「辻沢日記 49」
文字数 1,199文字
あたしが助手席側の窓を叩くと、ユウの目が見開いた。
その目はすでに金色で、覗き込んだあたしをギュッと睨み付けた。
鬼子神社に初めて行った時の記憶が蘇った。
ユウの情動がこちらに向けられた時の恐怖とあきらめ。
あたしは後ずさりして車から離れようとした。するとユウの口元が動いた。
「待って」
そう言っていた。
あたしは足を止めて車の中をもう一度よく見てみた。
ユウは助手席に身を乗り出して、金色の目でこちらを見ていたが、眉間に深い皺を刻んで何かを訴えかけようとしていた。
窓が開いた。
「まだ大丈夫だから」
とユウが手招きした。
あたしは恐る恐るドアを開け助手席に滑り込んだ。
「意識はあるの?」
「なんとかね」
意識の閾にいて、まだ人寄りということか。
突然、ユウが目をつむって身を固くした。
地の底から響くような嗚咽がして口の端からよだれが垂れた。
そのまま勢いよくハンドルに突っ伏す。
地下駐車場に乾いたクラクションが響いた。
その音であたしは自分が硬直して動けなくなっていたことに気付く。
ユウはしばらくその体勢のままで、白いパーカーの背中がまるで別の生き物のようにぞわぞわと蠢いていた。
そんな状態なのに、ユウはあたしに力なく手を振って見せた。
そしてかすれた声で、
「まだだから」
と言った。
ユウはいつ意識が飛ぶかわからない状況で、必死にそれを押さえつけているのだ。
ユウは再びシートに寄りかかり荒い息をしている。
相当の負荷がかかっていることが分かる。
あたしはそんなユウを黙って見ていられなかった。
手をユウの肩に添えようとしたら、突然ユウがあたしの手を掴んだ。
ぞわっと背筋が寒くなる。
あたしが手を振りほどこうとすると、
「繋いでいてほしい」
とさらに力強く握った。
「なんで?」
「試したい」
「なにを?」
「このままか」
つまり、このユウの身のまま潮時を乗り切れるかということを。
「どうして?」
「ミユウとならできそうだから」
あたしは握りあった手を見つめた。
鬼子神社への山道をユウとあたしでこけつまろびつ必死に歩いた時の、二人の小さな手が重なって見えた。
「わかった」
あたしも、そうできたらどんなにいいかと思うから。
ユウは潮時でなくても発現出来るようになっていた。
青墓で空飛ぶ生き物に襲われたときそれを見せられたのだった。
今回はその逆、潮時に発現しないことを会得しようとしている。
「あれは人を超えた何かだから」
潮時のことをユウがそう答えたのを思い出す。
もし、この状態でユウの意識が消え完全に発現してしまったら。
その時はあたしの首が飛ぶ。
地下道のじめついた地面に落ちたあたしの首をユウが見下ろすことになる。
その時ユウはどんな顔をしているだろうか?
本性のままに愉悦の笑みを浮かべるだろうか。
それとも、人としてあたしのために泣いてくれるだろうか。
車の中でこうしていても不安を拭えそうになかった。
ユウとあたしは外に出て、未知なる潮時に乗り出すことにした。
その目はすでに金色で、覗き込んだあたしをギュッと睨み付けた。
鬼子神社に初めて行った時の記憶が蘇った。
ユウの情動がこちらに向けられた時の恐怖とあきらめ。
あたしは後ずさりして車から離れようとした。するとユウの口元が動いた。
「待って」
そう言っていた。
あたしは足を止めて車の中をもう一度よく見てみた。
ユウは助手席に身を乗り出して、金色の目でこちらを見ていたが、眉間に深い皺を刻んで何かを訴えかけようとしていた。
窓が開いた。
「まだ大丈夫だから」
とユウが手招きした。
あたしは恐る恐るドアを開け助手席に滑り込んだ。
「意識はあるの?」
「なんとかね」
意識の閾にいて、まだ人寄りということか。
突然、ユウが目をつむって身を固くした。
地の底から響くような嗚咽がして口の端からよだれが垂れた。
そのまま勢いよくハンドルに突っ伏す。
地下駐車場に乾いたクラクションが響いた。
その音であたしは自分が硬直して動けなくなっていたことに気付く。
ユウはしばらくその体勢のままで、白いパーカーの背中がまるで別の生き物のようにぞわぞわと蠢いていた。
そんな状態なのに、ユウはあたしに力なく手を振って見せた。
そしてかすれた声で、
「まだだから」
と言った。
ユウはいつ意識が飛ぶかわからない状況で、必死にそれを押さえつけているのだ。
ユウは再びシートに寄りかかり荒い息をしている。
相当の負荷がかかっていることが分かる。
あたしはそんなユウを黙って見ていられなかった。
手をユウの肩に添えようとしたら、突然ユウがあたしの手を掴んだ。
ぞわっと背筋が寒くなる。
あたしが手を振りほどこうとすると、
「繋いでいてほしい」
とさらに力強く握った。
「なんで?」
「試したい」
「なにを?」
「このままか」
つまり、このユウの身のまま潮時を乗り切れるかということを。
「どうして?」
「ミユウとならできそうだから」
あたしは握りあった手を見つめた。
鬼子神社への山道をユウとあたしでこけつまろびつ必死に歩いた時の、二人の小さな手が重なって見えた。
「わかった」
あたしも、そうできたらどんなにいいかと思うから。
ユウは潮時でなくても発現出来るようになっていた。
青墓で空飛ぶ生き物に襲われたときそれを見せられたのだった。
今回はその逆、潮時に発現しないことを会得しようとしている。
「あれは人を超えた何かだから」
潮時のことをユウがそう答えたのを思い出す。
もし、この状態でユウの意識が消え完全に発現してしまったら。
その時はあたしの首が飛ぶ。
地下道のじめついた地面に落ちたあたしの首をユウが見下ろすことになる。
その時ユウはどんな顔をしているだろうか?
本性のままに愉悦の笑みを浮かべるだろうか。
それとも、人としてあたしのために泣いてくれるだろうか。
車の中でこうしていても不安を拭えそうになかった。
ユウとあたしは外に出て、未知なる潮時に乗り出すことにした。