「書かれた辻沢 9」
文字数 2,122文字
ミユウの記憶の糸からあたしが読み取ったことをユウさんと夜野まひるさんに伝えなければならなかった。
しかし、この場所に居続けるのはあたしには無理そうだった。
「それなら、あたしの所にいらっしゃいますか?」
夜野まひるさんがそう言ってくれた。
ヤオマングランドホテルのスイートだというので、高級外車と言い、眩しいほどの美しさと言い、この人は一体なに者なんだと思っていたら、鞠野先生が耳打ちしてくれた。
有名なゲームアイドルなのだそう。
「いや、ボクの所がいい」
とユウさんが言ったので何処かと思ったら鬼子神社だった。
早速車で移動することになった。
「じゃあ、僕は車を直して後から行きます」
と鞠野先生がバモスくんの所に歩き去って行く。
あたしは来た時と同じようにユウさんのお膝で助手席、車を運転するのは夜野まひるさんだ。
今度はユウさんを背中で押しつぶさないように最初からダッシュボードにしがみついていたので、急発進の時は大丈夫だった。
青墓の杜に沿ってバス通りを走り、しばらくして峠へ向かうワインディングロードに入った。
行く手に西山地区の山々が見える。
つい昨晩、あたしはクロエを追いかけてあそこを駆けずり回ったのだった。
「あの方の専門は何ですか?」
夜野まひるさんが鞠野先生のことを聞いてきた。
「専門は環境地理学です。あたしたちはフィールドワークを指導してもらってます」
「辻沢はお詳しいのですか?」
詳しさにもいろいろある。
学術上の知識のことを言っているのではないと思ったので、
「四ツ辻の人たちとも交流があります」
と答えた。
「紫子さんのことは?」
背中のユウさんが言った。
「はい。学生の頃から」
「どこまで知ってる?」
あたしは、ユウさんに鞠野先生と鬼子とのかかわりについて話した。
学生時代の辻沢との出会い、四ツ辻の人たちとの約束、クロエやあたしたちとの関係など。
全て鬼子のことを知った上でのことだと言った。
説明するとユウさんも夜野まひるさんも納得したようだった。
「そんな人がいたとはね」
たしかに当事者以外で鞠野先生ほど鬼子に深くかかわっている人はいないかもしれない。
でもあたしは中学生のころからずっとそうなので、当たり前のように思って来たのだった。
鬼子神社の裏手に通じる林道入り口に車を停めて、そこからは歩いて行った。
林道は生ぬるい湿気を含んだ空気が足元から上がって来て異常に汗をかいた。
ショルダーバッグからペットボトルの水を出して未開封であることを言い、夜野まひるさんとユウさんに勧めた。
夜野まひるさんは首を振って断ったけれど、ユウさんはキャップを開けると上を向き口を付けずにペットボトルを傾けた。
水が勢いよく出て口から溢れ出た。
ユウさんにミユウの最後を話したらユウさんはきっと泣いてしまうのだろう。
ユウさんの首を伝う綺麗な水を見ながらそんなことを思ったのだった。
鬼子神社に着くと中はむっとしてほこり臭かった。
夏休みの最初に来た時は意識していなかったけれど、ここにミユウとユウさんの記憶の糸が結い上げられてあった。
特に最近紡がれたらしい記憶の糸は、二人の心が寄り添う姿が見えていて、その後のことを考えると胸が苦しくなった。
「ミユウもここで一緒だった」
ユウさんがそんなあたしの気持ちを察したのか二人で鬼子神社を実測した時のことを話してくれた。
「あいつすごいんだよ」
ミユウの調査がハンパないといってその時のことを楽しそうに語るユウさん。
あたしはユウさんにどうやってミユウの最後を語ればいいかわからなくなった。
「あのまま行けば絶対けちんぼ池だって探し当ててた」
ユウさんの声のトーンが変わった。
そしてユウさんはあたしの目を見て、
「ミユキ。話してくれ。ミユウの最後を」
と言ったのだった。
この時もまた、背中に冷たい感触があった。
夜野まひるさんがあたしの背に手を添えてくれていたのだ。
あたしはその手に押されたおかげで、ユウさんにミユウの最後を伝えることができた。
話を聞き終わるとユウさんは、しばしの間下を向いて黙ったままだった。
そして鼻を一つだけすすり上げると前を向き、
「けちんぼ池のことは必ずそうする」
とミユウの気持ちをそのまま呑み込んだように言った。そして続けて、
「そのクロエっていうのが気になる」
とユウさんが言うと、今度は夜野まひるさんが、
「ミユキ様はあそこでもそのお名前を口にしていらっしゃいました」
と言った。記憶の糸を読んだ時に叫んでしまったらしかった。
もしかしたらユウさんは、クロエがミユウを襲った張本人だと思っているのかもしれない。
そう思って、クロエが気の合う友達でさらにユウさんにそっくりでだということを伝えてみた。
「それにしたところで、どうしてミユウは最初に疑おうとしなかったのか」
「ミユウ様はとてもきめ細かい心配りができる方でした」
突然呼び止められたから気が動転してた?
「まるであらかじめ決められていたかのようです。こうなることが」
夜野まひるさんが思ってもいなかったことを言った。
「偶発的なようで実はエニシが関わっているとか」
そしてユウさんはあたしを見て、
「あの先生、何か知ってないかな」
と言ったのだった。
しかし、この場所に居続けるのはあたしには無理そうだった。
「それなら、あたしの所にいらっしゃいますか?」
夜野まひるさんがそう言ってくれた。
ヤオマングランドホテルのスイートだというので、高級外車と言い、眩しいほどの美しさと言い、この人は一体なに者なんだと思っていたら、鞠野先生が耳打ちしてくれた。
有名なゲームアイドルなのだそう。
「いや、ボクの所がいい」
とユウさんが言ったので何処かと思ったら鬼子神社だった。
早速車で移動することになった。
「じゃあ、僕は車を直して後から行きます」
と鞠野先生がバモスくんの所に歩き去って行く。
あたしは来た時と同じようにユウさんのお膝で助手席、車を運転するのは夜野まひるさんだ。
今度はユウさんを背中で押しつぶさないように最初からダッシュボードにしがみついていたので、急発進の時は大丈夫だった。
青墓の杜に沿ってバス通りを走り、しばらくして峠へ向かうワインディングロードに入った。
行く手に西山地区の山々が見える。
つい昨晩、あたしはクロエを追いかけてあそこを駆けずり回ったのだった。
「あの方の専門は何ですか?」
夜野まひるさんが鞠野先生のことを聞いてきた。
「専門は環境地理学です。あたしたちはフィールドワークを指導してもらってます」
「辻沢はお詳しいのですか?」
詳しさにもいろいろある。
学術上の知識のことを言っているのではないと思ったので、
「四ツ辻の人たちとも交流があります」
と答えた。
「紫子さんのことは?」
背中のユウさんが言った。
「はい。学生の頃から」
「どこまで知ってる?」
あたしは、ユウさんに鞠野先生と鬼子とのかかわりについて話した。
学生時代の辻沢との出会い、四ツ辻の人たちとの約束、クロエやあたしたちとの関係など。
全て鬼子のことを知った上でのことだと言った。
説明するとユウさんも夜野まひるさんも納得したようだった。
「そんな人がいたとはね」
たしかに当事者以外で鞠野先生ほど鬼子に深くかかわっている人はいないかもしれない。
でもあたしは中学生のころからずっとそうなので、当たり前のように思って来たのだった。
鬼子神社の裏手に通じる林道入り口に車を停めて、そこからは歩いて行った。
林道は生ぬるい湿気を含んだ空気が足元から上がって来て異常に汗をかいた。
ショルダーバッグからペットボトルの水を出して未開封であることを言い、夜野まひるさんとユウさんに勧めた。
夜野まひるさんは首を振って断ったけれど、ユウさんはキャップを開けると上を向き口を付けずにペットボトルを傾けた。
水が勢いよく出て口から溢れ出た。
ユウさんにミユウの最後を話したらユウさんはきっと泣いてしまうのだろう。
ユウさんの首を伝う綺麗な水を見ながらそんなことを思ったのだった。
鬼子神社に着くと中はむっとしてほこり臭かった。
夏休みの最初に来た時は意識していなかったけれど、ここにミユウとユウさんの記憶の糸が結い上げられてあった。
特に最近紡がれたらしい記憶の糸は、二人の心が寄り添う姿が見えていて、その後のことを考えると胸が苦しくなった。
「ミユウもここで一緒だった」
ユウさんがそんなあたしの気持ちを察したのか二人で鬼子神社を実測した時のことを話してくれた。
「あいつすごいんだよ」
ミユウの調査がハンパないといってその時のことを楽しそうに語るユウさん。
あたしはユウさんにどうやってミユウの最後を語ればいいかわからなくなった。
「あのまま行けば絶対けちんぼ池だって探し当ててた」
ユウさんの声のトーンが変わった。
そしてユウさんはあたしの目を見て、
「ミユキ。話してくれ。ミユウの最後を」
と言ったのだった。
この時もまた、背中に冷たい感触があった。
夜野まひるさんがあたしの背に手を添えてくれていたのだ。
あたしはその手に押されたおかげで、ユウさんにミユウの最後を伝えることができた。
話を聞き終わるとユウさんは、しばしの間下を向いて黙ったままだった。
そして鼻を一つだけすすり上げると前を向き、
「けちんぼ池のことは必ずそうする」
とミユウの気持ちをそのまま呑み込んだように言った。そして続けて、
「そのクロエっていうのが気になる」
とユウさんが言うと、今度は夜野まひるさんが、
「ミユキ様はあそこでもそのお名前を口にしていらっしゃいました」
と言った。記憶の糸を読んだ時に叫んでしまったらしかった。
もしかしたらユウさんは、クロエがミユウを襲った張本人だと思っているのかもしれない。
そう思って、クロエが気の合う友達でさらにユウさんにそっくりでだということを伝えてみた。
「それにしたところで、どうしてミユウは最初に疑おうとしなかったのか」
「ミユウ様はとてもきめ細かい心配りができる方でした」
突然呼び止められたから気が動転してた?
「まるであらかじめ決められていたかのようです。こうなることが」
夜野まひるさんが思ってもいなかったことを言った。
「偶発的なようで実はエニシが関わっているとか」
そしてユウさんはあたしを見て、
「あの先生、何か知ってないかな」
と言ったのだった。