「辻沢ノーツ 22」

文字数 1,112文字

 いよいよ辻沢入り。

でも、Aさん宅に着いた頃にはもう暗くなってた。

インターフォンの向こうは、お嬢さん? なのかな。話が通じない。

何度言っても、同じ質問の繰り返し。

「お名前は?」

「ノタクロエといいます」

〈ノラクロさん?〉

「ノタです。ノタクロエと言います」

〈そのノタクロさんが何の御用でしょうか?〉

「フィールドワークで滞在させて頂く予定になっていまして」

〈フィールドなんですか?〉

「フィールドワークです」

「お名前は?」

ずっとこれ。

しかたないから今日は駅前のホテルに泊まることにして戻ろうとしたら、ミニバンタイプのハイヤーが目の前に停まって、中から白いスーツ姿のAさんが降りてきた。

「ノタさん、失礼しました。仕事が長引きまして、どうぞお入りください」

 今やっと部屋に荷物置いて落ち着いてる。

「ノタさん、入りますね」

改めて見るAさんは、やっぱりこっちが気後れするほどきれい。

この前は、着こなしかなってちょっとだけ思ったけれど、そうじゃない。

きれいすぎてずるい。

そんな感じ。

「ごめんなさいね。最近、辻沢にも不審者が増えたものですから。うちの者にもよく用心するように言ってますもので」

空き巣とか多いのかな、お屋敷町だけに。

「インターフォンの方はお嬢様ですか?」

「そうです。ノタさんと同じ年なんですよ」

なんとなく高校生かなって思ったけれど、同い年だったんだ。

「仲良くしてやってくださいね」

どんな子なのかな。

インターフォンの感じからすると、天然?

「長旅でお疲れでしょう、お風呂沸いてますからお入りください。そのあと、お食事にしましょう」

いいのかな、こんなお客さんしてて。

ホントはそれこそ家政婦さんのように働くべきなんじゃないかな。

ミヤミユやサキたちどうしてるんだろう。

 お風呂気持ちよかった。足伸ばして入れるお風呂なんてすごい久しぶりな感じした。

この洗面所、鏡がないな。

 お夕食、なんか気まずかった。

あたしだけ食べてた。

出てきた料理は手の込んだものなんだけど、一人分しか用意されてなくて、お嬢さんはどうしたのか、Aさんとだけ対面して食べた。

Aさんはマグカップで何か飲んでた。

外で食事して来ちゃったのかな。

わざわざあたしのために食事を作ってくださったのかと思うと申し訳なくて、明日から皆さんのお食事の用意をしますって言ったら、

「お気使いなく。家政婦にさせますので」

って言われた。

これって上げ膳据え膳ってやつじゃん。

ほんと、とんだフィールドワークになっちゃったな。

 少しお話して、9時が過ぎたので部屋に戻ろうとすると、Aさんが、

「一つだけ約束してください。就寝後に部屋の外で音がしてもドアを開けて覗かないでください」

何それ。ツルの恩返し的な?
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