「書かれた辻沢 106」

文字数 1,868文字

 引き続き他の記憶の糸をたどって青墓の深部を目指して歩き出した。

 その途中で何度かひだるさまに襲われた。

 そのたびにまひるさんとアレクセイの二人が先頭に立って撃退してくれたけれど、毎度どこかしらに怪我をしてしまっていた。

 ある時、4体のひだるさまが茂みから現れ一斉に襲ってきた。

あたしたちは咄嗟に後ろに下がって見ていたのだが、2体まではなんとか処理できたまひるさんとアレクセイも、残りのひだるさまに相当手を焼いているのが分かった。

 まひるさんが吹っ飛び、近くのクヌギの幹に叩きつけらた。ひだるさまの鎌のような爪の一振りを真正面から受けてしまったのだ。

そしてアレクセイがひだるさまに挟み撃ちにされて動きが取れなくなった時それは起こった。

 あたしは物凄い勢いで右手を引っ張られ、気づいた時にはクロエともども戦闘の真っただ中に飛び込んでいた。

 そしてあたしの手を握ったままのユウさんは、右手の黒木刀でひだるさまを袈裟懸けにして切り裂いていた。

血汚泥を肩から噴き出しひだるさまが膝をつく。

そして返す刀でもう一体のひだるさまの腹に黒木刀を叩きつけると、万力を込めて胴切りにしたのだった。

その場で血汚泥に帰すひだるさま2体。

血溜まりに荒い息のユウさんが立っていた。

 あたしはユウさんが再発現したものと思って、握られた手を放そうとしたけれどそれまで以上に強く握り返されてその場に腰をぬかしてなすすべがなかった。

 しかし、ユウさんはだんだんと息を沈めていき、やがてあたしたちに目を向けると、

「ミユキのおかげでなんとかなった」

 と言ってほほ笑んだ。

「ユウ様はきっと、克服します」

 とまひるさんが言ったことが現実となったのだ。

 その後も、何度かひだるさまの攻撃に晒されたが、まひるさんとアレクセイにユウさんが加わったわれらがアタッカー陣がすべて退けてくれた。

 クロエが再発現をこらえることが出来れば、あとはミユウとコトハさんの捜索とけちんぼ池の探査に集中すればよいのだった。

 ようやく青墓の深部の小山まで来た。

これまで下り坂などなかったし、それどころかずっと上向きに傾斜してついにここまで来てしまったという感じだった。

 その場に存在する記憶の糸を読んでみると、どれもがここまで来て引き返しているようだった。

 ただ、あたしはほかの記憶の糸と同じように引き返したくはなかった。

再び戻ればまひるさん、アレクセイ、ユウさんがひだるさまと小競り合いを繰り返すことになるからだ。

大群に出会う前に3人にもしものことがあったら、けちんぼ池どころか、ミユウに出会うことさえ難しくなってしまう。

 周囲を見回した。

 今来た道の右手に違う道が伸びていた。あたしはそこに見覚えがあった。

 それはこの小山を迂回してさらに青墓の深部へ向かう山道だった。その途中で斜面を転げ落ちると母宮木野の墓所に行き当たる。

「この道を行きましょう」

 その先に記憶の糸はなかったが、あたしは自分の勘を信じることにした。

 隊列はあたしとクロエとユウさんの三人が前、まひるさんとアレクセイが後ろをいった。

 山道は細く、斜面よりのクロエが落ちそうになるので、手はつないだまま、ユウさん先頭、あたしとクロエが前後してついていった。

 例の斜面に来た。ここを下れば母宮木野の墓所が沈む落葉の海だ。

「行ってみませんか?」

 先頭のユウさんは、

「ミユキの思う通りで」

 と言ってくれた。

「じゃ、ダーイブ」

 とクロエが真っ先に斜面に飛び出そうとしたのを、

「手繋いでるから」

 と止めて、3人で斜面を滑りながら降りたのだった。

まひるさんとアレクセイもその後について降りてくる。

 斜面を滑り終わって着地したところは落葉の海ではなかった。

両側がV字に傾斜した沢状地で、苔むしたごろた石が散乱し水は流れてはいなかった。

「ここじゃなかったんでしょうか?」

 というと、ユウさんが、

「いや、ここだと思う」

 と答えた。

そういえばあの時、落葉の海から出た後に立っていた涸れ沢に似ていた。

「とにかく先へ」

 そう言うとユウさんは涸れ沢に沿って歩き出したのだった。

 涸れ沢をしばらく歩いてゆくと目の前が開けて平地になった。

その先には赤い海が広がっていて、それより先に見えるのは遠くの山並みだけだった。

「行き止まりのようですね」

 まひるさんが言った。

「すみません」

 また無駄足をさせてしまったと思った。

するとクロエが、

「フジミユが謝ることないよ。振り出しに戻るでいいと思うよ」

 と言ってくれた。

 こうしてあたしたちは最初の船泊りに戻ることにしたのだった。

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