「書かれた辻沢 50」

文字数 2,096文字

 パジャマの少女が去った後、公園にスレイヤー集団が現れた。

全員がすり鉢を被りロングスリコギか水平リーベ棒を携えている。

今日は『スレイヤー・R』の定例はなかったような。

集団はベンチのクロエを見付けると、ロングスリコギで威嚇しながら取り囲んだ。

 対してクロエはひるむ様子もなく平然としている。

「こいつは、改・ドラキュラでもカーミュラ・亜種でもないぞ」

 中の一人が興奮気味に言った。

「上のステージのエネミーかもしれん」

「高ポイントが期待できる。ぬかるな!」

「「「「スレイヤー!」」」」

 中の一人がロングスリコギをクロエに向かって突き出した。

しかし、その攻撃は空を突く。クロエが消えたからだ。

「どこ行った」

 すり鉢頭の集団が周りを探る。しかし、クロエは見当たらない。

「上だ!」

 男が水平リーベ棒で上空を指さした。その先に黒い影。

クロエは街灯のさらに上に飛びあがったのだ。

 クロエはそのまま集団の背後に着地すると、攻撃対象を見失った者から次々に打撃を加え倒してゆく。

その凄まじい速さはすでに人間技ではなかった。

 潮時になってもアグレッシブでないクロエでも、発現すれば常人を超える身体能力がある。

こうなるとクロエよりも、すり鉢集団の方があきらかに脆弱に見える。

 クロエは、ある程度始末をつけると公園の垣根を超えて夜の街に走り去って行った。

その手際の良さに鞠野先生もあたしもあっけに取られていたのだけれど、

「追わなければ」

 という鞠野先生の一言で我に返って、いそぎバモスくんの所に戻ったのだった。

「全速力で行きましょう」

 その言葉をスルーして位置情報を見ながら、マップ上のクロエを示す赤い点を追う。

バモスくんもしばらくは追えていたのだったが、赤い点が路地を抜けて大通りに出たあたりで見失ってしまった。

赤い点もマップから消えていた。

いなくなってのではない。これはクロエが地下に下りたことを示している。

 辻沢には地下道が網の目のように張り巡らされているのでクロエが地下に下りることは不思議ではない。

ただ、それを追いかけるとなると非常に厄介だ。

地下道は暗い上に迷路のようなのですぐに見失ってしまうから。

それに屍人や蛭人間などの危険な存在に出くわす可能性もある。

「困りましたね」

 クロエが出て来ないまま朝を迎えた場合のことが気になった。

その時は、地下道のどこかで倒れているから地下道に下りて探しに行かねばならない。

「しかたないですね。しばらくここで待ちましょう」

 バモスくんを、バイパス通りの待避所に入れてクロエが地上に出て来るのを待つことにした。

 橙色の街灯の下、鞠野先生とあたしはクロエの赤い点を再び現れるのをじっと待った。

涼し気な風が田んぼの上を稲穂の香りを乗せて吹き渡って来る。

今年は豊作になる。タクシーで聞いた話を思い出した。

「今年って豊作になるらしいですね」

「ああ、何十年に一度の大豊作の年だそうだ」

 やはり鞠野先生は知っていた。

「何か謂れがあるんでしょうか?」

 しばらく間をおいてから、

「古老から聞いた伝説のような話がね」

 と言った。

 鞠野先生はその大豊作は、鬼子が起因になっているという。

「その年に合わせるように特別な鬼子が生まれて、その子がけちぼん池への道を開くと豊作になるらしい」

「特別な鬼子ですか?」

 紫子さんが鬼子神社で生まれた子は全員特別だと言っていたことを思い出した。

でも、そう意味ではなさそうだった。

「エニシの糸を二つもつらしい」

 ユウさんのこ?

「僕は会ったことないけど、話には聞いたことがある」

 昔の人?

「僕と同年の人だったそうだ。でも、その人は道を開く前に亡くなってしまったので豊作もなかったという」

 もしかして、

「サノクミさん? ですか」

「え? なんでフジノくんがその名を?」

 あたしは由香里さんから聞いたことを鞠野先生に言うべきか迷ったが、鞠野先生のほうから、

「調由香里さんに聞いたのかい? 僕もそうなんだけど」

 と言った。

そして、それが鞠野先生が鬼子に肩入れすることになるきっかけだったと話してくれた。

「四宮の奥さんになる前の話だ」

 なんか面白そうなこと聞けるって思ったら、スマホのアラームが鳴った。

クロエが地上に出て来たらしい。

 位置情報の赤い点は、青墓に出現していた。

「青墓です」

 というと、鞠野先生が嬉々として、

「全速力でいきましょう」

 とエンジンを掛けた。

 稲穂の匂いがする風の中をのろのろと進み出すバモスくん。

あたしはスマフォの赤い点を見つめながらユウさんのことを思う。

 エニシに導かれているとユウさんは言った。

けちんぼ池に行くことは初めからエニシに仕組まれていて、それが大豊作のためだとすると鬼子とは何なのだろうと思う。

あたしたち鬼子は何のために生まれて来たというのか。

 あたしたちは田んぼの肥やしではない。大豊作なんて関係ない。

たとえエニシの目的がそうであっても、ミユウにもう一度会いたいというのは、あたしの心の底からの願いだしユウさんの必死な想いだ。

だからミユウのために、ユウさんのためにけちんぼ池へ行く。

そして何よりあたし自身のために。

そう思ったのだった。

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