「辻沢ノーツ 16」
文字数 1,856文字
境内の端のほうに舞台みたいな建物があってその横の大きな碑の前で鞠野先生が立ち止まった。
みんなそれに従って足を止めると鞠野先生が碑文の説明しはじめた。
「この碑は明治になって建てられたもので漢文で厳しく書かれてあるけど、よくある怪談話でね。知りたいかい?」
「「「知りたいでーす」」」
言わずもがなだしょ。
「戦国時代、青墓という場所に才芸に長けた遊女がいて、名を宮木野と言った。
ある武士に身請けされ妻になるも、武士が留守をしてる時に盗賊に襲われ殺される。
後日、悲嘆に暮れる武士の元に宮木野の幽霊が現れ、自分は辻沢に転生したと告げる。
武士が辻沢を訪ねると宮木野に生き写しの子供がいて武士のことを覚えていたという。
江戸時代の仮名草子、『伽婢子』にもこれとそっくりな話が載っている」
この話は『ノート』にも採録されていたのを思い出した。
「ヴァンパイアだったとは書かれてないんですよね」
ミヤミユが言う。
「ヴァンパイア云々は口伝だからね。それに神社側は認めていない」
「この話が元になったんでしょうか?」
「どうかな、この話自体が後付けくさいからな。もしそうなら、死んで幽霊となって現れた、あるいは生まれ変わったというところが、不死の者=ノスフェラトゥー=ヴァンパイアと変換されたと考えられるけどね」
あたしは気になって聞いてみた。
「先生はヴァンパイアのことは調べなかったんですよね?」
「いいや、僕も多少は調べたよ。深追いはしなかったけど」
「何でですか? 面白そうなのに」
「確かに面白い。しかし、その時はそう思わなかった」
「どうしてですか?」
「何でだろう。そうだな、多分、同期で先に調査をしているやつがいたから、かな」
それって四宮浩太郎のことかな。
でも、『ノート』にヴァンパイアのことは書かれてなかったはず。
目抜き通りを戻って志野婦神社に向かう。
志野婦神社は、双子の妹さんを祀ってあるらしいので宮木野神社とよく似た雰囲気かと思ったけれど、行ってみると社殿とかは飾り気がなくシュッとした感じがした。
祭りのメインが宮木野神社というのもあるのかもしれない。
それでも混雑はお姉さんに負けないくらいの境内をあたしたちは人をかき分け参拝し、おみくじを引いた。
こちらはなんと山椒おみくじと山椒お守りというのが売っていた。
山椒おみくじを引いてみたら、おみくじの文言は全然ピリリと辛くなくって、山椒の実が一粒入っていての山椒おみくじだった。
「山椒で普通だと余計に緩く感じる」
とミヤミユが言うと、
「同感だけど、これなんか、攻めてるほうじゃないかな」
と鞠野先生が言ってるのは、そこに並べてあるゴマすりセットのことだった。
昨晩見に行った駅舎では売り子のおじさんの押し売りから逃げるのに精いっぱいでよく見られなかった。
大きなすり鉢とスリコギ棒の本格セットが5400円。
高っか。
携帯用のセットが1100円。
これ居酒屋で摺ったのと同じやつだ。
携帯って、ゴマすりセットを持ち歩くの辻沢の人たちって。
それと、こんなのあるんだ、ゴマすりストラップ。550円。
棒を押せって書いてある。
(ゴリゴリゴリゴリ)
音するよ。やばい。
あれ、誰もいない。みんなどこ行った?
あたし迷子になった、二十歳過ぎてんのに。
あ、いたいた。鳥居のところで待っててくれてる。
駐車場まで戻ってきた時は、流石にくたびれてしまって、みんな無口になっていた。
そんな時に鞠野先生が、
「ここの祭、もとは辻沢三社祭と言ったけど、その三社ってどこの神社か分かるかい?」
あたしに聞いてきた。それは『ノート』にも説明があったはずだけど、
「宮木野と志野婦と・・・・」
あたしが答えられないでいると、
「影ノ社だよ。祭詞ではそう呼ばれる」
そうだった。
「で、それはどこに有るか知ってるかな?」
思い出した。
二社祭じゃ様にならないからムリムリ作った仮想神社だっていう、
「ありません」
「その通り。3番目は数合わせだけの存在しない神社だ」
「あるよ」
背後から声がした。
振り返ると、サキがあたしと鞠野先生の間で目を彷徨わせていた。
「影ならそれを映す実体がある」
「なるほど。なら、君はどこに有ると思う?」
「青墓の杜」
青墓の杜。それは辻沢の南端、バイパスの向こう、雄蛇ヶ池の畔。昼でも暗い深い森のことだ。
辻沢の人さえめったに近づかず、辻沢で人がいなくなったら青墓を探せと言われ、気味の悪い噂が絶えない場所。
辻女の教頭先生からも近づかないように警告された。
サキはそこに影ノ社が実在するという。
「青墓か。面白い」
鞠野先生の口元が少し歪んだように見えた。
みんなそれに従って足を止めると鞠野先生が碑文の説明しはじめた。
「この碑は明治になって建てられたもので漢文で厳しく書かれてあるけど、よくある怪談話でね。知りたいかい?」
「「「知りたいでーす」」」
言わずもがなだしょ。
「戦国時代、青墓という場所に才芸に長けた遊女がいて、名を宮木野と言った。
ある武士に身請けされ妻になるも、武士が留守をしてる時に盗賊に襲われ殺される。
後日、悲嘆に暮れる武士の元に宮木野の幽霊が現れ、自分は辻沢に転生したと告げる。
武士が辻沢を訪ねると宮木野に生き写しの子供がいて武士のことを覚えていたという。
江戸時代の仮名草子、『伽婢子』にもこれとそっくりな話が載っている」
この話は『ノート』にも採録されていたのを思い出した。
「ヴァンパイアだったとは書かれてないんですよね」
ミヤミユが言う。
「ヴァンパイア云々は口伝だからね。それに神社側は認めていない」
「この話が元になったんでしょうか?」
「どうかな、この話自体が後付けくさいからな。もしそうなら、死んで幽霊となって現れた、あるいは生まれ変わったというところが、不死の者=ノスフェラトゥー=ヴァンパイアと変換されたと考えられるけどね」
あたしは気になって聞いてみた。
「先生はヴァンパイアのことは調べなかったんですよね?」
「いいや、僕も多少は調べたよ。深追いはしなかったけど」
「何でですか? 面白そうなのに」
「確かに面白い。しかし、その時はそう思わなかった」
「どうしてですか?」
「何でだろう。そうだな、多分、同期で先に調査をしているやつがいたから、かな」
それって四宮浩太郎のことかな。
でも、『ノート』にヴァンパイアのことは書かれてなかったはず。
目抜き通りを戻って志野婦神社に向かう。
志野婦神社は、双子の妹さんを祀ってあるらしいので宮木野神社とよく似た雰囲気かと思ったけれど、行ってみると社殿とかは飾り気がなくシュッとした感じがした。
祭りのメインが宮木野神社というのもあるのかもしれない。
それでも混雑はお姉さんに負けないくらいの境内をあたしたちは人をかき分け参拝し、おみくじを引いた。
こちらはなんと山椒おみくじと山椒お守りというのが売っていた。
山椒おみくじを引いてみたら、おみくじの文言は全然ピリリと辛くなくって、山椒の実が一粒入っていての山椒おみくじだった。
「山椒で普通だと余計に緩く感じる」
とミヤミユが言うと、
「同感だけど、これなんか、攻めてるほうじゃないかな」
と鞠野先生が言ってるのは、そこに並べてあるゴマすりセットのことだった。
昨晩見に行った駅舎では売り子のおじさんの押し売りから逃げるのに精いっぱいでよく見られなかった。
大きなすり鉢とスリコギ棒の本格セットが5400円。
高っか。
携帯用のセットが1100円。
これ居酒屋で摺ったのと同じやつだ。
携帯って、ゴマすりセットを持ち歩くの辻沢の人たちって。
それと、こんなのあるんだ、ゴマすりストラップ。550円。
棒を押せって書いてある。
(ゴリゴリゴリゴリ)
音するよ。やばい。
あれ、誰もいない。みんなどこ行った?
あたし迷子になった、二十歳過ぎてんのに。
あ、いたいた。鳥居のところで待っててくれてる。
駐車場まで戻ってきた時は、流石にくたびれてしまって、みんな無口になっていた。
そんな時に鞠野先生が、
「ここの祭、もとは辻沢三社祭と言ったけど、その三社ってどこの神社か分かるかい?」
あたしに聞いてきた。それは『ノート』にも説明があったはずだけど、
「宮木野と志野婦と・・・・」
あたしが答えられないでいると、
「影ノ社だよ。祭詞ではそう呼ばれる」
そうだった。
「で、それはどこに有るか知ってるかな?」
思い出した。
二社祭じゃ様にならないからムリムリ作った仮想神社だっていう、
「ありません」
「その通り。3番目は数合わせだけの存在しない神社だ」
「あるよ」
背後から声がした。
振り返ると、サキがあたしと鞠野先生の間で目を彷徨わせていた。
「影ならそれを映す実体がある」
「なるほど。なら、君はどこに有ると思う?」
「青墓の杜」
青墓の杜。それは辻沢の南端、バイパスの向こう、雄蛇ヶ池の畔。昼でも暗い深い森のことだ。
辻沢の人さえめったに近づかず、辻沢で人がいなくなったら青墓を探せと言われ、気味の悪い噂が絶えない場所。
辻女の教頭先生からも近づかないように警告された。
サキはそこに影ノ社が実在するという。
「青墓か。面白い」
鞠野先生の口元が少し歪んだように見えた。