「書かれた辻沢 122」

文字数 1,624文字

 5本の糸に引き寄せられた屍人のミユウは、水面すれすれまで降りてきた。

そして大の字のまま体を回転させると、上向きになって静止した。

「どうすればいい?」

 ユウさんがそれを見て言った。

「このまま池に沈めたら元にもどるんじゃ?」

 とクロエがさっそくミユウの体を触ろうとすると、ミユウはそれに反応して銀牙をむき出して威嚇した。

「カップラーメンじゃないから」

 と言っているようだった。

「ミユキはどう思う?」

 正直どうしていいかあたしにもわからなかった。

「わかりません」

 そう答えるしかなかった。するとまひるさんが肝心なことを思い出させてくれた。

「夕霧物語では水は澄んでいました」

 そうなのだ。けちんぼ池で伊左衛門が気が付いたときには、すでに夕霧は美しさを取り戻し冷たい水の中にいた。

「この血を水に変えるのか?」

 とアレクセイがけちんぼ池を見渡して言った。

改めて見るけちんぼ池の広さは雄蛇ガ池の比ではなかった。

池というより森の中の湖というほどの広さに満々と血汚泥が溢れている。

「案外、ミユウが浄化しれくれるかもよ」

 クロエが手で血をすくってミユウの手首に掛けようとすると、ミユウは身を捩ってそれをよけた。

「クロエ、あんまり乱暴しないの」

 とたしなめる。

「浄化してミユウが消えてなくなっちゃったらどうするの?」

「お風呂の洗浄剤みたいに?」

「そうは言ってない」

「言ってる」

 アレクセイが横から口をだしたのでむかついた。

「みんな。ミユウをなんだと思っている?」

 さすがのユウさんもご立腹のようだった。

「ここは初心に戻ってアレをやろう」

 ユウさんが言ったアレとは、鬼子神社で社殿の船を出現させた五芒星のことだった。

あの時の状況を思い出した。

鬼子神社の斜面に位置して五芒星の形を作る。すると地面が揺らぎだし……。

なるほど。地獄の蓋を開けられたなら血の池地獄の血汚泥だって浄化できるかも。

さすがユウさん。
 
 あたしたちはさっそく距離を取るため血の中を泳ぎ出した。すると、

「えっと、あのー」

 とまひるさんの声がした。振り返ってまひるさんを見ると、

「あたし、ミユキさんを指させません」

 と片手でユウさんを指さしていた。

 所定の位置に着いたらそれぞれの半身を指さす。

するとみんなの心が一緒になって……。

あの時、まひるさんは左手はユウさんを右手はあたしを指していた。

「ごめん。まひるには無理だったな」

 ユウさんが言った。

まひるさんはひだるさまに攫われた時、右手を失っていたのだった。

 しばらくユウさんは思案していていたが、

「まあ、気持ちってこともあるから、一応やってみよう」

 と提案した。

「わかりました」

 まひるさんもみんなと距離を取るため泳ぎ出す。

 あたしたち5人はミユウを中心におおよその間隔をとった。

位置の目安はミユウの頭、両手、両足の延長線上だ。

「みんな用意はいいか?」

「「「「はーい」」」」

「せーので半身を指すよ」

 ユウさんの声がけちんぼ池に響き渡る。

 静かな時が流れる。紺青の空の星が美しい。

「せーの!」

あたしは左手でまひるさんを、右手でクロエを指す。

クロエは左手であたしを、右手でアレクセイを指す。

アレクセイは左手でクロエを、右手でユウさんを指す。

ユウさんは左手でアレクセイを、右手でまひるさんを指す。

まひるさんは左手はなくて、右手だけユウさんを指した。

5人で再びの五芒星だった。

 しばらくするとけちんぼ池の血面が波立ちだした。

「なにか起こりそう」

 クロエの声が上ずっている。

星の瞬きが強くなったような。

「よし、イケ!」

 こんな時にダジャレか? アレクセイ。

 それからしばらくそのままでいたが、池の血面はずっとさざ波状態のままで何も起こらなかった。

「みんな戻っていいよ」

 一旦五芒星を崩してミユウの元に集まることになった。

「ダメだったけど。でも正解ぽかった」

 ユウさんが言った。

これでけちんぼ池が浄化されるかは分からないけれど何か変化は起こせそうな気がしたのだった。

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