「辻沢ノーツ 34」

文字数 1,185文字

 フロントに鍵を戻して今夜の予約をしようとしたら、既にあたしの名で今月いっぱい予約済みの上代金もいただいていると言われた。

Aさんのご厚意なのだろう。

それではあんまり甘えすぎだから全部取り消してもらってチェックアウトした。

このことはあとでAさんに申し開きをしてお金も後日払い戻されると伝えなきゃ。

そして今日必要のない荷物を置かせてもらうのと戻ってから宿がないと困るので改めて一晩分の予約をした。それ以後のことは、自分でなんとかしよう。

 駅前でバスの時刻表を調べたら、30分も時間があったのでヤオマン珈琲に入って遅いお昼を摂ることにした。

おなかはすいてるはずなのに、メニューを見ても食べたいものがなかったから、喉の渇きだけでも癒そうとオレンジジュースを注文して窓際の席に腰掛けた。

一口飲むとそれがひどい味で飲む気にならない。

諦めて時間まで『ノート』を読んで過ごすことにした。

これから行く雄蛇ヶ池ってどんなところか知っときたかったから。

『ノート』によると、その昔、雄蛇ヶ池は青墓一帯も含めた大きな池だったけど、年々水量が減少するのにつれ、青墓の杜の森勢にも押されて、今ではその領域は往時の10分の1に縮小してしまったという。

にもかかわらず雄蛇ヶ池はしぶとく干上がってしまわない。

それどころか、名曳川や町の西を流れる猫分川も涸れてしまうような旱魃の際も、この雄蛇ヶ池だけは水を蓄えたままだったという。

おそらく地下で別の水源と繋がっているからではないかと一般に言われているが、『ノート』は地学的な説明以外の事由があると示唆して雄蛇ヶ池の項を結んでいる。

また示唆だけ? 

なんなのこの『ノート』って。

 駅前のロータリー、何げに人多くない? 

なんかイベントでもある? 

傾向一緒の人たちがいっぱい。

みんなこの間のサキみたいな格好して。

もしやこの中にサキがいるんじゃー。

うーんと、いなさそ。

みんな長い包持ってるんだ。

武器っぽいの。

そっか、サバゲーか。

あれはきっとエアガンだ。

辻沢でサバゲー大会でもあるのかな。

みなさん、どこでやるんだろ。

やっば、あたしのバス来ちゃってる。

「雄蛇ヶ池公園南門まで」

(ゴリゴリーン)

間に合った。

これ逃したら約束の時間に間に合わなかった。

わ、乗客サバゲーの人だらけだ。

何? 人のことジロジロ見ないでくれません?

 それにしても、サバゲーってこんなに沈痛なオモモチで参加するものなの?

悲壮感っていうのか、みなさん全然楽しそうじゃない。

スマホみながら窓の外と見比べてたり、地図広げたりしてる人いるけど、話しをしている人が一人もいない。

それと包帯したりバンソコしたりしてる人の率が高いような。

〈大通り交差点。・・・・レイヤーとレイヤーの店、スーパーヤオマンはこちらでお降りください〉

アナウンス、何でレイヤー2回言ったんだろ。

お祭の時ヴァンパイアコーデ揃えた店だよね、ここ。
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