「書かれた辻沢 70」

文字数 1,865文字

「そろそろ行かなきゃ」

 準備に手間取っているクロエに声を掛ける。

時計を見るとすでに10時を回っていた。

今夜はスレイヤー・Rの定例の日。ユウさんとまひるさんが青墓で待っているのだ。

「やっぱこれで行こうかな」

 クロエはこの間まひるさんにもらった花血の制服を当てて姿鏡の前に立っている。

「クロエは今からどこに行く気?」

 これから行くのは戦場。蛭人間に襲われて血まみれになって泥濘に突っ伏す覚悟が必要だ。

クロエはお茶会かなにかと勘違いしているんじゃないのか?

「青墓だよ」

 と平然としていった。

「汚れてもいいの?」

「そうだよね。でもまひも制服で来るだろうから」

 まひるさんと自分を一緒にするのはどうかと思う。

まひるさんはユウさんと同じくらい強い上に、青墓で戦い慣れているんだから。

「止めときなよ。あたしの迷彩服余ってるの貸すからさ」

 と言うと、クロエは渋々ながら花血の制服をハンガーに掛け直したのだった。

 リュックを覗き込んで最終確認。

「武器の水平リーベ棒は持ったと。ペットボトル3本入れたね。あ!」

 何だ何だ?

「すり鉢買うの忘れた」

 頭に被るやつ。あれは運営推奨の防具だが、視界が悪くなるし動きが鈍くなるから初心者の時に欺されて買う物。

「いらないよ。工事用のヘルメットあるから。それよりお腹減ったときにって宮木野さんが用意してくれたおにぎり持ったの?」

「あ!」

 お前はいったい今まで何をしていたのだね? んー。

 ようやく準備が終わって調邸を出る。クロエの手を取って出発だ。

今日は潮時でないけれど、こうして一緒に並んで出掛けるのは感慨ひとしおってやつだ。

いつもは遠くから追いかけるだけだったから。

 東の空を見上げると半分の月が山の上に昇り始めているのが見えた。

「フジミユはスレイヤー・Rは何回目?」

 小走りになりながらクロエが聞いてきた。

 前はクロエが参加したときだけれど、あの時はスレイヤー・Rに参戦というより青墓の罠にはまりにいった感じだった。

「2回目かな」

 と言うと、驚いたように、

「心構えから準備まで完璧。さすがフジミユだね」

 と褒めてくれた。ちょっと嬉しい。

 大通りに出てバス停に向かう。バイパス経由で青墓に行くのだ。

 ところがクロエが、

「駅前経由で行こうよ」

 と言い出した。

 駅に一旦戻って乗り換えの時間を考えるとバイパス経由のほうが格段に早く着く。

定例開始時間の0時前に青墓に着こうこうと思ったらバイパス経由一択なのだった。

「どうして?」

 と理由を聞くと、

「ミヤミユが大曲大橋で待ってるから」

 と言った。

 バイパス経由で行くとき青墓に近いバス停は雄蛇ヶ池にかかる大曲大橋のたもとにある。

そこでミヤミユが待っている?

「どうしてそう思うの?」

 と聞くと、

「なんでか分かる。あのミヤミユには会いたくない」

 と、クロエが言ったが、あたしはそれを簡単に否定できなかった。

 あたしは、最近クロエがどこに居るか気になってもスマホの位置情報を使っていない。

それは薬指を耳に当てると直ぐに分かるからだ。

ユウさんはクロエがミユウともエニシの糸で繋がっていると言っていた。

ならば、クロエの直感は正しいと言わざるを得ないのだった。

あたしも屍人のミヤミユに会うのは心が痛む。

「わかった。駅経由で行こう」

 とあたしが言うと、クロエが手を引っ張って走り出した。

「どうした?」

 と聞くと、

「バスがバイパスの出口で信号待ちしてるから、フジミユ遅すぎ!」

 と急かされた。 誰のせいでこんなギリギリになった?

 駅からのバスは臨時便が出ていたこともあって思った以上に早く乗り継げた。

これなら開始前に着きそうだ。

こんな時間に青墓行の臨時便に乗る人間など、みんなスレイヤー・Rの参加者だ。

全員サバゲーの格好をして、これから死にに行くような表情の人ばかり。

実際死ぬ人もいるらしいけれど。

 あたしたちは、むさ苦しい男達に押しつぶされながらバスに揺られて行く。

聞こえてくるのはため息ばかり。

そんなに嫌ならなんで参加するのか。何度行き会っても理解しようがない心理なのだった。

「次は青墓北堺です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください」

 毎度の鬱ドミノを発生させるアナウンスが流れる。

陰鬱な車内がさらに暗闇へと沈んでいく。 

 ゴリゴリーン。

 まるで葬列のようにバスを降りて行く迷彩服の人たち。

「ナンマイダ」

 クロエ! やめなさい。

 バスが発車する。あたしたちは次の雄蛇ヶ池公園南門まで。

そこでユウさんとまひるさんが待っているのだった。

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