「書かれた辻沢 108」
文字数 1,820文字
ひだるさまたちはあたしたちに気づいているようだったが、コナラの根元の草陰に隠れるようにして近づいて来なかった。
「こっちから行くか?」
アレクセイがあたしの黒木刀を構えて言った。得物の切れ味を試したがっている中二病男子のようだ。
「いや、放っておこう」
それにユウさんは反対した。
こちらとひだるさまとの間は、突然襲い掛かって来ても十分に逃げられる距離だった。
それで安心したクロエが、
「あの端のひだるさま、あたしに似てない?」
と言った。
クロエが指したひだるさまは赤襦袢を着ていて顔も土気色だから、見た目ではクロエに似てるところなどなかった。
でも、仕草というか雰囲気というか。こちらに伝わる印象がクロエの何かに通じるものがあった。
「てか、みんなあたしたちに似てるよね」
クロエが楽しそうに言う。
なるほど藪の中にはひだるさまが5体いて、それぞれがあたしたちを写しているように見えなくもない。
一番前で強そうなのはユウさん。
ひだるさまにしては上品なたたずまいなのはまひるさん。
「あの小さいのは僕か」
とアレクセイが半纏の小柄なひだるさまを指さして言った。
じゃあ、その横の自信なさげな赤襦袢はあたしってことで。
あたしたちが窪地の道を通り過ぎる間、5体のひだるさまは金色の目をこちらに向けてじっとしていた。
それはあたしたちと同じように戦いを極力避ける姿勢のようにも見えた。
これまであたしは、ひだるさまというのはユウさんを感知したら有無を言わさず襲ってくるものかと思っていた。
だから、むやみに遭遇しないように配慮してきたのだった。
それがひだるさまも同じだとすると、ひだるさまにとってあたしたちは何者なのだろうかと思ってしまった。
窪地を抜け後ろを振り向くと、ひだるさまが茂みから道に出てこちらを見上げていた。
「バイバイ」
クロエが手を振ったが、向こうはその意味が分からないようで、じっとこちらを見返すだけだった。
「ああいうのもいるんだな」
ユウさんも意外そうだった。
窪地を離れ、再び青墓の杜を進む。
時々ひだるさまと遭遇したが、よく見ると全てが暴悪なオーラをまとっているわけではなかった。
もちろんいきなり襲い掛かってくるものは相変わらず凶暴で、ユウさん、まひるさん、アレクセイの3人がかりでやっと退けるレベルだった。
しかし、そうでないひだるさまは窪地のひだるさまと同様、何かに用心して青墓を彷徨っているだけのようだった。
「ひだるさま同士でも警戒し合ってるのでしょうか?」
まひるさんに聞いてみた。
「分かりませんが、西山を下っている時には凄まじい争い方をしてましたし」
なるほど、西山での血雪崩は、ひだるさま同士が流した血汚泥が集まったものだった。
ただ、ここのひだるさまは西山で見た激情むき出しのひだるさまとは明らかに違った。
それは青墓の青黒い杜のように、とても冷たく静かな情動をたぎらせていた。
まるで発現した時のユウさんやクロエのように……。
しばらくして何度も同じところを行ったり来たりしていることに気が付いた。
「道に迷ってしまいました」
と申告すると、
「大丈夫。今までと一緒」
とクロエが言った。
それはいつものユーモアなのに嫌味に聞こえてしまい、さらに自分が情けなくなった。
「少し落ち着こう」
とユウさんがその場にドカッと腰を下ろした。あたしはその仕草に胸が痛くなった。
ユウさんが怒っているように思えたからだ。
「誰もミユキ様を責めたりしてませんよ」
まひるさんの優しい声が余計辛かった。
あたしはとにかくその場から離れたくなって駆け出した。
後ろからクロエの呼ぶ声が聞こえたけれど無視して走った。
駆けながら泣いた。悔しかった。
ユウさんやまひるさん、アレクセイまでわが身を削って戦ってくれていた。
クロエも再発現に苦しみながら精一杯、場を盛り上げてくれている。
それなのにあたしはどうだ。
さんざんみんなを連れまわし疲弊させるだけさせて、挙句の果てに道に迷いましただと。
戦うことも出来ないあたしは道を指し示すだけなのに、その役目すら全うできていない。
青墓の杜の中を木々や下草を分かたずひたすら走った。
このままみんなとはぐれてしまえば、足手まといにならないですむ。
そう思って駆けに駆けた。
何かにぶつかって尻もちをついた。
見上げると目の前にひだるさまが仁王立ちになっていた。
あたしはたった一人で凶暴なひだるさまと対峙してしまったのだった。
「こっちから行くか?」
アレクセイがあたしの黒木刀を構えて言った。得物の切れ味を試したがっている中二病男子のようだ。
「いや、放っておこう」
それにユウさんは反対した。
こちらとひだるさまとの間は、突然襲い掛かって来ても十分に逃げられる距離だった。
それで安心したクロエが、
「あの端のひだるさま、あたしに似てない?」
と言った。
クロエが指したひだるさまは赤襦袢を着ていて顔も土気色だから、見た目ではクロエに似てるところなどなかった。
でも、仕草というか雰囲気というか。こちらに伝わる印象がクロエの何かに通じるものがあった。
「てか、みんなあたしたちに似てるよね」
クロエが楽しそうに言う。
なるほど藪の中にはひだるさまが5体いて、それぞれがあたしたちを写しているように見えなくもない。
一番前で強そうなのはユウさん。
ひだるさまにしては上品なたたずまいなのはまひるさん。
「あの小さいのは僕か」
とアレクセイが半纏の小柄なひだるさまを指さして言った。
じゃあ、その横の自信なさげな赤襦袢はあたしってことで。
あたしたちが窪地の道を通り過ぎる間、5体のひだるさまは金色の目をこちらに向けてじっとしていた。
それはあたしたちと同じように戦いを極力避ける姿勢のようにも見えた。
これまであたしは、ひだるさまというのはユウさんを感知したら有無を言わさず襲ってくるものかと思っていた。
だから、むやみに遭遇しないように配慮してきたのだった。
それがひだるさまも同じだとすると、ひだるさまにとってあたしたちは何者なのだろうかと思ってしまった。
窪地を抜け後ろを振り向くと、ひだるさまが茂みから道に出てこちらを見上げていた。
「バイバイ」
クロエが手を振ったが、向こうはその意味が分からないようで、じっとこちらを見返すだけだった。
「ああいうのもいるんだな」
ユウさんも意外そうだった。
窪地を離れ、再び青墓の杜を進む。
時々ひだるさまと遭遇したが、よく見ると全てが暴悪なオーラをまとっているわけではなかった。
もちろんいきなり襲い掛かってくるものは相変わらず凶暴で、ユウさん、まひるさん、アレクセイの3人がかりでやっと退けるレベルだった。
しかし、そうでないひだるさまは窪地のひだるさまと同様、何かに用心して青墓を彷徨っているだけのようだった。
「ひだるさま同士でも警戒し合ってるのでしょうか?」
まひるさんに聞いてみた。
「分かりませんが、西山を下っている時には凄まじい争い方をしてましたし」
なるほど、西山での血雪崩は、ひだるさま同士が流した血汚泥が集まったものだった。
ただ、ここのひだるさまは西山で見た激情むき出しのひだるさまとは明らかに違った。
それは青墓の青黒い杜のように、とても冷たく静かな情動をたぎらせていた。
まるで発現した時のユウさんやクロエのように……。
しばらくして何度も同じところを行ったり来たりしていることに気が付いた。
「道に迷ってしまいました」
と申告すると、
「大丈夫。今までと一緒」
とクロエが言った。
それはいつものユーモアなのに嫌味に聞こえてしまい、さらに自分が情けなくなった。
「少し落ち着こう」
とユウさんがその場にドカッと腰を下ろした。あたしはその仕草に胸が痛くなった。
ユウさんが怒っているように思えたからだ。
「誰もミユキ様を責めたりしてませんよ」
まひるさんの優しい声が余計辛かった。
あたしはとにかくその場から離れたくなって駆け出した。
後ろからクロエの呼ぶ声が聞こえたけれど無視して走った。
駆けながら泣いた。悔しかった。
ユウさんやまひるさん、アレクセイまでわが身を削って戦ってくれていた。
クロエも再発現に苦しみながら精一杯、場を盛り上げてくれている。
それなのにあたしはどうだ。
さんざんみんなを連れまわし疲弊させるだけさせて、挙句の果てに道に迷いましただと。
戦うことも出来ないあたしは道を指し示すだけなのに、その役目すら全うできていない。
青墓の杜の中を木々や下草を分かたずひたすら走った。
このままみんなとはぐれてしまえば、足手まといにならないですむ。
そう思って駆けに駆けた。
何かにぶつかって尻もちをついた。
見上げると目の前にひだるさまが仁王立ちになっていた。
あたしはたった一人で凶暴なひだるさまと対峙してしまったのだった。