「書かれた辻沢 25」
文字数 2,334文字
もうかれこれ1時間はこうして茂みの中でじっとしてる。
側を徘徊する大量のエネミーに見つからないように息を殺しながら。
最初は勇んで飛びかかっていったサキも、半分になった木刀を抱えて震えている始末だ。
「あいつやばい。強すぎだろ」
最初にエンカウントしたのがセーラー服姿のカーミラ・亜種だった。
濡れた落ち葉の道を姿勢を低くして歩いていると、茂みから現れてこちらに背を向けた。
そこにサキがすかさず木刀で後ろから襲いかかった。
見事に脳天に決まったかと思ったら、カーミラ・亜種が振り向きざま枝切りばさみの巨大な爪で木刀を真っ二つ。
次いで地獄の咆哮を浴びせられ、サキはピリ腰で逃げてきた。
その時、追い打ちを掛けられたらあたしも一緒にサキの木刀のようになっていたろう。
しかしそのカーミラ・亜種はあたしたちに構わず、杜の奥の暗闇へと消えて行ったのだった。
「出るのよす。もう無理」
サキはここから動けなくなってしまったのだった。
それから数十分、ようやく周囲のエネミーが疎らになった。
サキの震えも止まりスマフォを見る余裕が戻って来た。
「蛭人間が一カ所に集中してる」
改・ドラキュラとカーミラ・亜種の総称が蛭人間、ヴァンパイアのなり損ないだとサキが説明してくれた。
サキが「ほら」と言って、あたしに見せてきたスマフォの画面は、ほぼ全体が真っ赤に点滅していて、それが一点に向かってゆっくりと渦巻いていた。
「しかし、すごいよ」
「点の数?」
「いや、このインフォ欄見てみなよ」
マップ下の欄にUnkwoun(n)やAnoymouse(n)という文言が並び、それが猛烈な勢いで更新されている。※注(n)は数値。
「何これ?」
「蛭人間を撃退したユーザ一覧。運営も混乱してて詳細分からないみたいだけど、同じUnkwoun(13)が秒で撃退してるのやばい!」
たしかにUnkwoun(13)の出現頻度がハンパなかった。
このやばい不明ユーザー13はきっとユウさんだ。
あたしはスマフォでクロエの位置情報をチェックしていて、この渦の中心辺りにクロエがいることを確認していた。ということは、ユウさんも一緒なのだ。
「ミユキ様が思うより一億倍、ユウ様はお強いですから」
「一兆倍かもよ」
まひるさんとユウさんの言葉に重みが増す。
ただ、この状態は青墓の杜全体がユウさんに、あるいはクロエにも敵意をむき出しにしているようにしか見えないのだった。
何故なんだろう。
「これからどうする?」
サキはノーアイデアのようだった。
あたしにしてもクロエのことは心配だけど、渦の中心に近づく勇気は出なかった。
「おばさん探しに行こうか?」
と言うと、サキはちょっと考えた様子をしてから、
「そうしようか」
と言ったが、まだポイントに執着しているのか、なんとなく歯切れがわるい感じだった。
さて、記憶の糸をと身構えて思い出した。
あたしはサキのおばさんのことを全然知らなかったのだった。
それではいくら探そうとしても糸口も見つからないだろう。
「おばさんの写真とかある。着ていたものとか?」
とサキに言うと、
「ウチが子供の時のだけど」
と言って、スマフォの写真アプリを開いて見せてくれた。
それは木造校舎を背にした集合写真だった。
田舎の小学校らしく十数人の幼い生徒さんが前後二列に並び、前列の真ん中に年配の女性と若い女性が座っていた。
「その前列の若い方がおばさん。学校の先生だった」
その女性は太陽の光を浴びて明るい笑顔でこっちを見ている。
「十年以上前の写真。でも、去年最後に会ったママがおばさん全然変わってなかったって」
全然変わってない。辻沢で耳慣れすぎた言葉を聞くとは思わなかった。
「もしか、お母さんとおばさんって」
「双子の姉妹」
そう答えたサキは明らかにばつの悪そうな表情になった。
双子の姉妹の時はどちらかがヴァンパイア。辻沢の古くからの言い伝えだ。
「とりま、探そう」
とは言ったものの、もしサキのおばさんがヴァンパイアだったら、あたしにはその記憶の糸を辿る経験値が足りなすぎた。
見えないのだ。あるのは分かる。
未だにそれを紐解く鍵を手にしていない。そんな感覚だった。
サキにはあたしが記憶の糸を読めることを秘密にしている。
なので、端から見たら二人が地を這い草木を掻き分けて、ワンコでも探しているように見えるだろう。
そんことで、あたしはともかく、サキは何をどう探せるというのか。
痕跡? 遺体?
サキは本当におばさんを探すつもりなんてあるのだろうか?
記憶の糸を探り出してしばらくして、青墓の杜にいることを思い知った。
ここは心スポのヘビーバージョン、とんでもない場所だったのだ。
悪い噂ばかりで辻沢の人は夜には絶対踏み入らないと言うだけあった。
凄まじい情念の糸が何層にも織りなされていて、それに触れたくないのにあたしに近づいて来る。
振り払っても振り払っても絡みついてきて歩みの邪魔をした。
しっかり気持ちを保たないとその場で腰を抜かしてへたり込んでしまいそうだ。
そんな中、あたしに語り掛けてくるものに気が付いた。それは記憶の糸でなく声だった。
その声は、青墓に足を踏み入れてからずっと、あたしに語りかけて来ていたのかもしれない。
でも、あたしは耳鳴りのようにそれを今まで聞こえないものとしてスルーしていた。
この気鬱が増しつつある状況の中で、それは無視できないほどあたしの耳を刺激するようになってきたのだった。
それは、青墓の地の底から染み出てくるような、おどろおどろしげな声。
「わがちをふふめおにこらや」
と繰り返し語りかけてくる声だ。
そうしてあたしの足は、サキのおばさん探しそっちのけで、その声がしてくる青墓の杜の最奥部へと導かれて行ったのだった。
側を徘徊する大量のエネミーに見つからないように息を殺しながら。
最初は勇んで飛びかかっていったサキも、半分になった木刀を抱えて震えている始末だ。
「あいつやばい。強すぎだろ」
最初にエンカウントしたのがセーラー服姿のカーミラ・亜種だった。
濡れた落ち葉の道を姿勢を低くして歩いていると、茂みから現れてこちらに背を向けた。
そこにサキがすかさず木刀で後ろから襲いかかった。
見事に脳天に決まったかと思ったら、カーミラ・亜種が振り向きざま枝切りばさみの巨大な爪で木刀を真っ二つ。
次いで地獄の咆哮を浴びせられ、サキはピリ腰で逃げてきた。
その時、追い打ちを掛けられたらあたしも一緒にサキの木刀のようになっていたろう。
しかしそのカーミラ・亜種はあたしたちに構わず、杜の奥の暗闇へと消えて行ったのだった。
「出るのよす。もう無理」
サキはここから動けなくなってしまったのだった。
それから数十分、ようやく周囲のエネミーが疎らになった。
サキの震えも止まりスマフォを見る余裕が戻って来た。
「蛭人間が一カ所に集中してる」
改・ドラキュラとカーミラ・亜種の総称が蛭人間、ヴァンパイアのなり損ないだとサキが説明してくれた。
サキが「ほら」と言って、あたしに見せてきたスマフォの画面は、ほぼ全体が真っ赤に点滅していて、それが一点に向かってゆっくりと渦巻いていた。
「しかし、すごいよ」
「点の数?」
「いや、このインフォ欄見てみなよ」
マップ下の欄にUnkwoun(n)やAnoymouse(n)という文言が並び、それが猛烈な勢いで更新されている。※注(n)は数値。
「何これ?」
「蛭人間を撃退したユーザ一覧。運営も混乱してて詳細分からないみたいだけど、同じUnkwoun(13)が秒で撃退してるのやばい!」
たしかにUnkwoun(13)の出現頻度がハンパなかった。
このやばい不明ユーザー13はきっとユウさんだ。
あたしはスマフォでクロエの位置情報をチェックしていて、この渦の中心辺りにクロエがいることを確認していた。ということは、ユウさんも一緒なのだ。
「ミユキ様が思うより一億倍、ユウ様はお強いですから」
「一兆倍かもよ」
まひるさんとユウさんの言葉に重みが増す。
ただ、この状態は青墓の杜全体がユウさんに、あるいはクロエにも敵意をむき出しにしているようにしか見えないのだった。
何故なんだろう。
「これからどうする?」
サキはノーアイデアのようだった。
あたしにしてもクロエのことは心配だけど、渦の中心に近づく勇気は出なかった。
「おばさん探しに行こうか?」
と言うと、サキはちょっと考えた様子をしてから、
「そうしようか」
と言ったが、まだポイントに執着しているのか、なんとなく歯切れがわるい感じだった。
さて、記憶の糸をと身構えて思い出した。
あたしはサキのおばさんのことを全然知らなかったのだった。
それではいくら探そうとしても糸口も見つからないだろう。
「おばさんの写真とかある。着ていたものとか?」
とサキに言うと、
「ウチが子供の時のだけど」
と言って、スマフォの写真アプリを開いて見せてくれた。
それは木造校舎を背にした集合写真だった。
田舎の小学校らしく十数人の幼い生徒さんが前後二列に並び、前列の真ん中に年配の女性と若い女性が座っていた。
「その前列の若い方がおばさん。学校の先生だった」
その女性は太陽の光を浴びて明るい笑顔でこっちを見ている。
「十年以上前の写真。でも、去年最後に会ったママがおばさん全然変わってなかったって」
全然変わってない。辻沢で耳慣れすぎた言葉を聞くとは思わなかった。
「もしか、お母さんとおばさんって」
「双子の姉妹」
そう答えたサキは明らかにばつの悪そうな表情になった。
双子の姉妹の時はどちらかがヴァンパイア。辻沢の古くからの言い伝えだ。
「とりま、探そう」
とは言ったものの、もしサキのおばさんがヴァンパイアだったら、あたしにはその記憶の糸を辿る経験値が足りなすぎた。
見えないのだ。あるのは分かる。
未だにそれを紐解く鍵を手にしていない。そんな感覚だった。
サキにはあたしが記憶の糸を読めることを秘密にしている。
なので、端から見たら二人が地を這い草木を掻き分けて、ワンコでも探しているように見えるだろう。
そんことで、あたしはともかく、サキは何をどう探せるというのか。
痕跡? 遺体?
サキは本当におばさんを探すつもりなんてあるのだろうか?
記憶の糸を探り出してしばらくして、青墓の杜にいることを思い知った。
ここは心スポのヘビーバージョン、とんでもない場所だったのだ。
悪い噂ばかりで辻沢の人は夜には絶対踏み入らないと言うだけあった。
凄まじい情念の糸が何層にも織りなされていて、それに触れたくないのにあたしに近づいて来る。
振り払っても振り払っても絡みついてきて歩みの邪魔をした。
しっかり気持ちを保たないとその場で腰を抜かしてへたり込んでしまいそうだ。
そんな中、あたしに語り掛けてくるものに気が付いた。それは記憶の糸でなく声だった。
その声は、青墓に足を踏み入れてからずっと、あたしに語りかけて来ていたのかもしれない。
でも、あたしは耳鳴りのようにそれを今まで聞こえないものとしてスルーしていた。
この気鬱が増しつつある状況の中で、それは無視できないほどあたしの耳を刺激するようになってきたのだった。
それは、青墓の地の底から染み出てくるような、おどろおどろしげな声。
「わがちをふふめおにこらや」
と繰り返し語りかけてくる声だ。
そうしてあたしの足は、サキのおばさん探しそっちのけで、その声がしてくる青墓の杜の最奥部へと導かれて行ったのだった。