「辻沢日記 20」

文字数 1,691文字

 駅前のゲーセンで時間をつぶすことにする。

中はまだ昼過ぎだというのに数人の男子高校生が太鼓の達人的なゲームで大盛り上がりしている以外は、格ゲーに夢中の大学生風男子とやさぐれたサラリーマン風の男がいただけだった。

あたしは、店の奥にあったクレーンゲームでカレー☆パンマンのぬいぐるみを狙うことにした。

一時間もしないうちに、カレー☆パンマン、アン☆パンマン、ド☆キンちゃん合わせて10個も取った。

あたしはこういうのは苦手で、これまでに500円使ってやっと1つとかだったので、人生で与えられたラッキーを全て使い果たしてしまったんじゃないかと不安になった。

「コミヤミユウサンデスネ」

話しかけてきたのは、あたしが5つ目のカレー☆パンマンをゲットしたとき裏口から入って来た男だった。

黒髪ロン毛に無精ひげ、彫りの深いグリーンアイのイケメンで、あらやだナンパ?

とちょとでも思ってしまった自分が情けなかった。

ナンパなら名前は知らないはず、瞬時に警戒心が芽生え出口を探った。

それを悟られたのか、

「シンパイナイデス。アナタノシリアイノミカタデス」

と変な発音でなだめにかかる。

あたしのシリアイのシリアイに外国人はいないはず。

思いっきりしゃがんでそのまま男の長い足に向かって体当たりを敢行する。

そんなことをしたら常人なら骨が折れる。

それも止むを得ない。

今あたしは死に直面している。

しかし、その2本の細い足はびくともしなかった。

あのリクス女もそうだった。重い、そして頑強な体幹だった。

そこで昨晩のように崩れ落ちたらそれは本当に死を意味する。

あたしは床にうつ伏すのをこらえ、その体勢のまま後ろに飛び左奥のドアに駆けた。

この店には表に面した出入口と、この男が入って来た裏通りへの通用口。

そして、トイレのドアがある。

あたしはトイレに入って鍵をかけた。

ここには幸いあたしぐらいならギリギリ出入りできる窓がある。

何度かここにきてトイレを使ったから覚えていたのだ。

他はおそらく待ち伏せがあるから、ここからビルの間を伝って外に出たほうがよいはずだ。

 いざ外に出てみると障害物があって窓からすぐに表に出るというわけにはいかなさそうだった。

一番よさげなのが上に見えている隣のビルの非常階段まで上ることだった。

ビルの隙間を利用しながら伝い登り始めると、隣のビルの一階に入った中華食堂のダクトのせいで壁がぬたぬたとしていてよく滑り、登りづらかった。

出てきたトイレの窓を気にしながら伝い登ってきたけど、あの男は追ってくる気はないのか一度も顔をのぞかせはしなかった。

苦労したがなんとか無事に3階の非常階段まで辿り着くことができた。

非常階段からは表通りが見える。

通りはいつもと変わりなく買い物の人たちが行き交っている。

見えた範囲ではあの男の姿はなかったし、怪しげな影もなさそうだった。

用心に空を仰いだが、カラスが一羽飛んでいるだけだった。

足早に階段を下りて歩道に出ると駆け足で駅に向かう。

そのまま大学に行き、このことを鞠野フスキに報告をすることにした。

 ゼミ室に行くと畑中先輩が一人で本を読んでいた。

鞠野フスキの居場所を聞くと講義中だという。

この先輩は嫌いだけど出て行けとも言えないので、気にしないようにして資料でも調べて待つことにした。

「大変だったんだってね」

ぞわっとした。こいつ何で知ってる?

「野太さん、大酔っ払いしたらしいじゃない」

そっちか、こいつあたしをミユキと間違えてる。

面倒くさいのでそのままにしておこうと思ったけど、昨日今日で何でそれをこいつが知ってる?

「ごめんごめん、君が知ってるはずないよね。だって君は昨晩、青墓にいたんだから」

それはこっちのセリフだろ。

畑中の目がやばい。

あのリクス女と同じ真っ赤な眼でこっちに殺意を滲み出させている。

ゼミ室の出入りは鉄扉が一つ、こいつがその前に陣取っているから使用不可だ。

窓から飛び降りるか?

ここは5階だけど、下は芝生の中庭だから、あたしならギリ捻挫くらいですむかも。

けど、さっき中庭には学生がわんさかいた。

5階から人が降ってきて平気な顔で立ち去ったら、それこそ大騒ぎになる。

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