドラだ。
アレクサンドラとリクス・ヴァンパイアとの間にどんな関係があるかは知らないが、今夜アレクサンドラがここに来るのは確かだった。
社殿からは明かりがもれていた。
階を昇り入り口の扉を開けると、燭台の下にユウさんとまひるさんがいて、床に敷かれたシートに座っていた。
「よう。クロエ大変そうだな」
とユウさんがクロエの顔色を見てすかさず声を掛ける。
そういうユウさんは普段と変わらなさそうなのだったが、
「ユウは大丈夫なの?」
とクロエに聞かれると、まぶたをぐっと閉じてから開いて金色の瞳をこちらに見せた。
「かろうじてね」
そのユウさんは右手でまひるさんの手を指が食い込むほど掴んでいたのだった。
「アレクサンドラは来てないんですか?」
と聞くとユウさんが、
「来てるけど一緒にいたくないらしい」
と言って天井を指した。
その左手に包帯が巻かれている。
アレクサンドラとエニシの糸を繋ぎ直した時に薬指を食いちぎった傷がまだ癒えていないのだ。
「外のヴァンパイアはアレクサンドラの?」
と聞くと、ユウさんは、
「一族郎党らしい」
と言った。
アレクサンドラは貴族の血脈を継いで生まれ、一族から色んなものを背負わされているという。
「可哀想なやつみたいだよ」
あたしはユウさんの言葉に耳を疑った。
パジャマの少女のことが可哀想って。ミユウの仇なのに?
ユウさんはエニシの糸を切り替えて心まで向こうのものになったんじゃないかとすら思えて来た。
するとまひるさんがあたしの気持ちを読んで、
「ミユキ様。ユウ様は大丈夫ですよ」
と不審を打ち消すように言った。
そんな一言ぐらいでユウさんに疑いを抱いた自分が恥ずかしかった。
いつだってユウさんのことを信じてきたのに。
どうして急にそんな気持ちになってしまったのか?
それはきっとユウさんの左手を見たからだ。
今、ユウさんとミユウとはエニシの糸でつながってはいない。
それでどうやってミユウを見つけるのか。あたしはそのことがずっと心配だった。
「ミユウのことは?」
「ご安心を。ユウ様とあたしで必ず見つけ出して、けちんぼ池にお連れします」
まひるさんの言葉があたしの心の中にすっと落ちてきた。
少し救われた気がした。
ユウさんがクロエに向かって
「夕飯食べてきた?」
と聞いた。
そういえばここへ来ることばかり考えて夕飯のことをすっかり忘れていた。
「食べてこなかった」
クロエが応える。
「ミユキは?」
「いいえ。食べてきませんでした」
と言うと、まひるさんが、
「ならば、おなかがおすきでしょう」
と、後ろからピクニックバスケットを取ってシートの上に置いた。
「もしやと思って作ってきました。お茶もありますから、どうぞ」
籐かごの蓋を開けるとサンドイッチがギッチギチに詰まっていた。
「「いただきます」」
ユウさんとまひるさんが手をつけないのは知っていたので、遠慮なく頂くことにした。
ところがあたしは緊張のせいか、おなかは空いていたのに二つだけしか食べられなかった。
クロエといえば発現の発作で苦しそうなのに、何度もえづきながらも、まひるさんの作ったものは残さないという勢いでサンドイッチを頬張っていた。
あたしはそんなクロエに真のオタ魂を見た気がしたのだった。
ここまで来たら三本足の鳥居をくぐって石畳の坂道を抜ければ、すり鉢の鬼子神社まですぐだ。
石畳は相変わらず歩きづらかった。
ごろた石が不安定な上にこけで滑るからだ。
しかもそれが道にいっぱいに敷かれてあって、足のやりどころがないのだった。
苔の微妙な模様、ごろたに付いた傷。
こけるたびにこれら全てを詳細図面に落としたミユウにリスペを送りまくった。
「すごいよ。ミユウは」
石畳の参道を抜けてようやくすり鉢の縁までたどり着いた。
視界が一気に開け、すり鉢の底で鬼子神社がクロエとあたしを待っていた。
「コウモリが飛んでる」
クロエが杉の梢のさらに上空を見て言った。
見上げると、赤い満月を背景に沢山のコウモリが飛び交っていた。
「コウモリにしてはでかくない?」
「うん。それにあれ、足生えてる」
コウモリ羽の下から長めの足がぶら下がっていた。
さらに目をこらすと、どれも服を着ているようだ。青墓でユウさんが戦ったリクルートスーツの仲間のようだった。
「ヴァンパイアがあんなに」
とにかく鬼子神社の結界の中へ。
あたしに手を引っ張られながら、クロエが
「あの子のお連れさんみたいだよ」
と言った。
あの子、つまりパジャマの少女、アレクサンドラだ。
アレクサンドラとリクス・ヴァンパイアとの間にどんな関係があるかは知らないが、今夜アレクサンドラがここに来るのは確かだった。
社殿からは明かりがもれていた。
階を昇り入り口の扉を開けると、燭台の下にユウさんとまひるさんがいて、床に敷かれたシートに座っていた。
「よう。クロエ大変そうだな」
とユウさんがクロエの顔色を見てすかさず声を掛ける。
そういうユウさんは普段と変わらなさそうなのだったが、
「ユウは大丈夫なの?」
とクロエに聞かれると、まぶたをぐっと閉じてから開いて金色の瞳をこちらに見せた。
「かろうじてね」
そのユウさんは右手でまひるさんの手を指が食い込むほど掴んでいたのだった。
「アレクサンドラは来てないんですか?」
と聞くとユウさんが、
「来てるけど一緒にいたくないらしい」
と言って天井を指した。
その左手に包帯が巻かれている。
アレクサンドラとエニシの糸を繋ぎ直した時に薬指を食いちぎった傷がまだ癒えていないのだ。
「外のヴァンパイアはアレクサンドラの?」
と聞くと、ユウさんは、
「一族郎党らしい」
と言った。
アレクサンドラは貴族の血脈を継いで生まれ、一族から色んなものを背負わされているという。
「可哀想なやつみたいだよ」
あたしはユウさんの言葉に耳を疑った。
パジャマの少女のことが可哀想って。ミユウの仇なのに?
ユウさんはエニシの糸を切り替えて心まで向こうのものになったんじゃないかとすら思えて来た。
するとまひるさんがあたしの気持ちを読んで、
「ミユキ様。ユウ様は大丈夫ですよ」
と不審を打ち消すように言った。
そんな一言ぐらいでユウさんに疑いを抱いた自分が恥ずかしかった。
いつだってユウさんのことを信じてきたのに。
どうして急にそんな気持ちになってしまったのか?
それはきっとユウさんの左手を見たからだ。
今、ユウさんとミユウとはエニシの糸でつながってはいない。
それでどうやってミユウを見つけるのか。あたしはそのことがずっと心配だった。
「ミユウのことは?」
「ご安心を。ユウ様とあたしで必ず見つけ出して、けちんぼ池にお連れします」
まひるさんの言葉があたしの心の中にすっと落ちてきた。
少し救われた気がした。
ユウさんがクロエに向かって
「夕飯食べてきた?」
と聞いた。
そういえばここへ来ることばかり考えて夕飯のことをすっかり忘れていた。
「食べてこなかった」
クロエが応える。
「ミユキは?」
「いいえ。食べてきませんでした」
と言うと、まひるさんが、
「ならば、おなかがおすきでしょう」
と、後ろからピクニックバスケットを取ってシートの上に置いた。
「もしやと思って作ってきました。お茶もありますから、どうぞ」
籐かごの蓋を開けるとサンドイッチがギッチギチに詰まっていた。
「「いただきます」」
ユウさんとまひるさんが手をつけないのは知っていたので、遠慮なく頂くことにした。
ところがあたしは緊張のせいか、おなかは空いていたのに二つだけしか食べられなかった。
クロエといえば発現の発作で苦しそうなのに、何度もえづきながらも、まひるさんの作ったものは残さないという勢いでサンドイッチを頬張っていた。
あたしはそんなクロエに真のオタ魂を見た気がしたのだった。