「書かれた辻沢 37」
文字数 2,147文字
あたしが今回テキスト化した資料の中で、鞠野先生が気になったのはやはり母宮木野の墓所のことだったようだ。
「そうだったのか。夕霧は双子の姉妹の姉だったのか」
鞠野先生は学生時代より鬼子の調査をインタビューを通して行ってきた。
そのため青墓周辺のことについては文字通り踏み込めずにいたのだった。
青墓には人がいないからだ。
「青墓に墓所があるという噂は聞いていたけれど、フジノくんの言った場所は異次元のようだ」
確かに枯れ葉の海の下に広がる世界は、静寂でどこまでも平坦で上の世界とは別世界だった。
そこから必死にもがいて戻って来たけれど、気付けば涸れ沢の中にいて、あの空間は忽然と消えてしまっていた。
今思うと、とてもはかない経験をしたような気がしないでもない。
「あれは夢だったんでしょうか?」
「どうかな」
鞠野先生は特製辻沢チャイを飲み干すと、グフっとむせてから、
「そうだったとしても、青墓がフジノくんに何かを伝えようとしたことは確実だ」
と言ったのだった。
青墓があたしに伝えたかったこと。
あの悲惨な母娘の物語を見せて、いったい何を伝えようとしたのだろう?
鞠野先生は何か回答を持っているかも知れない。
でもそれを鞠野先生に聞くのは違うと思った。
青墓はあの声でこのあたしを呼び寄せた。
母宮木野はあたしに対して凄まじくも残酷な姿を見せたのだった。
想いを渡されたのはあたしなのだ。
だから、あたしがそれを直に受け取らなければならない。
謎を解く鍵はあの呼び声だ。
「わがちをふふめおにこらや」
それは青墓以外では2カ所に存在している。
一つは四ツ辻のバス停留所。どうして四ツ辻のアナウンスがそうなったのか。
もう一つは町役場のロビー。なぜあすこに母宮木野の像があって、レリーフにそれが刻まれているのか。
とりあえず、あたしは役場に行ってみることにした。
像があすこにある以上、町の発注だろうしバスは町営なわけだし、役場の管轄部署に行けば何か分かるかも知れない。
鞠野先生を見送って役場に電話を入れた。
用件の伝え方が悪かったのか、たらい回しになった挙げ句に広報室という外部向けの部署に繋げられた。
また最初から説明かとうんざりして待っていると、
「もしもし広報室です。ご用件承りました。いつご来庁いただけますでしょう?」
ものすごく話が早い人だった。
もう役場も終わる時間だ。明日にしようと考えていると、
「これからでも結構ですよ。なんなら深夜でも」
と気が早い。
「じゃあ……」
と言いかけると、
「ロビーのコンシェルジュ・ブースでお待ちしております」
時間も決めずに電話が切れた。
すぐ出なきゃ待たせてしまう。
バスの時間はあと15分。
シャワーして行きたいけど無理。汗拭きシートで体を拭いて済ます。
ショルダーバッグにPCと野帳とありたけの資料、もしもの時のためにミユウのコンベックスに、喉が渇くだろうからペットに水入れたの2本持った。
それと街に出るから、ヤオマンスーパー寄ったときの買い物リスト。
えっと、シナモンパウダーなかったな。
あと卵と野菜、お腹の為にヨーグルトと、洗濯洗剤も切れそうだから買い足してって、これ今必要なことだった?
駐車場の砂利を蹴立てて走ってバス停へ。
今、クロエの位置情報分からないから、鉢合わせしないことを祈るのみ。
「役場まで」
(ゴリゴリーン)
クロエはいなかった。
ゴリゴリカードの残高、帰りの分ないから2000円のを買い足しておく。
渡されたカードの絵柄は女子高生の制服姿だ。
宮木野線沿線の女子校の夏冬の制服バージョンを揃えているらしい。
町長肝いりのカードというけれど制服フェチなのか?
あたしのは辻沢女子高校の夏服バージョン。
モデルの子も女子高校生みたいだけど、この子、目鼻立ちがシュッとしててスタイルもよくってすごく健康的。
きっとこの子は学校中の憧れだったろう。
それから憧れの女子について、悶々と考え事を廻らしているうちに役場に着いた。
すでに日も暮れて町役場も人の出入りが終わったようだった。
庁舎はこの辺りではもっとも高く、地上10階建て。
頂上に円盤形の議事堂が乗っていて、町がピンチになったら町長がこれで飛んで逃げると噂されている。
展望エレベーターを中心に東棟と西棟が三角形のウイングのように広がっている。
ロビーに入るとすでに消灯してあった。
ガラス張りの天井から月明かりが入っていて、フロア全体が乳白色に染まっている。
正面に大きな山椒の模造樹とそこに横たわる宮木野像。
そして問題のレリーフがある。
「お電話の方ですね。お待ちしておりました」
声がしたので振り向くとスーツ姿の女性が立っていた。
その人はロングの黒髪に青白く透けたような肌をして、薄い唇の赤だけが異様に目立って見えた。
そして名刺を差し出して、
「エリと呼んでくださいね」
と親しげに言ってくれる。
名刺の肩書きには、
「町長室秘書兼広報担当」
とある。
エライ人なのかもしれない。
あたしも自己紹介をして、手短に用件を伝えるとエリさんは、
「どうぞこちらに」
と言って展望エレベーターに向かって歩き出した。
エリさんは後ろ姿まで綺麗すぎた。
あたしはのこのことその後に付いて歩きながら、必要もないのに気後れを感じてしまったのだった。
「そうだったのか。夕霧は双子の姉妹の姉だったのか」
鞠野先生は学生時代より鬼子の調査をインタビューを通して行ってきた。
そのため青墓周辺のことについては文字通り踏み込めずにいたのだった。
青墓には人がいないからだ。
「青墓に墓所があるという噂は聞いていたけれど、フジノくんの言った場所は異次元のようだ」
確かに枯れ葉の海の下に広がる世界は、静寂でどこまでも平坦で上の世界とは別世界だった。
そこから必死にもがいて戻って来たけれど、気付けば涸れ沢の中にいて、あの空間は忽然と消えてしまっていた。
今思うと、とてもはかない経験をしたような気がしないでもない。
「あれは夢だったんでしょうか?」
「どうかな」
鞠野先生は特製辻沢チャイを飲み干すと、グフっとむせてから、
「そうだったとしても、青墓がフジノくんに何かを伝えようとしたことは確実だ」
と言ったのだった。
青墓があたしに伝えたかったこと。
あの悲惨な母娘の物語を見せて、いったい何を伝えようとしたのだろう?
鞠野先生は何か回答を持っているかも知れない。
でもそれを鞠野先生に聞くのは違うと思った。
青墓はあの声でこのあたしを呼び寄せた。
母宮木野はあたしに対して凄まじくも残酷な姿を見せたのだった。
想いを渡されたのはあたしなのだ。
だから、あたしがそれを直に受け取らなければならない。
謎を解く鍵はあの呼び声だ。
「わがちをふふめおにこらや」
それは青墓以外では2カ所に存在している。
一つは四ツ辻のバス停留所。どうして四ツ辻のアナウンスがそうなったのか。
もう一つは町役場のロビー。なぜあすこに母宮木野の像があって、レリーフにそれが刻まれているのか。
とりあえず、あたしは役場に行ってみることにした。
像があすこにある以上、町の発注だろうしバスは町営なわけだし、役場の管轄部署に行けば何か分かるかも知れない。
鞠野先生を見送って役場に電話を入れた。
用件の伝え方が悪かったのか、たらい回しになった挙げ句に広報室という外部向けの部署に繋げられた。
また最初から説明かとうんざりして待っていると、
「もしもし広報室です。ご用件承りました。いつご来庁いただけますでしょう?」
ものすごく話が早い人だった。
もう役場も終わる時間だ。明日にしようと考えていると、
「これからでも結構ですよ。なんなら深夜でも」
と気が早い。
「じゃあ……」
と言いかけると、
「ロビーのコンシェルジュ・ブースでお待ちしております」
時間も決めずに電話が切れた。
すぐ出なきゃ待たせてしまう。
バスの時間はあと15分。
シャワーして行きたいけど無理。汗拭きシートで体を拭いて済ます。
ショルダーバッグにPCと野帳とありたけの資料、もしもの時のためにミユウのコンベックスに、喉が渇くだろうからペットに水入れたの2本持った。
それと街に出るから、ヤオマンスーパー寄ったときの買い物リスト。
えっと、シナモンパウダーなかったな。
あと卵と野菜、お腹の為にヨーグルトと、洗濯洗剤も切れそうだから買い足してって、これ今必要なことだった?
駐車場の砂利を蹴立てて走ってバス停へ。
今、クロエの位置情報分からないから、鉢合わせしないことを祈るのみ。
「役場まで」
(ゴリゴリーン)
クロエはいなかった。
ゴリゴリカードの残高、帰りの分ないから2000円のを買い足しておく。
渡されたカードの絵柄は女子高生の制服姿だ。
宮木野線沿線の女子校の夏冬の制服バージョンを揃えているらしい。
町長肝いりのカードというけれど制服フェチなのか?
あたしのは辻沢女子高校の夏服バージョン。
モデルの子も女子高校生みたいだけど、この子、目鼻立ちがシュッとしててスタイルもよくってすごく健康的。
きっとこの子は学校中の憧れだったろう。
それから憧れの女子について、悶々と考え事を廻らしているうちに役場に着いた。
すでに日も暮れて町役場も人の出入りが終わったようだった。
庁舎はこの辺りではもっとも高く、地上10階建て。
頂上に円盤形の議事堂が乗っていて、町がピンチになったら町長がこれで飛んで逃げると噂されている。
展望エレベーターを中心に東棟と西棟が三角形のウイングのように広がっている。
ロビーに入るとすでに消灯してあった。
ガラス張りの天井から月明かりが入っていて、フロア全体が乳白色に染まっている。
正面に大きな山椒の模造樹とそこに横たわる宮木野像。
そして問題のレリーフがある。
「お電話の方ですね。お待ちしておりました」
声がしたので振り向くとスーツ姿の女性が立っていた。
その人はロングの黒髪に青白く透けたような肌をして、薄い唇の赤だけが異様に目立って見えた。
そして名刺を差し出して、
「エリと呼んでくださいね」
と親しげに言ってくれる。
名刺の肩書きには、
「町長室秘書兼広報担当」
とある。
エライ人なのかもしれない。
あたしも自己紹介をして、手短に用件を伝えるとエリさんは、
「どうぞこちらに」
と言って展望エレベーターに向かって歩き出した。
エリさんは後ろ姿まで綺麗すぎた。
あたしはのこのことその後に付いて歩きながら、必要もないのに気後れを感じてしまったのだった。