「書かれた辻沢 77」

文字数 1,900文字

 青墓の杜の中は暗かったが、来た道を辿って流砂を抜けると外はもう朝日が高く昇っていた。

 バス停に着いて辻沢駅行きの時間を調べようとしたら、

「次のこと話しておきたいんだけど、鬼子神社に来てくれないかな」

 とユウさんが言った。

「じゃあ、反対側の時刻表を」 

 と道路を渡ろうとしたら、灌木の後ろからぼぼぼぼぼと音がして真っ赤なスポーツカーが出て来た。

フェラーリじゃないほうのまひるさんの車だった。

「こいつで行くから」

 とユウさんが助手席のドアを開けてシートを倒した。

「クロエとミユキは後ろで」

 クロエが入り口に頭をぶつけそうになりながら先に乗り込んで、次にあたしが中に入った。

後部座席は思った以上に狭かった。天井も低くてあたしでも頭が付いた。

「後ろ狭いだろ。ミユキ座れてる?」

 ユウさん、なんて失礼なことを。

いくらあたしのおしりが大きいからって、んなわけ。

……ちょっときついけども。

 するとまひるさんがクスっと笑って、

「ユウ様は足を入れる余地がないことを言ってますよ」

 と言った。あたしの心の声を聞いたのだ。

「あ、そういうことですか」

 なるほど前の座席との間に足を入れる隙間はなかった。

 まひるさんの運転で峠までのワインディングロードを走る。

運動座りで膝を抱え、右へ左へと揺られながら転げないようお尻で踏ん張るのが大変だった。

 大きなカーブで窓の外を見ると尾根の重なりの向こうに黒い森が広がっていた。

あれは青墓だ。

ずいぶん下のほうにあって遠く思えた。

 ミユウは実測調査で鬼子神社の社殿自体が半分地中に埋まった屋形船だと発見した。

それを鬼子神社のすり鉢の底から掘り出し、この道を曳いて降りて来て、青墓のどこかにあるけちんぼ池に舫う。

それがミユウの夕霧物語仮説だが、かなり厳しい道のりになりそうだった。

 さらにエニシが条件を求めている。

夕霧と伊左衛門、まめぞう、さだきち、りすけの大食人3人。5人を襲う沢山のひだるさま。

ユウさんはずっと条件にみあうものを探していて、昨晩のエニシの糸の切り替えも、きっとその一環だったはずだ。

 ミユウの執念の調査とユウさんの命がけの探求。

あといくつ条件が揃えば、あたしたちはミユウを連れてけちんぼ池に行けるのだろうか。

 峠の手前の林道入り口のスペースに車を停めた。

そこから徒歩で鬼子神社の裏に抜けるのだ。

車を降りたところに丁度あたしの記憶の糸が見えたので触れてみた。

それは、まだ小さかったあたしが紫子さんに連れられて、ここで養父母と始めて出合った時のものだった。

その幼いあたしは生まれて初めて家族に会ってワクワクしていた。

 お養母さんはN市の実家で今もあたしの帰りを待っていてくれる。

それに甘えてあたしは何か月も連絡しなていない。

フラグが立つ前にもう一度会う時間があればいいのだけれど。

 鬼子神社がすり鉢の底に見えた。

前に来た時はまだ、ミユウがいなくなるなんて思っていなかった。

ひと夏の間、クロエの鬼子使いを無事にやり通すことばかりを考えていた。

あたしがあたふたしている間に、クロエは自力で自分が鬼子であることを突き止めたのだった。

 こう思うと変わっていないのはあたしばかり。いつまでたってもあたしは自分勝手な子供のままだ。

「そんなことないですよ。ミユキ様は心がとても強くなられました」

 まひるさんがそう言ってくれた。

「ありがとうございます」

 こうしてまひるさんはいつもあたしの弱い心に寄り添ってくれているのだった。

 社殿の中に入ると空気が冷っとしていた。早朝の気温がそのまま保存されているようだった。

床は相変わらず乾いた土が浮いていて腰を下ろすのが躊躇われる。

「ま、汚いところだけど」

 と先に座ったユウさんが促すので、あたしたちも土を払いながらその周りに座った。

「早速なんだけどね。なんか食べ物ない?」

 とユウさんがまひるさんの顔を見て言った。

「あいにく」

 と申し訳なさそうにしているまひるさん。

「そっか。なら、しかたない。裏のイチジクでも取って来よう」

 と立ち上がるとクロエが、

「あたしも取りに行く」

 と後に続いた。

 するとまひるさんが、

「クロエ様、おやめになったほうが。あすこのは虫が湧いてるそうですよ」

 と言って止めたのだった。

 あたしもお腹は空いているけれど、さすがに虫が付いた果物は遠慮したい。

 それを聞いたユウさんが、

「大丈夫だよ。ミユウは食べてたし」

 と言った。

 いやいや、ミユウはなんでも口に入れる子だから。

 とりあえず虫付きのイチジクは却下。

ユウさんの話が終わってから街に出てご飯を食べることにして、あたしたちはこれからのこと、次のことを話し合ったのだった。

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