「書かれた辻沢 73」
文字数 2,020文字
とても静かだった。風もない。虫の音すら聞こえてこない。
ただ落ち葉の匂いと杉の木が放つ香りばかりがしている。
ここはどこらへんなんだろう。スマフォのマップを確認しようとしたが画面は真っ白で役に立ちそうになかった。
「能書き垂れてるうちに人数もそろったから行こう」
ユウさんが言った。
あたしは横のクロエに手を伸ばしたが、その手は空を切った。
そこにいたはずのクロエがいなくなっていた。
「クロエ?」
と周囲を探すと、クロエは少し離れた杉の木の根元に立っていた。
「何してるの?」
と声を掛けると、クロエはそれには答えず、
「一緒に行ってあげる」
杉の幹に向かって話しかけた。よく見るとクロエは誰かの手を引いていた。
クロエに誘われて幹の陰から人が現れた。
その人は迷彩服を着てフードを目深に被っている。
「この子、恥ずかしがっちゃって」
とクロエがフードを上げると、
「サキ?」
だった。
あたしは思わず身震いした。
ユウさんが言った通りにサキが現れたこともそうだったが、ここにサキが来たということはパジャマの少女もいる可能性がある。
それはきっとユウさんの格好をしているはずだ。
サキはクロエに手を引かれてこちらに近づいて来るとユウさんに向かって、
「来たよ」
と言った。それに対してユウさんは、
「待ってたよ」
と言ったのだった。
あたしは、奇妙な形で話がかみ合っていると思った。
サキはパジャマの少女がなりすましたユウさんの頼みに応じて青墓に来たはずだ。
対してユウさんは、そんなことは知らないでサキは向こうから来ると言っていた。
そのお互いから見た配役は間違っていないけれど、あたしはとても気持ちが悪かった。
そこにパジャマの少女の役が綺麗さっぱり消えてしまっているから。
もしやと思ってユウさんの今の記憶の糸を探すと、それは側にちゃんとあってユウさんに間違いなかった。
ならば、どこかにパジャマの少女が隠れているのじゃないか、あたしは目を配って探してみた。
サキが現れた杉の木の側や、暗がりになって見えにくいところ、落ち葉の中?
でもそれらしい影は見当たらない。どういうことだろう。
パジャマの少女は、本当にサキのことを「代わりに」来させたのか?
サキの気持ちが知りたくて、今度はサキ記憶の糸を探してみた。
無かった。
ユウさんのはあった、クロエのもすぐそこにある。
まひるさんのはおぼろげだけど、そして前に来たときのあたしやサキのものはあった。
見えにくくはなっているけれどサノクミさんや由香里さんのも。
でも今のサキのだけがなかった。この空間のどこを見ても見当たらないのだ。
これって、まさか……。
あたしがユウさんにそのことを伝えようとした時、後ろから袖を引かれた。
振り向くとまひるさんがあたしを見て首を横に振っていた。
その口が、
「いいのです」
と言っていた。
「いいんですか?」
と声に出さずに考えると、まひるさんは小さく頷いたのだった。
釈然としないながらも、まひるさんがいいと言うのなら、きっとユウさんも同じ意見だろうと思って、ここは口を噤むことにする。
「みんな、手を繋ごう」
と言ってユウさんがサキの手を取った。
サキと手を繋いだクロエが空いた方であたしの手を取った。
あたしは反対の手でまひるさんと手を繋ぐ。
最後にまひるさんがユウさんの手を握って5人が輪になった。
ユウさんが後ろ向きになって落ち葉の海へと輪を誘導して行く。
そして、
「ママのお墓参りだ。 せーの!」
ユウさんの合図で、あたしたちは思いっきり勢いを付けて輪のまんま落ち葉の海に飛び込んだのだった。
「ダーイブ!」
というクロエの声を最後に全ての音が聞こえなくなった。
ゆっくりと落ち葉の中を沈んでゆく感覚と、両手に繋がれたクロエとまひるさんの手の感触だけがあった。
足を下にしたまま、かなり長い時間を落ち葉の海に沈むのに任せる。
永遠に底にたどり着かなかったらと思うと、足先から震えが昇ってくる。
そんな時にも、あたしには二人の掌の感覚があった。
まひるさんの手の冷たさはあたしの気持ちを落ち着かせてくれた。
クロエの手は温かくていつものように不安な気持ちを癒やしてくれた。
あたしは二つの掌に支えられたから、奈落に沈み行く恐怖と不安に耐えることが出来たのだった。
それまで真っ暗だった落ち葉の底がようやくほの明るくなってきた。
身に纏わり付いていた落ち葉も疎らになってきて、みんなの姿も段々見えるようになった。
それでひとまずほっとした。
みんなの顔が見えた。
ひとりひとり、下から光に照らされて、とても美しい顔をしていた。
まひるさんは落ち着いた表情で、ユウさんは真っ直ぐに下を見つめ、サキは暗い表情で、クロエは楽しそうにしている。
そんなみんなの中であたしは涙が溢れて止まらない。
それは、ミユウも輪の真ん中で、みんなと一緒にいるように見えたから。
「かならず会いに行くよ」
あたしがそうつぶやくと、そのミユウは微笑を返してくれたのだった。
ただ落ち葉の匂いと杉の木が放つ香りばかりがしている。
ここはどこらへんなんだろう。スマフォのマップを確認しようとしたが画面は真っ白で役に立ちそうになかった。
「能書き垂れてるうちに人数もそろったから行こう」
ユウさんが言った。
あたしは横のクロエに手を伸ばしたが、その手は空を切った。
そこにいたはずのクロエがいなくなっていた。
「クロエ?」
と周囲を探すと、クロエは少し離れた杉の木の根元に立っていた。
「何してるの?」
と声を掛けると、クロエはそれには答えず、
「一緒に行ってあげる」
杉の幹に向かって話しかけた。よく見るとクロエは誰かの手を引いていた。
クロエに誘われて幹の陰から人が現れた。
その人は迷彩服を着てフードを目深に被っている。
「この子、恥ずかしがっちゃって」
とクロエがフードを上げると、
「サキ?」
だった。
あたしは思わず身震いした。
ユウさんが言った通りにサキが現れたこともそうだったが、ここにサキが来たということはパジャマの少女もいる可能性がある。
それはきっとユウさんの格好をしているはずだ。
サキはクロエに手を引かれてこちらに近づいて来るとユウさんに向かって、
「来たよ」
と言った。それに対してユウさんは、
「待ってたよ」
と言ったのだった。
あたしは、奇妙な形で話がかみ合っていると思った。
サキはパジャマの少女がなりすましたユウさんの頼みに応じて青墓に来たはずだ。
対してユウさんは、そんなことは知らないでサキは向こうから来ると言っていた。
そのお互いから見た配役は間違っていないけれど、あたしはとても気持ちが悪かった。
そこにパジャマの少女の役が綺麗さっぱり消えてしまっているから。
もしやと思ってユウさんの今の記憶の糸を探すと、それは側にちゃんとあってユウさんに間違いなかった。
ならば、どこかにパジャマの少女が隠れているのじゃないか、あたしは目を配って探してみた。
サキが現れた杉の木の側や、暗がりになって見えにくいところ、落ち葉の中?
でもそれらしい影は見当たらない。どういうことだろう。
パジャマの少女は、本当にサキのことを「代わりに」来させたのか?
サキの気持ちが知りたくて、今度はサキ記憶の糸を探してみた。
無かった。
ユウさんのはあった、クロエのもすぐそこにある。
まひるさんのはおぼろげだけど、そして前に来たときのあたしやサキのものはあった。
見えにくくはなっているけれどサノクミさんや由香里さんのも。
でも今のサキのだけがなかった。この空間のどこを見ても見当たらないのだ。
これって、まさか……。
あたしがユウさんにそのことを伝えようとした時、後ろから袖を引かれた。
振り向くとまひるさんがあたしを見て首を横に振っていた。
その口が、
「いいのです」
と言っていた。
「いいんですか?」
と声に出さずに考えると、まひるさんは小さく頷いたのだった。
釈然としないながらも、まひるさんがいいと言うのなら、きっとユウさんも同じ意見だろうと思って、ここは口を噤むことにする。
「みんな、手を繋ごう」
と言ってユウさんがサキの手を取った。
サキと手を繋いだクロエが空いた方であたしの手を取った。
あたしは反対の手でまひるさんと手を繋ぐ。
最後にまひるさんがユウさんの手を握って5人が輪になった。
ユウさんが後ろ向きになって落ち葉の海へと輪を誘導して行く。
そして、
「ママのお墓参りだ。 せーの!」
ユウさんの合図で、あたしたちは思いっきり勢いを付けて輪のまんま落ち葉の海に飛び込んだのだった。
「ダーイブ!」
というクロエの声を最後に全ての音が聞こえなくなった。
ゆっくりと落ち葉の中を沈んでゆく感覚と、両手に繋がれたクロエとまひるさんの手の感触だけがあった。
足を下にしたまま、かなり長い時間を落ち葉の海に沈むのに任せる。
永遠に底にたどり着かなかったらと思うと、足先から震えが昇ってくる。
そんな時にも、あたしには二人の掌の感覚があった。
まひるさんの手の冷たさはあたしの気持ちを落ち着かせてくれた。
クロエの手は温かくていつものように不安な気持ちを癒やしてくれた。
あたしは二つの掌に支えられたから、奈落に沈み行く恐怖と不安に耐えることが出来たのだった。
それまで真っ暗だった落ち葉の底がようやくほの明るくなってきた。
身に纏わり付いていた落ち葉も疎らになってきて、みんなの姿も段々見えるようになった。
それでひとまずほっとした。
みんなの顔が見えた。
ひとりひとり、下から光に照らされて、とても美しい顔をしていた。
まひるさんは落ち着いた表情で、ユウさんは真っ直ぐに下を見つめ、サキは暗い表情で、クロエは楽しそうにしている。
そんなみんなの中であたしは涙が溢れて止まらない。
それは、ミユウも輪の真ん中で、みんなと一緒にいるように見えたから。
「かならず会いに行くよ」
あたしがそうつぶやくと、そのミユウは微笑を返してくれたのだった。