「書かれた辻沢 56」
文字数 2,161文字
「暑いね」
鞠野先生が言った。
太陽も高くなったのせいかコテージの中が蒸し暑くなってきていた。
あたしは席を立ってクーラーを付けに行く。
戻る時冷蔵庫の中をのぞいたら、ちょうど麦茶のペットボトルが冷えていたので、
「麦茶飲む人?」
とみなさんに聞くと、鞠野先生が、
「お砂糖入りで」
と言って手を上げた。
鞠野先生は麦茶にいつも小さじ1杯分の砂糖を入れる。
ユウさんとまひるさんはといえばやはり首を横に振っている。
そういえば二人が暑そうな顔をしているのを見たことがない。どんな体質をしているんだろう。
鞠野先生とあたしの分を、オレンジ色で幾何学模様が描かれたガラスコップに入れて席に戻る。コップはコテージに用意されていたものだが正直ダサい。
「鬼子神社の記述がある」
ユウさんがノートの先をめくりながら言った。
ユウさんが指摘したのはサノクミさんが書いた記事だった。それには、
「鬼子神社から入るんだって■■が言ってた」
とあった。
どうやらサノクミさんと■■さんとは鬼子使いと鬼子の関係らしく、■■さんが閾の時に夢言のようにけちんぼ池のことを語るようなのだった。
つまりこのノートのけちんぼ池の情報は■■さんの夢言が元ということだ。
鬼子神社についてあたしが、
「それはなんとなく分かっているけれど」
と言うと、ユウさんが、
「そう、人が揃って場所が合えばいいってもんじゃない」
と受けた。
ユウさんは今までそれをしきりに気にしていた。
夕霧と伊左衛門、まめぞうさんたちと沢山のヒダル。そして鬼子神社や青墓。
エニシが求める条件をユウさんは何度も試してきたのだろう。
鬼子神社からどうやって入るのか? その答えをノートに探した。
「星の形を作る」
赤ペンで強調された記述を見付けた。
「鬼子神社で?」
ユウさんが言う。
「そうみたいです」
まひるさんが言った。
あたしは鬼子神社の社殿の中でユウさんやまひるさんたちと手を繋いで星形に立つ様子を想像してみた。
5人が作った星形は社殿の床に五芒星の魔法陣を写し出し、眩い光に包まれたユウさんが厳かに呪文を唱えると、中央に深黒の闇の口が現れる……。
中二病か!
鞠野先生があたしに向かって言った。
「コミヤさんの実測図面を見ませんか?」
なるほど、ミユウの実測図面の精緻さなら何か分かるかもしれない。
あたしは席を立つと、作業机の脇に置いた段ボールから図面ケースの筒を取り出した。
シュッポン!
ミユウの図面ケースは、蓋を開ける時いつも気持ちのいい音がする。
席に戻って、麦茶のコップを避けティッシュでテーブルを拭くと、束になった図面をそこに広げる。
まずは社殿の図面。
ミユウのことだから柱の傷まで書き込んでいるんじゃないかと思ったが、狂気を感じた石畳ののサーフェース程には細かくはなかった。
「あまり細かくないですね」
あの時一緒に圧倒された鞠野先生に同意を求めると、ユウさんが、
「そこらへんボクが実測したから」
と申し訳なさそうに言った。すると鞠野先生が、
「いや、そのせいじゃないと思う。おそらくコミヤくんは社殿の内部を重要視してなかったんじゃないかな」
きっとそうだ。
もしミユウが何かに気付いていたなら、柱の年輪まで描き込んで図面を仕上げただろう。
あの石畳図面の凄さはミユウが社殿が半分埋まった船だと気づいてそれをどうやって曳き出すかを考えた末に出来たものだった。
境内の図面はどうだろう。
すり鉢全体を上空から見下ろす俯瞰図面が最初にあって、それが東西南北で4分割された拡大図面。
さらに斜面のぐるりを縮尺を合わせて実測した等高線ばかりの図面と分類されてあった。
その斜面の図面を4人で分担して一枚一枚見て行く。
あたしは鬼子神社から林道に抜ける道のある北西の斜面を担当した。
よく見てみた。細かさは石畳ほどではないがルーペが欲しくなるくらいには細かかった。
鞠野先生も老眼鏡を取り出して、図面に顔をくっつけながら覗き込んでいる。
普段はこんなもの手に取らないだろうユウさんやまひるさんも図面に首っ引きなのがうれしかった。
これもきっとミユウの真摯な姿勢のなせる業なのだと思う。
ミユウが一切手を抜かずに図面を仕上げることに集中したから人をこんなに惹きつける図面が仕上がったんだ。
「これ、なんでしょうか?」
まひるさんが、テーブルに広げた図面を指して言った。
まひるさんの美しい指と綺麗なネールに気持ちが持って行かれそうになるのを耐えて、図面を見てみる。
「ここだけ少しいびつな形になってませんでしょうか?」
するとユウさんが、
「ボクの図面にも同じようなのがあるよ」
と自分が見ていた図面を横に広げて見せる。
それぞれの図面の指摘された場所を見ると、すり鉢の斜面を示す湾曲した等高線が少し外側に歪んでいる箇所があった。
まひるさんの図面もユウさんの図面も同じレベル位置で同じくらいの窪みがあることを示していた。
「他にはないだろうか?」
鞠野先生が図面を探し出す。
あった。あたしが見ていた箇所の他の図面に同じような窪みが。
鞠野先生も見つけた。
結局その窪みは斜面に5つあった。
ここに五人が立つと境内に五芒星の魔法陣が映し出され、光輝く中でユウさんが呪文を厳かに唱えると……。
中二病からぬけ出せないあたしなのだった。
鞠野先生が言った。
太陽も高くなったのせいかコテージの中が蒸し暑くなってきていた。
あたしは席を立ってクーラーを付けに行く。
戻る時冷蔵庫の中をのぞいたら、ちょうど麦茶のペットボトルが冷えていたので、
「麦茶飲む人?」
とみなさんに聞くと、鞠野先生が、
「お砂糖入りで」
と言って手を上げた。
鞠野先生は麦茶にいつも小さじ1杯分の砂糖を入れる。
ユウさんとまひるさんはといえばやはり首を横に振っている。
そういえば二人が暑そうな顔をしているのを見たことがない。どんな体質をしているんだろう。
鞠野先生とあたしの分を、オレンジ色で幾何学模様が描かれたガラスコップに入れて席に戻る。コップはコテージに用意されていたものだが正直ダサい。
「鬼子神社の記述がある」
ユウさんがノートの先をめくりながら言った。
ユウさんが指摘したのはサノクミさんが書いた記事だった。それには、
「鬼子神社から入るんだって■■が言ってた」
とあった。
どうやらサノクミさんと■■さんとは鬼子使いと鬼子の関係らしく、■■さんが閾の時に夢言のようにけちんぼ池のことを語るようなのだった。
つまりこのノートのけちんぼ池の情報は■■さんの夢言が元ということだ。
鬼子神社についてあたしが、
「それはなんとなく分かっているけれど」
と言うと、ユウさんが、
「そう、人が揃って場所が合えばいいってもんじゃない」
と受けた。
ユウさんは今までそれをしきりに気にしていた。
夕霧と伊左衛門、まめぞうさんたちと沢山のヒダル。そして鬼子神社や青墓。
エニシが求める条件をユウさんは何度も試してきたのだろう。
鬼子神社からどうやって入るのか? その答えをノートに探した。
「星の形を作る」
赤ペンで強調された記述を見付けた。
「鬼子神社で?」
ユウさんが言う。
「そうみたいです」
まひるさんが言った。
あたしは鬼子神社の社殿の中でユウさんやまひるさんたちと手を繋いで星形に立つ様子を想像してみた。
5人が作った星形は社殿の床に五芒星の魔法陣を写し出し、眩い光に包まれたユウさんが厳かに呪文を唱えると、中央に深黒の闇の口が現れる……。
中二病か!
鞠野先生があたしに向かって言った。
「コミヤさんの実測図面を見ませんか?」
なるほど、ミユウの実測図面の精緻さなら何か分かるかもしれない。
あたしは席を立つと、作業机の脇に置いた段ボールから図面ケースの筒を取り出した。
シュッポン!
ミユウの図面ケースは、蓋を開ける時いつも気持ちのいい音がする。
席に戻って、麦茶のコップを避けティッシュでテーブルを拭くと、束になった図面をそこに広げる。
まずは社殿の図面。
ミユウのことだから柱の傷まで書き込んでいるんじゃないかと思ったが、狂気を感じた石畳ののサーフェース程には細かくはなかった。
「あまり細かくないですね」
あの時一緒に圧倒された鞠野先生に同意を求めると、ユウさんが、
「そこらへんボクが実測したから」
と申し訳なさそうに言った。すると鞠野先生が、
「いや、そのせいじゃないと思う。おそらくコミヤくんは社殿の内部を重要視してなかったんじゃないかな」
きっとそうだ。
もしミユウが何かに気付いていたなら、柱の年輪まで描き込んで図面を仕上げただろう。
あの石畳図面の凄さはミユウが社殿が半分埋まった船だと気づいてそれをどうやって曳き出すかを考えた末に出来たものだった。
境内の図面はどうだろう。
すり鉢全体を上空から見下ろす俯瞰図面が最初にあって、それが東西南北で4分割された拡大図面。
さらに斜面のぐるりを縮尺を合わせて実測した等高線ばかりの図面と分類されてあった。
その斜面の図面を4人で分担して一枚一枚見て行く。
あたしは鬼子神社から林道に抜ける道のある北西の斜面を担当した。
よく見てみた。細かさは石畳ほどではないがルーペが欲しくなるくらいには細かかった。
鞠野先生も老眼鏡を取り出して、図面に顔をくっつけながら覗き込んでいる。
普段はこんなもの手に取らないだろうユウさんやまひるさんも図面に首っ引きなのがうれしかった。
これもきっとミユウの真摯な姿勢のなせる業なのだと思う。
ミユウが一切手を抜かずに図面を仕上げることに集中したから人をこんなに惹きつける図面が仕上がったんだ。
「これ、なんでしょうか?」
まひるさんが、テーブルに広げた図面を指して言った。
まひるさんの美しい指と綺麗なネールに気持ちが持って行かれそうになるのを耐えて、図面を見てみる。
「ここだけ少しいびつな形になってませんでしょうか?」
するとユウさんが、
「ボクの図面にも同じようなのがあるよ」
と自分が見ていた図面を横に広げて見せる。
それぞれの図面の指摘された場所を見ると、すり鉢の斜面を示す湾曲した等高線が少し外側に歪んでいる箇所があった。
まひるさんの図面もユウさんの図面も同じレベル位置で同じくらいの窪みがあることを示していた。
「他にはないだろうか?」
鞠野先生が図面を探し出す。
あった。あたしが見ていた箇所の他の図面に同じような窪みが。
鞠野先生も見つけた。
結局その窪みは斜面に5つあった。
ここに五人が立つと境内に五芒星の魔法陣が映し出され、光輝く中でユウさんが呪文を厳かに唱えると……。
中二病からぬけ出せないあたしなのだった。