「辻沢ノーツ 66」
文字数 1,775文字
あたしはKさんに手を引かれて石畳を歩き出した。
それまで空にあって山道を仄かに明るくしていた月が、針葉樹の天蓋に邪魔されてまったく見えなくなった。
おかげで石畳は明りのないトンネルのようだ。
その上、この石畳は歩きづらかった。まったく整備の手が入っていないせいか、踏んだ石がグラついたり、滑ったり、段差に躓いて転びそうになったりする。
懐中電灯の光に浮かび上がるのは、道の真ん中が窪んでいて傾斜のついた様子だ。
お互いによろけながら進まず、奥宮がなかなか見えてこない。
「ちょっと待って」
と言って、Kさんが立ち止まった。
どうしましたと聞くと、
「懐中電灯がおかしいんです。電池は入れ替えてきたはずなのに」
たしかに、光が心もとない様子だ。
でも、あたしのは明るかったので、もしものときはこれ一本でなんとかしましょうということで、再び石畳を歩き始める。
ところが、あまり行かないうちに今度はあたしの懐中電灯がおかしくなった。
徐々に光の量が落ちて来て2、3度点滅を繰り返したかと思うと切れた。
残ったのはKさんの薄暗い懐中電灯だけだ。
もしKさんのが消えたら、あたしたちは真っ暗闇の中で立ち往生することになる。
光が心もとなくなったせいで耳が敏感になって色んな音が聞こえて来る。
森の中でヒュィーヒュィーと心細げに鳴いているのはどんな動物だろう。
自分達のおぼつかない足音さえ大きく聞こえる。
Kさんの息遣いだけが頼りだ。そしてまたやぶの中を蠢く密やかな音。
先ほどの気配を右後ろの木立に感じる。
それがもし襲って来ても武器になるものはない。
あたしの手にある電気が切れた懐中電灯ではものの役には立たないだろう。
今は身を固くして前を向くしかない。
知らぬうちにKさんの手を強く引き寄せてしまったのかもしれない、Kさんが小さく「あっ」と声を上げて転んでしまった。
その拍子に、Kさんの懐中電灯が石畳の上を弾け飛んで遠くでガチッと言うなり光が消えて見えなくなった。
あたしはKさんに大丈夫ですかと声をかけ、返事も待たずに懐中電灯が消えた場所に駆け寄った。
この光だけが頼りと後先を考えずに飛び出してしまった。
瞼の裏に残った灯りの記憶を頼りに冷たい手触りの石の上を探したけど、真っ暗闇の中ではどこにあるかさえ分からない。
パニックになる寸前、咄嗟の思いつきであたしはスマホを取り出して、カメラのフラッシュであたりを照らすことを思いついた。
スマホのおぼろな光に照らし出された地面は歪な石で覆われていて、湿っているのか表面が黒々と光っている。
それら石と石との間はかなり大きめの隙間があった。
這いつくばってそのあたりを探してみたけれど、結局懐中電灯は見つけることが出来なかった。
そうしていて、ようやくあたしはKさんのことを気にする始末で、振り向いてKさんが倒れたあたりにスマホの光を翳したけれど、Kさんの姿はなかった。
「Kさん?」
呼んだが返事がない。
耳を澄ましてみても、Kさんの息遣いさえ聞こえない。
「Kさん?」
もう一度呼びかけて見た。
返事はない。
スマホの明りに照らされた範囲は狭く、その先はまったくの闇が広がっている。
咄嗟に森の中の気配のことが脳裏をよぎったけれど、今はそのことを考えるのはやめにした。
それとKさんを結びつけることが恐ろしかった。
その場でじっとしていると静寂がミシミシと音をたてて背中に覆いかぶさって来る気がして、あたしはパニックになりそうになった。
一人でここに居続けるのにはこれ以上耐えられそうになかった。
誰かの助けが欲しかった。
その時目の端になにかが動いた気がしてそちらを見ると、暗闇の先がトンネルの出口のように明るくなっていて、そこで人影が手を振っているのだった。
Kさん?
いつの間にあんなに先に行ってしまったのか。
急いであたしもスマホを高く上げて振ると、その人影もそれに応えてくれたようだった。
そちらに向かってあたしが歩き出すと人影が見えなくなった。
少し焦り気味に急ぎ足で進むけれど、足場が悪いしスマホの明りでは足元もおぼつかないため、出口になかなか辿りつかない。
やっと人影が見えた場所に辿りつくと、そこは針葉樹が開けて眼下に月の光が照らした白い窪地が広がっていた。
石畳はそのまま石段になって窪地の底に溜まった靄に伸びていて、その中に陰気な建物が黒々と蹲っている。
あれが奥宮なのだろう。
それまで空にあって山道を仄かに明るくしていた月が、針葉樹の天蓋に邪魔されてまったく見えなくなった。
おかげで石畳は明りのないトンネルのようだ。
その上、この石畳は歩きづらかった。まったく整備の手が入っていないせいか、踏んだ石がグラついたり、滑ったり、段差に躓いて転びそうになったりする。
懐中電灯の光に浮かび上がるのは、道の真ん中が窪んでいて傾斜のついた様子だ。
お互いによろけながら進まず、奥宮がなかなか見えてこない。
「ちょっと待って」
と言って、Kさんが立ち止まった。
どうしましたと聞くと、
「懐中電灯がおかしいんです。電池は入れ替えてきたはずなのに」
たしかに、光が心もとない様子だ。
でも、あたしのは明るかったので、もしものときはこれ一本でなんとかしましょうということで、再び石畳を歩き始める。
ところが、あまり行かないうちに今度はあたしの懐中電灯がおかしくなった。
徐々に光の量が落ちて来て2、3度点滅を繰り返したかと思うと切れた。
残ったのはKさんの薄暗い懐中電灯だけだ。
もしKさんのが消えたら、あたしたちは真っ暗闇の中で立ち往生することになる。
光が心もとなくなったせいで耳が敏感になって色んな音が聞こえて来る。
森の中でヒュィーヒュィーと心細げに鳴いているのはどんな動物だろう。
自分達のおぼつかない足音さえ大きく聞こえる。
Kさんの息遣いだけが頼りだ。そしてまたやぶの中を蠢く密やかな音。
先ほどの気配を右後ろの木立に感じる。
それがもし襲って来ても武器になるものはない。
あたしの手にある電気が切れた懐中電灯ではものの役には立たないだろう。
今は身を固くして前を向くしかない。
知らぬうちにKさんの手を強く引き寄せてしまったのかもしれない、Kさんが小さく「あっ」と声を上げて転んでしまった。
その拍子に、Kさんの懐中電灯が石畳の上を弾け飛んで遠くでガチッと言うなり光が消えて見えなくなった。
あたしはKさんに大丈夫ですかと声をかけ、返事も待たずに懐中電灯が消えた場所に駆け寄った。
この光だけが頼りと後先を考えずに飛び出してしまった。
瞼の裏に残った灯りの記憶を頼りに冷たい手触りの石の上を探したけど、真っ暗闇の中ではどこにあるかさえ分からない。
パニックになる寸前、咄嗟の思いつきであたしはスマホを取り出して、カメラのフラッシュであたりを照らすことを思いついた。
スマホのおぼろな光に照らし出された地面は歪な石で覆われていて、湿っているのか表面が黒々と光っている。
それら石と石との間はかなり大きめの隙間があった。
這いつくばってそのあたりを探してみたけれど、結局懐中電灯は見つけることが出来なかった。
そうしていて、ようやくあたしはKさんのことを気にする始末で、振り向いてKさんが倒れたあたりにスマホの光を翳したけれど、Kさんの姿はなかった。
「Kさん?」
呼んだが返事がない。
耳を澄ましてみても、Kさんの息遣いさえ聞こえない。
「Kさん?」
もう一度呼びかけて見た。
返事はない。
スマホの明りに照らされた範囲は狭く、その先はまったくの闇が広がっている。
咄嗟に森の中の気配のことが脳裏をよぎったけれど、今はそのことを考えるのはやめにした。
それとKさんを結びつけることが恐ろしかった。
その場でじっとしていると静寂がミシミシと音をたてて背中に覆いかぶさって来る気がして、あたしはパニックになりそうになった。
一人でここに居続けるのにはこれ以上耐えられそうになかった。
誰かの助けが欲しかった。
その時目の端になにかが動いた気がしてそちらを見ると、暗闇の先がトンネルの出口のように明るくなっていて、そこで人影が手を振っているのだった。
Kさん?
いつの間にあんなに先に行ってしまったのか。
急いであたしもスマホを高く上げて振ると、その人影もそれに応えてくれたようだった。
そちらに向かってあたしが歩き出すと人影が見えなくなった。
少し焦り気味に急ぎ足で進むけれど、足場が悪いしスマホの明りでは足元もおぼつかないため、出口になかなか辿りつかない。
やっと人影が見えた場所に辿りつくと、そこは針葉樹が開けて眼下に月の光が照らした白い窪地が広がっていた。
石畳はそのまま石段になって窪地の底に溜まった靄に伸びていて、その中に陰気な建物が黒々と蹲っている。
あれが奥宮なのだろう。