「辻沢ノーツ 56」
文字数 1,264文字
家電にKさんから知らせがあった。
Nさんが亡くなったって。
一昨晩倒れて、そのまま昨日のお昼頃息を引き取ったそう。
とにかくお通夜に行くことにして、もしもの時にと持って来てたリクスに黒ストッキングで出かけた。
その前にミヤミユにもメッセージ。
すぐに返事が返ってきて、通夜はパスだけど明日のお葬式には行くからと言ってくれた。
雨が降る山道をバスがゆっくりと登って行く。
道を過る即席の川がヘッドライトに何度も照らされていた。
バスは30分も遅延している。
通夜の時間はもう過ぎていた。
〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、歴史の里、四ツ辻へようこそ〉
アナウンス、あいかわらずのふてくされよう。
(ゴリゴリーン)
お通夜の会場は公民館だった。
玄関を入ると、いつもはゴム靴やあかるい色のサンダルが脱いであったのに、今日は黒いのばかりが並んでいる。
湿気のせいか中はヒヤッとしている。
線香の匂いで去年のおばあちゃんのお葬式の時のことを思い出した。
おばあちゃんはあたしがバイトで外出しているときに倒れて、帰ったらもう冷たくなってた。
おばあちゃんは台所でシンクの前に横向きに倒れていて、肩を揺すってみたけどぴくりとも動かなかった。
この世でたった一人の身内のおばあちゃんが死んだ。
あたしはパニックになって、途方に暮れてしまって、どうするかも思いつかなくなって。
電気もつけないまま、おばあちゃんがいつか動き出すんじゃないかって、隣の部屋に蹲ってじっと見守った。
明け方に一度、おばあちゃんが動いたような気がして、台所に見に行ったら、それは気のせいで、やっぱり帰って来たときと変わらなかった。
そうして眠らずにおばあちゃんの動かない背中を見つめて過ごした。
そのまま昼になって、そうしたらフジミユから授業どうしたって連絡が来て、訳を話したら急いで来てくれて、それから警察のこととか葬儀屋のこととかいろいろ仕切ってもらって、なんとかお葬式を出すことができた。
そのときの動揺が未だに消えていないのに、こうして新しく知り合った人と、また、別れなければならないのがつらい。
いつもインタビューに使っていた部屋が青白の幔幕で覆われ奥に祭壇が設えられてある。
そこに桶型の棺が据えられていて、献花の類はなく、実がたくさん付いた山椒の切り枝で盛大に飾られてあった。
窓際に黒白の紐と舟形の装飾がされた台車が立掛けてあるけれど用途不明。
こんなときでも調査目線で録画するように状況を眺めてしまう自分が、すこし嫌になった。
Nさんとはまだ、インタビュイーとインタビュアーの関係以上のものではなかったので、一般の弔問客として参列しお線香をあげさせてもらう。
棺の蓋は麻ひもで十字にしっかりと結わえられていた。
参列者にお顔を拝ませないのは四ツ辻の風習なのだそう。
お坊さんのお勤めが終わり振舞いご飯は頂かずに帰ろうとしたらKさんに呼び止められた。
「棺守りの役、お願いできませんか?」
夜通し線香を継ぐ役のことだ。
Nさんの若い知り合いはあなただけだからと言われた。
「ひだる様に攫われないように」
Nさんが亡くなったって。
一昨晩倒れて、そのまま昨日のお昼頃息を引き取ったそう。
とにかくお通夜に行くことにして、もしもの時にと持って来てたリクスに黒ストッキングで出かけた。
その前にミヤミユにもメッセージ。
すぐに返事が返ってきて、通夜はパスだけど明日のお葬式には行くからと言ってくれた。
雨が降る山道をバスがゆっくりと登って行く。
道を過る即席の川がヘッドライトに何度も照らされていた。
バスは30分も遅延している。
通夜の時間はもう過ぎていた。
〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、歴史の里、四ツ辻へようこそ〉
アナウンス、あいかわらずのふてくされよう。
(ゴリゴリーン)
お通夜の会場は公民館だった。
玄関を入ると、いつもはゴム靴やあかるい色のサンダルが脱いであったのに、今日は黒いのばかりが並んでいる。
湿気のせいか中はヒヤッとしている。
線香の匂いで去年のおばあちゃんのお葬式の時のことを思い出した。
おばあちゃんはあたしがバイトで外出しているときに倒れて、帰ったらもう冷たくなってた。
おばあちゃんは台所でシンクの前に横向きに倒れていて、肩を揺すってみたけどぴくりとも動かなかった。
この世でたった一人の身内のおばあちゃんが死んだ。
あたしはパニックになって、途方に暮れてしまって、どうするかも思いつかなくなって。
電気もつけないまま、おばあちゃんがいつか動き出すんじゃないかって、隣の部屋に蹲ってじっと見守った。
明け方に一度、おばあちゃんが動いたような気がして、台所に見に行ったら、それは気のせいで、やっぱり帰って来たときと変わらなかった。
そうして眠らずにおばあちゃんの動かない背中を見つめて過ごした。
そのまま昼になって、そうしたらフジミユから授業どうしたって連絡が来て、訳を話したら急いで来てくれて、それから警察のこととか葬儀屋のこととかいろいろ仕切ってもらって、なんとかお葬式を出すことができた。
そのときの動揺が未だに消えていないのに、こうして新しく知り合った人と、また、別れなければならないのがつらい。
いつもインタビューに使っていた部屋が青白の幔幕で覆われ奥に祭壇が設えられてある。
そこに桶型の棺が据えられていて、献花の類はなく、実がたくさん付いた山椒の切り枝で盛大に飾られてあった。
窓際に黒白の紐と舟形の装飾がされた台車が立掛けてあるけれど用途不明。
こんなときでも調査目線で録画するように状況を眺めてしまう自分が、すこし嫌になった。
Nさんとはまだ、インタビュイーとインタビュアーの関係以上のものではなかったので、一般の弔問客として参列しお線香をあげさせてもらう。
棺の蓋は麻ひもで十字にしっかりと結わえられていた。
参列者にお顔を拝ませないのは四ツ辻の風習なのだそう。
お坊さんのお勤めが終わり振舞いご飯は頂かずに帰ろうとしたらKさんに呼び止められた。
「棺守りの役、お願いできませんか?」
夜通し線香を継ぐ役のことだ。
Nさんの若い知り合いはあなただけだからと言われた。
「ひだる様に攫われないように」