「書かれた辻沢 57」

文字数 2,220文字

 鬼子神社のすり鉢の窪みについては、その後のノートには合致する記述は見つからなかった。

これでは鬼子神社で星形を作るということに相当するかはっきりしない。
後に実際に鬼子神社に行って確認する必要があるようだった。

 さらにノートを読み進めていく。

 サノクミさんはノートの中でしきりに5人ということを強調していた。

「みんな一緒でないとダメなんだって」

 ■■さんが夢言で言っていたというのが根拠らしかった。それに対してユウさんが、

「なんとなく分かる気がするよ。ボクがエニシから条件を提示されてる感じと似ている」

 それは融通が利かない子供を相手にしているような感覚で、他のやり方を受け付けない頑固さがあるのだと言う。

「ならば、あたしたちはけちぼん池に行けないってことになるのかな」

 あたしたち5人はミユウが欠けてしまっている。

屍人でもいいのなら無理やり手を繋いで星形を作ることはできるけれども。

 そのことは、あたしがわざわざ口に出さなくても、本当はみんなが分かっていたことのようだった。

 ミユウがいない。

 でも、けちんぼ池に行かなければならない。

「そうだね。たしかにこのノートのことが真実ならば、そうなる。でもそうでない可能性もあるよね」

 鞠野先生が言った。

「と言うと?」

 ユウさんが聞いた。

「夕霧一行さ。結局けちんぼ池に行ったのは夕霧と伊左衛門だけだった。まめぞうたちはその前にヒダルにやられている」

 確かにそうだが、

「まめぞうたちがやられる場面がすでに向こう側に行った後だったら」

 あたしがそう言うと、鞠野先生は腕組みをして少し考える風をした後、

「多分そうだろう。でもそれは重要なことではない。君たちはけちんぼ池に行きたい。それが答えだと僕は思うけど」

行き方はその時その時で違うという紫子さんの言葉を思い出す。

 ユウさんが言った。

「先生が正解かもな。ボクはミユウのことがあった後も、まだエニシに呼ばれてる感じがしているし」

 ミユウがいなくてもけちんぼ池に行く方法はあるということなのだろうか。

しかしそれはきっとこのノートを読み解いても分からないことなのだ。

なぜならそこから先は、あたしたちしか見出しえない方法だからだ。

 その後のノートの記述は、時期の話題になっていた。

それは夏が終わって秋分を迎えるまでの潮時だと記されてあった。

 もうすぐ夏が終わる。次の潮時は半月後にやって来る。

それまでにあたしたちは自分でけちんぼ池への行き方をもう一度探る必要がありそうだった。

 リング・ノートを閉じて手に取ってみる。

厚紙の表紙のざらついた感じ、リングの冷たい感触が掌に伝わってくる。

 サノクミさんと兵頭ナオコさんたちは結局けちんぼ池には行けなかった。

行く前にサノクミさんが命を落としてしまったから。

それを由香里さんのせいにするのは少し酷なような気がするけれど、やっぱり残されたナオコさんは無念だっただろう。

いや慙愧の念に駆られている。

ナオコさんの姿が見える。一人で暗い部屋の中で鬱々とした気持ちでサノクミさんを助けられなかった自分を責め苛んでいた。

そしてナオコさんは、目の前でサノクミさんが何者かに襲われる場面を思い浮かべていた。

 一瞬の出来事だった。大きいサルぐらいの影がサノクミさんに躍りかかった。

「クミ!」

 叫んだ時は遅かった。

サノクミさんの首から生暖かい雨がナオコさんの体に降り注いで来たからだ。

ナオコさんの顔から上半身を濡らしたその液体は鉄臭かった。

両手で顔を拭い、掌についたそれを舐ると血の味がした。

刹那、自分の中で何かが弾け暴悪な感情が心を支配した。

ナオコさんは大ザルに向かって叫んだ。

しかしその声は地獄の底からするような禍々しい響きだった。

大ザルはすぐさま飛び掛かってきたが、ナオコさんはそれを片腕ではじき返す。

飛ばされ地面に蹲った大ザルがナオコさんを振り仰いだ。

その目は金色をして口から銀牙をはやしていた。子供の姿をしたヴァンパイアだった。

それはナオコさんの顔を見つめたあと、そこから音もなく消え失せた。

後ろで悲鳴が上がった。

振り向くと、真美と由美子がナオコさんを見て叫び声を上げ、逃げ出した。

ナオコさんは追いかけようとしたがやめた。

自分がヴァンパイアになってしまったと分かったからだった。

「フジノくん。大丈夫かい?」

 鞠野先生の言葉で我に返る。

目の前にはユウさんとまひるさんが不思議そうにあたしを見ていた。

そして横で鞠野先生がいつものようにあたしを見つめている。

「先生、あたし今」

「うん、記憶の糸を読んでいたようだよ」

 手にしたノートを見てみた。そのリングの輪に絡まるようにして透明な記憶の糸が揺らいでいた。

あたしは知らずにこのリング・ノートの記憶の糸に触れてしまったようだった。

 あたしは今見たナオコさんの記憶を皆さんに語って聞かせた。

するとまひるさんが、

「辻沢のヴァンパイアは因子を持って生まれ、血の刺激を受けると覚醒します」

 と言った。

 それを聞いて、ナオコさんがずっと後まで抱えていた慙愧の念が、親友のクミさんの血を浴びてヴァンパイアになってしまったことだと知れた。

そして、その時血を舐めて愉悦を感じてしまったことがそれを助長したようだった。

 青墓で触れたナオコさんの記憶の糸は死に場所を求めて彷徨っていた。

それは子供の姿をしたヴァンパイア、あのパジャマの少女が原因だったのだ。





※20210930:久美子の名を由美子に変更しました。
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