「辻沢ノーツ 57」 

文字数 1,381文字

 弔問客が一人一人いなくなってゆく。

最後までいたKさんが帰る際、眠たくなったら隣の休憩室に夜具を用意してあるからそこで休んでねと言ってくださった。

休憩室を見に行くと3畳ほどの和室で、布団一式に白いパーカーとジャージが畳んで置いてあった。

パーカーは着替えに用意してくれたらしい。

あたしはスーツを脱いでそれに着替えると、ミヤミユにメッセージした。

[         クロ(こっち泊まる)
 ミヤ(なんで?)
          クロ(線香継ぐ役、仰せつかった)
 ミヤ(おめでとー ラボールの印だ)
          クロ(ガンバル)
 ミヤ(ガンバレ)]

ラボールと言うのは、調査協力者との信頼関係のことだけど、そういう言葉では言い表せない繋がりがあたしとNさんの間にはあったのだと、今になって思う。

何故ならあたしだけの夢と思っていた夕霧の話をNさんとは共有できたのだから。

 夜通し見守るのが通夜だろうけど、Nさんとはいえ死体と同じ部屋にずっといるのは気味が悪いので線香を継ぐときだけにして、それ以外はこっちの休憩室で横になっていることにする。

時計を見るともう1時を回っていて、外は雨も止み、虫の声が微かに聞こえるだけで異様に静かだった。

 少しうとうととしたらしい、線香を継ぎに棺桶のもとに行く。

斎場に入って見ると線香が消えてしまっていた。

Nさんとの約束のことを思い出した。そういえば、Nさんはあたしに会わせたい人がいると言っていたんだった。

昨日がその人に会わせてもらう約束の日だったのに。

その人は通夜に来ていたんだろうか? 

どんな人だったんだろう。

でも、もうそれもかなわない。

 線香に火をつける。

辻沢の線香は山椒の粉が配分されているとかで、普通のものよりも少し刺激的な香りがする。

あたしは気持ちが安らぐし好きな香りだ。

外で音がした。

背筋に冷たいものが走る。

おトイレのある廊下の奥の方。

ここは、見に行くべきだろうか? 

映画とかだと死亡フラグレベル3くらいだけど。

足音? 誰か来る。

ドアの鍵、閉めた方がいいかな。

でも、棺桶と一緒に閉じ込められるのは嫌だな。

どうしよう。窓開ける? 

まって、ドアのノブが回った。

少し開いたドアの隙間から人の頭がぬっと入って来た。

こちらをねめつけたのは、

寸劇さん? 

全身をこじ入れるように部屋の中に入ってきた。

その姿はあたしの知ってる強いけど優しい寸劇さんではなかった。

白いタンクトップは引きちぎれ、赤黒く汚れた分厚い胸板にぶっとい棒が突き刺さっている。

さらにその棒の先端はへし折られ、その片方らしき棒が右手に硬く握られていた。

顔は青白く黒い血管を浮き上がらせて、金色の瞳は虚ろで、口から血泡を吹いて、銀色の牙が唇を突き破って鈍い光を放っていた。

ゾンビになっちゃったんだ。

こんばんはって言っても通じなさそう。

逃げ場なし。

Nさん助けて。

棺桶の陰に隠れるしかない。

 寸劇・Zは、ゆっくりと棺桶の所まで来ると、両手でそれを抱えあげて窓際にどけた。

次はあたしの番。

と思ったら、そこにあった台車を組み立てて棺桶を乗せると、台車の紐を曳いてドアに向かった。

棺桶泥棒? ドアの前でいったん止まると、自然にドアが開く。

ドアから見えたのは、髭のサダムさん。

もちろんゾンビ。

さらにその向こうにはゾンビのサーリフくんが控えているに違いない。

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