「辻沢ノーツ 69」
文字数 1,317文字
「ここでも夕霧物語は知ることができるよ」
ユウはあたしの背後を指さした。
後ろを振り向くと鴨居の上に数枚の額絵馬があった。
漆塗りの黒い額縁。木目が目立つ地に、ところどころ塗料の剥げ落ちた、素朴な感じがする彩色絵だった。
一番右の絵には、吹抜屋台の寝殿に人々が配されていて、ただそれが物語絵巻とかで見る宮廷ではないのは、中央に描かれたのがどう見ても遊女で、そのまわりに集まっているのが酔客、禿たち、3人の異国の人間だったから。
そして中の一人は軒を超えるほどの大男だ。
これは夕霧太夫の阿波の鳴門屋に違いない。
隣の絵馬は阿波の鳴門屋が炎に包まれ、遊女が火中でもだえ苦しんでる様が描かれてある。
すでに体は赤く焼けただれ、まるで火炎地獄で責めさいなまれる亡者のようだ。
そして、次の絵馬は焼け落ちた家屋から黒々とした異形の者が引き出される様子。
ここに再び3人の異人と一人の禿が登場し、その異形の者を幟旗の付いた土車に乗せて街道を運んでゆく場面。
次はおそらく道中で、夥しい数のひだる様に一行が襲われている様子。
大鉈を振り回し、先頭で交戦しているのは先ほどの異人の大男だ。
そして次が森を背にした六地蔵の前で、3異人と禿が握り飯を分けあっている様子で、最後の絵馬は、最初の遊女が禿と共に入水する場面だ。
あの時あたしは確かにこの絵を生きていたはずだった。
あたしの心にざわざわとさざ波が立った。
「ここがオニコ神社っていわれる理由はこの絵馬にあるんだけど、どうしてだと思う」
わかるはずない。
オニコ神社があることすら、昨晩エリさんから聞いたばっかりだもの。
「鬼子は外見が人と異なるわけでもないし、目に見えて特別な能力があるわけでもない。ボクだってそうだし、クロエだってそうだろ?」
「え? あたしも鬼子前提なの?」
「クロエはこの絵馬に見覚えあるだろ?」
「うん。絵馬を知ってるどころか」
「でしょ。つまり、鬼子かどうかは、この絵の記憶があるかどうかなんだ。昔は鬼子の疑いのある子はここに連れて来られて、この絵を見せられる。そして、覚えていれば鬼子と決められて、四ツ辻に置き去りにされるか縊り殺された」
「どうしてそんな目に?」
「多分、いずれひだるになるからかも」
あたしがあの気味の悪い生き物に?
「鬼子はみんないつかひだるになるの? あたしやユウも?」
「ならない場合もあるみたい。夕霧太夫に導かれれば、ひだるにならず後生に転生できる、らしい」
「らしい?」
「後生に転生って、ウケる」
たしかに後生って何?
転生? 草生える、だよな。
「ひだるになる可能性のほうが高い?」
「それも笑なんだけど、実際にNみたいなの見るとね。やっぱ悩む」
「いったい鬼子って何なの?」
ユウは腕組みをしたまま困ったような表情で、
「知らないよ。夕霧太夫なら答えを知ってるのかもだけど」
(またすぐ会える)
夕霧太夫が耳もとで囁いたような気がした。
「でも夕霧太夫が誰か分からない以上、答えは自分で見つけるしかないんだよ」
答えを見つける? いったいどうやって。
すがるような気持ちでユウを見たせいか、ユウはあたしから目を逸らせて、
「そろそろ行こうか?」
とぼそっと言った。
「どこへ?」
「青墓」
「何しに?」
「探し物」
ユウはあたしの背後を指さした。
後ろを振り向くと鴨居の上に数枚の額絵馬があった。
漆塗りの黒い額縁。木目が目立つ地に、ところどころ塗料の剥げ落ちた、素朴な感じがする彩色絵だった。
一番右の絵には、吹抜屋台の寝殿に人々が配されていて、ただそれが物語絵巻とかで見る宮廷ではないのは、中央に描かれたのがどう見ても遊女で、そのまわりに集まっているのが酔客、禿たち、3人の異国の人間だったから。
そして中の一人は軒を超えるほどの大男だ。
これは夕霧太夫の阿波の鳴門屋に違いない。
隣の絵馬は阿波の鳴門屋が炎に包まれ、遊女が火中でもだえ苦しんでる様が描かれてある。
すでに体は赤く焼けただれ、まるで火炎地獄で責めさいなまれる亡者のようだ。
そして、次の絵馬は焼け落ちた家屋から黒々とした異形の者が引き出される様子。
ここに再び3人の異人と一人の禿が登場し、その異形の者を幟旗の付いた土車に乗せて街道を運んでゆく場面。
次はおそらく道中で、夥しい数のひだる様に一行が襲われている様子。
大鉈を振り回し、先頭で交戦しているのは先ほどの異人の大男だ。
そして次が森を背にした六地蔵の前で、3異人と禿が握り飯を分けあっている様子で、最後の絵馬は、最初の遊女が禿と共に入水する場面だ。
あの時あたしは確かにこの絵を生きていたはずだった。
あたしの心にざわざわとさざ波が立った。
「ここがオニコ神社っていわれる理由はこの絵馬にあるんだけど、どうしてだと思う」
わかるはずない。
オニコ神社があることすら、昨晩エリさんから聞いたばっかりだもの。
「鬼子は外見が人と異なるわけでもないし、目に見えて特別な能力があるわけでもない。ボクだってそうだし、クロエだってそうだろ?」
「え? あたしも鬼子前提なの?」
「クロエはこの絵馬に見覚えあるだろ?」
「うん。絵馬を知ってるどころか」
「でしょ。つまり、鬼子かどうかは、この絵の記憶があるかどうかなんだ。昔は鬼子の疑いのある子はここに連れて来られて、この絵を見せられる。そして、覚えていれば鬼子と決められて、四ツ辻に置き去りにされるか縊り殺された」
「どうしてそんな目に?」
「多分、いずれひだるになるからかも」
あたしがあの気味の悪い生き物に?
「鬼子はみんないつかひだるになるの? あたしやユウも?」
「ならない場合もあるみたい。夕霧太夫に導かれれば、ひだるにならず後生に転生できる、らしい」
「らしい?」
「後生に転生って、ウケる」
たしかに後生って何?
転生? 草生える、だよな。
「ひだるになる可能性のほうが高い?」
「それも笑なんだけど、実際にNみたいなの見るとね。やっぱ悩む」
「いったい鬼子って何なの?」
ユウは腕組みをしたまま困ったような表情で、
「知らないよ。夕霧太夫なら答えを知ってるのかもだけど」
(またすぐ会える)
夕霧太夫が耳もとで囁いたような気がした。
「でも夕霧太夫が誰か分からない以上、答えは自分で見つけるしかないんだよ」
答えを見つける? いったいどうやって。
すがるような気持ちでユウを見たせいか、ユウはあたしから目を逸らせて、
「そろそろ行こうか?」
とぼそっと言った。
「どこへ?」
「青墓」
「何しに?」
「探し物」