「夕霧物語」遊行上人と新月刀
文字数 1,168文字
ひとまずは夕霧太夫を鬼子神社に運んだ。
あたしは、川から汲ん出来た水で煤まみれの夕霧太夫の体を洗った。
全身を新しい布で巻きなおし、火事場で集めておいた焼け残りの着物を着せて、祭壇に寝かせた。
そうやって神の居ない祭壇に安置された太夫の姿はすでに人ではなかった。
髪はなく顔は焼けただれ、耳目も、男女すらも分からないほどの火傷を負い滲みだす血膿が止まらない。
さらに手足はおかしな方向にねじ曲がり引きつり硬直して動かすことが出来なくなっていた。
しかし、それでもかすかながら息をしている。
鼻のあったところに開いたほんの小さな穴から、すーすーと息をする音がするのだ。
あたしの初めの仕事は、その穴が血膿でふさがらぬようにきれいにすることだった。
夕霧大夫がそのお姿で命をつないでいる。
その不思議さにあたしも驚いたが、もっと驚いたのはまめぞうたちだった。
あたしがお世話をしているとお堂の外からのぞいていて、なにかあるごとにどよめきに似た声を上げていた。
まめぞうたちも最初は化け物を見るような態度で遠巻きにしていたのだった。
そのうち、お堂の中に入って来て、しげしげと夕霧太夫の様子をながめるようになった。
しまいには畏怖の表情さえ見せるようになった。
ある日、長い藁苞を背負った聖が宿を借りたいと神社に立ち寄った。
聖を社殿に招き入れると、祭壇上の夕霧太夫を見て、
「この者を早々に連れて行ってやらねばならぬ」
と言う。
「どちらへ」
と問うと、
「青墓へ」
と言ったから、詳しく聞くと、
「青墓にはけちんぼ池というのがあって、そこの水につければきっと必ず直る」
と言った。
夕霧太夫とのお約束で青墓へ行くことは予め決めていたが、宿場のごろつきどもがまた襲ってこないともわからなかった。
「人目に付かずに行くのにはどうしたらよいか」
と思案していると言うと、
聖は反物にしつらえた布を出し、そこに筆で何やら書き出した。
そして、
「これを掲げてまいれ、悪いようにはならん」
と言って渡されたのが、
『ゆうきりたゆうかみちゆき こらうしくたされ 遊行上人』
と書かれた幟だった。
そして、
「お前ひとりでは荷が重かろう。この者たちにも同行願いなさい」
と言って、藁苞を解くと中から形の変わった刀を3本取り出し、まめぞうたちの前に置いた。
まめぞうはしばらくそれをながめていたが、獅子の柄の刀を手にすると、その鞘を抜きはらって両手で持ち、上体をくねらせる奇妙な動きで振り回し始めた。
まめぞうの分厚い筋肉がビシビシと踊り、大きな体が風を起こし、社殿の根太をぐらぐらと揺らす。
まめぞうはさらに刀をしならせながらびゅんびゅんと振り回し、もはや社殿がもたないとなったころ、その蛇のように曲がった刀身をゆっくりと鞘に収め、莞爾と笑って上人に向かって大きく頷いた。
その刀が大食国伝来の新月刀だということは後に知った。
あたしは、川から汲ん出来た水で煤まみれの夕霧太夫の体を洗った。
全身を新しい布で巻きなおし、火事場で集めておいた焼け残りの着物を着せて、祭壇に寝かせた。
そうやって神の居ない祭壇に安置された太夫の姿はすでに人ではなかった。
髪はなく顔は焼けただれ、耳目も、男女すらも分からないほどの火傷を負い滲みだす血膿が止まらない。
さらに手足はおかしな方向にねじ曲がり引きつり硬直して動かすことが出来なくなっていた。
しかし、それでもかすかながら息をしている。
鼻のあったところに開いたほんの小さな穴から、すーすーと息をする音がするのだ。
あたしの初めの仕事は、その穴が血膿でふさがらぬようにきれいにすることだった。
夕霧大夫がそのお姿で命をつないでいる。
その不思議さにあたしも驚いたが、もっと驚いたのはまめぞうたちだった。
あたしがお世話をしているとお堂の外からのぞいていて、なにかあるごとにどよめきに似た声を上げていた。
まめぞうたちも最初は化け物を見るような態度で遠巻きにしていたのだった。
そのうち、お堂の中に入って来て、しげしげと夕霧太夫の様子をながめるようになった。
しまいには畏怖の表情さえ見せるようになった。
ある日、長い藁苞を背負った聖が宿を借りたいと神社に立ち寄った。
聖を社殿に招き入れると、祭壇上の夕霧太夫を見て、
「この者を早々に連れて行ってやらねばならぬ」
と言う。
「どちらへ」
と問うと、
「青墓へ」
と言ったから、詳しく聞くと、
「青墓にはけちんぼ池というのがあって、そこの水につければきっと必ず直る」
と言った。
夕霧太夫とのお約束で青墓へ行くことは予め決めていたが、宿場のごろつきどもがまた襲ってこないともわからなかった。
「人目に付かずに行くのにはどうしたらよいか」
と思案していると言うと、
聖は反物にしつらえた布を出し、そこに筆で何やら書き出した。
そして、
「これを掲げてまいれ、悪いようにはならん」
と言って渡されたのが、
『ゆうきりたゆうかみちゆき こらうしくたされ 遊行上人』
と書かれた幟だった。
そして、
「お前ひとりでは荷が重かろう。この者たちにも同行願いなさい」
と言って、藁苞を解くと中から形の変わった刀を3本取り出し、まめぞうたちの前に置いた。
まめぞうはしばらくそれをながめていたが、獅子の柄の刀を手にすると、その鞘を抜きはらって両手で持ち、上体をくねらせる奇妙な動きで振り回し始めた。
まめぞうの分厚い筋肉がビシビシと踊り、大きな体が風を起こし、社殿の根太をぐらぐらと揺らす。
まめぞうはさらに刀をしならせながらびゅんびゅんと振り回し、もはや社殿がもたないとなったころ、その蛇のように曲がった刀身をゆっくりと鞘に収め、莞爾と笑って上人に向かって大きく頷いた。
その刀が大食国伝来の新月刀だということは後に知った。