「辻沢ノーツ 40」

文字数 1,956文字

 笑いの輪が収まってしばらくして、寸劇さんが右手を上げた。

「隊列!」

サーリフくんが口を引き締めてあたしの右に付く。

サダムさんはユウの横だ。

しばらくそこでじっとしていると、ハクビシンが来た左手のほうから人の叫び声がした。

そして、何かが草むらを突っ切ってくる音。

みんながそれぞれの武器を構えてそれを待つ。すぐに道に飛び出てヘッドライトに照らされたのは一人の男だった。

その男はTシャツの前を真っ赤に染め、手には何も持っていなかった。

その男はライトの光に眩しそうな顔を向けて、

「逃げろ! 死ぬぞ!」

と叫んだかと思うと、反対側の草むらに飛び込んで行った。

何かが、人間とは違う何かが、森の暗闇をこちらに近づいてくる気配がする。

それもかなりの数。

段々とこちらに寄せてくるその物たち。

そして、ちょうどヘッドランプの光が届かなくなる闇の際でそれらの動きが停まった。

沢山の得体の知れない物が暗闇の境にうごめいている。

ヘッドランプの光がその中の一匹を照らした。

それは先ほど寸劇さんに教えてもらった改・ドラキュラだった。

だが、キャラシートのようにキレイな顔はしていなかった。

金色の目は虚ろで、口からは鋭くとがった牙が飛び出していて、泡状になった赤黒いよだれをしたたらせていた。

その隣はカーミラ・亜種だ。

何故かセーラー服を着ているが、その前は血のようなもので染められていた。

五本の爪が鋭い枝切バサミのようになっていて、そこにも血糊がべっとりと付いている。

それらは森の中に沢山いて、荒い息を吐きながら次第に間合いを詰めてくる。

寸劇さんが背中の得物を手にすると鞘を払う。

それはライトの中で怪しく光り、敵との間に蛇のような刀身を晒した。

「その刀って」

あたしはその刀をどこかで見たことがあった。

「シャムシール、新月刀ともいう。奴らの喉を刎ねるにいい。先祖が傀儡(くぐつ)だという男に伝授された」

え? 今傀儡って言ったよね。

傀儡って遊女のことでもあるけど、どういうこと? 

ユウが会わせるっていった遊女と関係ある?

でも質問する暇などなかった。

寸劇さんは地面を蹴って茂みの中に飛び込んでいったから。

それからはまさに獅子奮迅、シャムシールを両手で握って上体をくねらせ一人で目前の改・ドラキュラ2匹とカーミラ・亜種を斬り殺した。

そして、振り向くと、

「サーリフ、右! サダム! 後ろだ!」

と叫びながら飛び戻り、あたしの前に立ちふさがって、改・ドラキュラの一撃を受け止めた。

「突け!」

あたしは自分が水平リーベ棒を手にしているのを思い出し、目をつむったまま、それを前に突き上げた。

鈍い音がして生暖かい液体があたしの全身に降りかかる。

そいつは腹の底から気味の悪い声を発し、体中が紫の炎に包まれたたかと思うと、突然爆発して消えた。

耳がキーンと鳴っている。

その場にはひどい匂いだけが残った。

「次だ」

考える間もない。

あたしは後ろに迫ったカーミラ・亜種に銀の棒を叩きつけた。

そいつは意外に柔らかく、その一撃で頭半分が吹き飛んで、耳障りな悲鳴を挙げた直後、小爆発を起こして消えた。

どういう技術だか分からないけどすごくリアルな敵キャラだ。

 あたしは来る敵、来る敵を迎撃し続けた。

けれど実際はユウに何度も何度も敵の枝切バサミを防いでもらった。

果てしなく続くかと思われた攻撃も次第にあたしが銀の棒を振るう回数が減ってゆき、敵の波状攻撃もまばらになって来て、明け方近くになってようやくそれが止んだ。

寸劇さんがガックと地面に片膝をついたかと思うと肩で息をしながら言った。

「よし、生き抜いたぞ」

その言葉にみんながお互いの顔を見合わせて無事を確認し合うとその場にへたり込んだ。

ユウを除いて。

ユウが寸劇さんのところに近づいて行って、

「ボクらのほうが多く倒したよ」

と言った。

それを寸劇さんは、もはや精根尽きたといった目で見上げて、

「ああ、そうだな。女と思って侮った。すまなかった」

「いいよ。慣れてる」

「全滅ポイントはお前らにやる」

「いらないよ。その代わり、ボクらを傭兵にしておくれよ」

「お前たちのPTは?」

「いいんだ放棄する。手続きが面倒だから新兵扱いでお願い。ユーザ名はそっちのルールに合わせる」

「了解した」

「じゃあ、次の獲物を狩りに行こうか」

「待て、まず救護センターに行かせてくれ」

見ると、寸劇さんのズボンが裂け、血だらけの太ももが露出している。

サダムさんは真っ赤になったタオルを頭に当て、サーリフくんは腹を手で押さえている。

無傷なのはユウとあたしだけだった。

あたしは寸劇さんのパックリ開いた傷口とズボンに着いた真っ赤な血を見ているうちに気分が悪くなり、ついにはめまいがしてその場に蹲り目の前が真っ暗になった。

「あーあ、これからだってのに」

遠のいてゆく意識の中で、何かの咆哮を聞いたような気がした。
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