「辻沢日記 57」

文字数 1,114文字

 ユウはすこし息が落ち着いて来ると、

「さっきの話の続きなんだけどさ」

 と言った。

「続き?」

「うん。青墓に通う神事って言ったでしょ」

 やっぱり「神事」という言葉に引っかかっていたのだ。

「あれは……」

 あたしの言葉を遮って、

「それさ、ここかもよ」

 ユウは地面を指さしたのだった。

「ここがけちんぼ池ってこと?」

 ユウがけちんぼ池を見出したいばかりに、安易な結論に飛びついたのかと思った。

でも、ユウはそれには首を横に振った。

「鬼子神社から青墓まで船型の社殿を曳いて来るんだろ。その終点ってこと。いえば最終船着き場」

 あたしは、ここに鬼子神社の社殿が移動してくるのを想像した。

 地上に露出した船形の社殿がすり鉢を出て参道を滑り降りた後、どうかして峠道へ出てくる。

次いで青墓の杜を目指しワインディングロードを移動してくる様は、まるで大海原を航行する船そのものだ。

やがて青墓の杜に着いて木々の間をゆっくりと進むと、杜の奥にこの船着き場を見出して、社殿を舫うのだ。

 そしてあたしは、目の前の広場が鬼子神社に様変わりしたのを見た。

青墓の杜の中の神社。あたしには思い当たることがあった。

 辻沢のお祭りがヴァンパイア祭りになる前は、辻沢三社祭りと言われた。

それは辻沢にある、宮木野神社と志野婦神社と影ノ社の三社の祭事であることを意味していた。

 祭りの日に鞠野フスキとサキが影ノ社について意見したのを思い出す。

鞠野フスキは数あわせの架空の神社、サキは青墓に実在する神社と言ったのだった。

あの時、鞠野フスキは不意打ちを食らったような複雑な表情をしていた。

実は鞠野フスキは何かを知っていて、案外サキは図星を突いたのじゃないか。

「影ノ社だって言いたいの?」

「うん。噂では、ここがそうだって」

 今ここに社殿が存在しない理由も、社殿自体が山の上から運ばれてくるからと考えると納得がいった。
 
エビデンスは少ないが、かなり前のめりになる仮説だった。

「じゃあ、この近くにけちんぼ池がある?」

「それはどうかな」

 意外にユウのほうが冷静だった。

「だってここ、周りより高い」

 そういえばここに来るまで、なだらかな坂道を登ってきたのだった。

ここは青墓の杜の中では高所なのだ。

周りを見渡しても窪地のような場所はないし、さらに言えば小高い丘の中腹に位置していた。

「神事はしょせん神事なのかな」

 あたしが自嘲気味見言うと、ユウは真剣な顔を向けて、

「ミユウはもっと自信をもたなきゃ。だってすごいこと発見したんだから」

 と言った。

 とにかくあたしの仮説はユウを喜ばせることは出来たみたいだった。

でも、「縁起」はだめで「神事」はいい。

何が違うというのだろう。

正直よく分からなくなってきた。
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