「書かれた辻沢 119」

文字数 1,732文字

「どこかに入り口があるはず」

 あたしたちが青墓で唯一の存在となった今、記憶の糸はあたしの過去しか写さなくなっていて頼りにならなかった。

 だからひたすら歩いて探すしかなかった。

 最初に山頂まで登って見た。そこは木々がない一面の野原で、青墓の杜の遙か向こうに西山の稜線が見えていた。

 あたしたちはあの尾根を下って赤い海に着水し、さらに揺蕩って青墓に着いた。それから長い長いひだるさまとの戦いの末、ようやくミユウの居場所を突き止めた。

あとはそこに至る門を探すだけだ。

 みんな、文字通り草の根を分けて入り口を探した。けれど、山頂にはそれらしい入り口は見当たらなかった。

「こここではなさそうだな」

 ユウさんが言った。

 元来た道をたどって一旦下山した。そこから尾根を巡り沢に降り、大木の洞の中を覗き、岩の隙間を見て回ったが、やはり目的のものは見つからなかった。

「やはり、あの落ち葉の海を探した方がよいのでは?」

 まひるさんが言うことはもっともだった。

 ミユウがあたしに伝えた場所は、違いはあったが母宮木野の墓所そのものだったからだ。

「行ってみる価値はあるよ」

 クロエが言った。

「またあの枯れ葉の海が復活してるかも」

 とはアレクセイ。

 こうして、あたしたちは青墓の最深部へ向かうあの山道を再び辿ることになった。

 あたしを先頭に、ユウさん、クロエ、アレクセイ、まひるさんが続いた。

 もういきなりひだるさまに襲われる心配は無くなったが、入り口が見つからなければ永遠に青墓を彷徨うという心配があった。

 山道がちょうど狭まる場所、そこからダイブすれば枯れ葉の海にたどり着く場所まで来た。

「さあ、降りよう」

 ユウさんが言った。みんなが斜面に向かって飛び降りようとしたとき、

「ちょっと待て」

 とアレクセイがそれを留めた。

「あの石垣は何だ」

 山側の斜面を指さしていた。

見上げると、木の根の間に苔むした石が露出していた。

斜面を登って近づくと、石の一つ一つが墓石で、それが整然と積み上げられた石垣だと分かった。

そしてその石垣が左右に分かれていて、ちょど真ん中の窪んだ場所に枯れ葉の吹きだまりが出来ていた。

「この中だよ、きっと」

 とクロエがその中にダイブした。

「あっさ」

 とすぐに枯れ葉の中から首を出す。

深さはそれほどないようだった。

けれど、何かがありそうな感じではある。

「枯れ葉が邪魔だな」

 アレクセイが言った。

あたしたちは、吹きだまりの枯れ葉をどけてみることにした。

吹きだまりの中は、土の匂いとかび臭い匂いが鼻に付いた。枯れ葉が湿気ていてよく衣服や地肌に張り付いてきた。

みんなが中に入って枯れ葉を斜面に押し出して行くと、あっという間に小さな空間が出来た。

そこは正面中央に苔色の漆喰壁があって、両側に石垣が並ぶ構造になっていた。

「これが入り口なんじゃ?」

 クロエが漆喰壁に両手をつくと軽々と押し込むことが出来た。

そして隙間から湿った空気が勢いよく流れ出てきてみんなの鼻を刺激した。

クロエがなおも押し続けると、壁は際限なく中に向かって入り込んで行く。

これは母宮木野の墓所の入り口と同じ構造だった。

入り口の石壁を中に押し込み続けると、そこに母宮木野が待つ石室があるのだ。

あたしたちはようやくミユウが待つ小山の入り口にたどり着いたのかもしれなかった。

 クロエが押して行くのに続いてみんな中に入った。
 
ちょうど漆喰壁の高さと幅しかないトンネルのような空間をしばらく歩くと、クロエの押していた壁が音をたてて内側に倒れた。

 倒れた漆喰壁を踏んで中に入ると、そこは鍾乳石の柱が並ぶ広い空間になっていた。

「奥へ」

 ユウさんがその先に見えている洞窟を指さした。

地面はぬかるんでいて、歩くたびに靴底を取られる気がした。

暗くてよく見えない洞窟の奥から、生臭いというか鉄くさいというか、

「血だな」

 とアレクセイが言ったように、あきらかに血の匂いが漂ってきていた。

「けちんぼ池とは血盆池のことで、その実は血の池地獄」

 鞠野先生の説明を思い出した。

ぐつぐつと煮えたぎる血の池に浸された人たちを、獄卒が責め立てている地獄絵図が目に浮かんだ。

ひだるさまの次は本物の獄卒か。

そう思うと、この先へ進むのが少しだけ躊躇われるのだった。
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