「辻沢ノーツ 30」

文字数 866文字

 その子の名前はユウと言った。

聞けば年もあたしとおんなじ21才ということで、ひょっとして生き別れた双子の姉さん?

「あるかもよ」

イタヅラっぽく笑ったけど、それは違くて他人の空似のよう。

それにしても鏡見てるみたい。

世界にはそっくりな人が3人はいるってホントだったんだね。

「川田先生? 知ってるよ。高校の担任だった」

そうなんだ。

「女バス?」

「まさか、あんな化物だらけのとこ」

「化物?」

「身長160の女子がダンクシュートしたら、マジ化物しょ」

「なにそれ。やばい」

「そんなんばっかだった」

「そうなんだ」

「いいやつもいたけども」

不思議な感じ。

ずっと昔から知り合いだったような気がする。

初めて会った感じがしない。

この急激な親近感はそのせいかも。

アドレス交換した。

「いい感じの名前だね。クロエっと」

でしょ。実はあたしは自分の名前が好き。

「でさ」

「何?」

「遊女に会いたいんでしょ?」

遊女に会うって、そんなこと考えてもいなかった。

そもそも遊女なんてこの現代に存在しない。

その系統と言われる職業は今も勿論あるけど、遊女してる人なんているはずない。

それにあたしの調査テーマは辻沢に存在した遊女の家系をたどること。

鞠野先生が最初にその難しさを指摘したのは、その職業が非常にセンシブルだから。

ご先祖様が遊女だった人って聞かれて簡単に手を挙げる人は決していない。

もしいたとしても、その時は、こっちも他人に見られたくない腹を明かすほどの覚悟が必要だよとも。

それが会えるって、どいうこと? 

ものすごいおばあちゃんとか?

「まあ、あせんなって。絶対会わせてあげるから。ほらバス来るよ」

バス停まで送ってくれた。

風に乗って、山椒の爽やかな香りが漂ってくる。

そっか、さっきからのほんわかした感じはこの香りのせいだったのか。

「本当に生き別れたお姉さんじゃない?」

「ちがうと思うよ。でもなんで妹固定?」

バスが発車してユウの姿が見えなくなると胸がギューとなった。

去年の11月におばあちゃんが亡くなって、ひとりぼっちになってしまったときのことを思い出して、急に涙が抑えられなくなった。

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