「辻沢ノーツ 17」
文字数 2,013文字
狭いバモスくんの中で、次にどこに行くか相談していた時、鞠野先生のガラケーが鳴った。
「そうですか、それは助かります」
暫くやり取りして携帯を切ると、
「宿泊先を紹介してもらったよ」
町役場のエリさんからの電話だったそうだ。
Sさん宅がだめになったと知らせておいたら便宜を図ってくれたのだという。
指定されたAさん宅に行ってみて驚いた。
すごい豪邸。
ここまで来る間でこの一角がお屋敷町っていうのは分かった。
お隣なんて外車が2台ガレージに置いてあった。
緑のと赤いオープンカー。
でもこの家はひときわ目立って大きなお宅だ。
で、厳つい門の前にあたし一人置き去りって。
3人それぞれのお宅にホームステイっていうことで話が付いたらしいからだけど、鞠野先生は、「一人で大丈夫だよね」って行ってしまった。
バモスくんは立派な緑の垣根が連なる坂道をゆっくりと遠ざかって行った。
それを見送りつつ思った。最初からうすうす感じてたけど、あんなに頼りなかったんだ、バモスくんの後ろ姿。
呼び鈴はこれか、カメラついてる。
背筋伸ばして笑顔作って、見られてるこの感じ、バイトの面接以来の緊張感。
ピンポーンっと。(ゴリゴリーン)
返事ない。留守かな?
も一回。ゴリゴ、
〈どちら様ですか?〉
おっと。
「すみません。町役場からの紹介で参りました、ノタクロエといいます」
〈ノラクロさん?〉
ノラクロじゃないから。
「ノタ、クロエです」
〈ノタクロさん。あー、フィールドワーカーの。早かったのね。今、門を開けますね〉
くぐもった音をさせて重そうな扉が開くと、明るい陽射しを浴びた庭の芝生が目に飛び込んできた。
足元から真っ白いスロープが伸びている。
これって、家政婦ドラマのオープニングシーンみたい。
家政婦って英語でなんとかワーカーって言わなかったっけ。
変なふうに伝わってたらいやだな。
スロープを上りきるとソテツの植込みがあって、その向こうに2階建の白い家屋が見えている。
背丈の2倍はあろうかという大きな玄関扉の前に立つと、ドアが少し開いたので中に入る。
暗い廊下の奥から女性の声で、
「どうぞ、おあがりください」
ときた。
靴を脱いで声のした方に歩いてゆくと、暗い部屋のドアを開けて女性が立っていた。
「ようこそ。どうぞこちらに」
ようこそっていう人に初めて会った。
すらっとしていて色白で長い黒髪の、すごくきれいな人。
着ているお洋服も自然にセレブ感出ちゃってる。
「はじめまして、ノタクロエともうします。この度はお受け入れくださりありがとうございました。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」
まだ決まったわけでないのに、すこし焦りすぎだった。
顔が赤くなるのが分かる。
「おかけになって」
中に入るとそこはリビングだった。
ふっかふっかで沈んじゃいそうなソファー。
周りが広すぎてそんなにも見えないけど相当大きな平べったいテレビ。
緞帳のようなこのカーテンを開けたら、さっき歩いた綺麗なお庭が見えるだろうのに何で?
「暗いでしょう。子供が太陽光アレルギーなんです」
そうなんだ。
Aさんがトレーにお茶とお菓子を持って来て正面に座った。
そんなにまっすぐ見られると恥ずかしい。
Aさんが言うには、もともと宿泊の話はこっちが先で、受けるつもりで準備していた。
つい先日、他に引き受け手が見つかったと役場から連絡があって残念に思っていたそう。
「3人と伺っていましたが」
情報が錯綜してるのかな。
これまでの経緯を伝えると、Aさんは役場のすることはと言って笑って納得したようだった。
調査の概要と今後の予定をお話しする。
その後使わせていただくお部屋やキッチンやお風呂を案内していただいた。
贅沢過ぎて言葉もない。
こんなお宅に住まわせてもらって2か月近く調査って、
「ガシンショウタン、セキヒンアラウガゴトシ」的なフィールドワークっぽさがまるでない。
ホント、いいのかな。
お茶しながら雑談していたら、
「主人もフィールドワーカーでしたのよ。結婚してからもしばらくはやってたかしら」
そっか、だから受け入れていただけたんだ。
「フィールドはどちらですか?」
「ここなんです。学生の時、辻沢に調査しに来て、それからずっと」
学生の時? 辻沢に? どっかで聞いたことあるシチュだけど。
「『辻沢ノート』っていう小冊子も残しました」
「ご主人様って、もしかですが、四宮浩太郎さん?」
「ええ、そうです。四宮は旧姓ですが」
やばい、『ノート』の作者に会える。聞きたいことたくさんある。
「今日はお仕事ですか?」
「いいえ。亡くなりました、15年前に」
お線香を上げさせてもらった。
仏壇の横のフォトスタンドにはメガネを掛けたボサボサ頭の若い男性とアルカイックスマイルの美しい女性が写っていた。
それと赤ちゃんや子供の写真が多めに。
鞠野先生のお線香の匂いって、ここに来たからなのかも。
でも、さっきはなんで挨拶もしないで行っちゃったんだろう。
やっぱ鞠野先生ってコミュ障なのかな。
「そうですか、それは助かります」
暫くやり取りして携帯を切ると、
「宿泊先を紹介してもらったよ」
町役場のエリさんからの電話だったそうだ。
Sさん宅がだめになったと知らせておいたら便宜を図ってくれたのだという。
指定されたAさん宅に行ってみて驚いた。
すごい豪邸。
ここまで来る間でこの一角がお屋敷町っていうのは分かった。
お隣なんて外車が2台ガレージに置いてあった。
緑のと赤いオープンカー。
でもこの家はひときわ目立って大きなお宅だ。
で、厳つい門の前にあたし一人置き去りって。
3人それぞれのお宅にホームステイっていうことで話が付いたらしいからだけど、鞠野先生は、「一人で大丈夫だよね」って行ってしまった。
バモスくんは立派な緑の垣根が連なる坂道をゆっくりと遠ざかって行った。
それを見送りつつ思った。最初からうすうす感じてたけど、あんなに頼りなかったんだ、バモスくんの後ろ姿。
呼び鈴はこれか、カメラついてる。
背筋伸ばして笑顔作って、見られてるこの感じ、バイトの面接以来の緊張感。
ピンポーンっと。(ゴリゴリーン)
返事ない。留守かな?
も一回。ゴリゴ、
〈どちら様ですか?〉
おっと。
「すみません。町役場からの紹介で参りました、ノタクロエといいます」
〈ノラクロさん?〉
ノラクロじゃないから。
「ノタ、クロエです」
〈ノタクロさん。あー、フィールドワーカーの。早かったのね。今、門を開けますね〉
くぐもった音をさせて重そうな扉が開くと、明るい陽射しを浴びた庭の芝生が目に飛び込んできた。
足元から真っ白いスロープが伸びている。
これって、家政婦ドラマのオープニングシーンみたい。
家政婦って英語でなんとかワーカーって言わなかったっけ。
変なふうに伝わってたらいやだな。
スロープを上りきるとソテツの植込みがあって、その向こうに2階建の白い家屋が見えている。
背丈の2倍はあろうかという大きな玄関扉の前に立つと、ドアが少し開いたので中に入る。
暗い廊下の奥から女性の声で、
「どうぞ、おあがりください」
ときた。
靴を脱いで声のした方に歩いてゆくと、暗い部屋のドアを開けて女性が立っていた。
「ようこそ。どうぞこちらに」
ようこそっていう人に初めて会った。
すらっとしていて色白で長い黒髪の、すごくきれいな人。
着ているお洋服も自然にセレブ感出ちゃってる。
「はじめまして、ノタクロエともうします。この度はお受け入れくださりありがとうございました。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」
まだ決まったわけでないのに、すこし焦りすぎだった。
顔が赤くなるのが分かる。
「おかけになって」
中に入るとそこはリビングだった。
ふっかふっかで沈んじゃいそうなソファー。
周りが広すぎてそんなにも見えないけど相当大きな平べったいテレビ。
緞帳のようなこのカーテンを開けたら、さっき歩いた綺麗なお庭が見えるだろうのに何で?
「暗いでしょう。子供が太陽光アレルギーなんです」
そうなんだ。
Aさんがトレーにお茶とお菓子を持って来て正面に座った。
そんなにまっすぐ見られると恥ずかしい。
Aさんが言うには、もともと宿泊の話はこっちが先で、受けるつもりで準備していた。
つい先日、他に引き受け手が見つかったと役場から連絡があって残念に思っていたそう。
「3人と伺っていましたが」
情報が錯綜してるのかな。
これまでの経緯を伝えると、Aさんは役場のすることはと言って笑って納得したようだった。
調査の概要と今後の予定をお話しする。
その後使わせていただくお部屋やキッチンやお風呂を案内していただいた。
贅沢過ぎて言葉もない。
こんなお宅に住まわせてもらって2か月近く調査って、
「ガシンショウタン、セキヒンアラウガゴトシ」的なフィールドワークっぽさがまるでない。
ホント、いいのかな。
お茶しながら雑談していたら、
「主人もフィールドワーカーでしたのよ。結婚してからもしばらくはやってたかしら」
そっか、だから受け入れていただけたんだ。
「フィールドはどちらですか?」
「ここなんです。学生の時、辻沢に調査しに来て、それからずっと」
学生の時? 辻沢に? どっかで聞いたことあるシチュだけど。
「『辻沢ノート』っていう小冊子も残しました」
「ご主人様って、もしかですが、四宮浩太郎さん?」
「ええ、そうです。四宮は旧姓ですが」
やばい、『ノート』の作者に会える。聞きたいことたくさんある。
「今日はお仕事ですか?」
「いいえ。亡くなりました、15年前に」
お線香を上げさせてもらった。
仏壇の横のフォトスタンドにはメガネを掛けたボサボサ頭の若い男性とアルカイックスマイルの美しい女性が写っていた。
それと赤ちゃんや子供の写真が多めに。
鞠野先生のお線香の匂いって、ここに来たからなのかも。
でも、さっきはなんで挨拶もしないで行っちゃったんだろう。
やっぱ鞠野先生ってコミュ障なのかな。