「辻沢日記 1」

文字数 1,450文字

「ただいま」

部屋暗いな。ミユキいないのかな。

テレビ点けっぱなしだけど。

なんだいるじゃん。

ソファで寝てるし。無邪気な顔をして寝息を立ててる。

いつもはきつめの表情してるから「フジノ女史」なんて呼ばれてるけど、本当はこういう、ちょっと腑抜けた顔をしてるってあたしだけしか知らないんだよね。

「風邪ひくよ」

ビクッとなって、ミユキが目を開けた。

しばらくぼうっとしてから、

「ミユウか、おかえり」

と言って気持ちよさそうに伸びをした。起き上がってあたしを見ると、

「辻沢?」

と言った。

ミユキはいつだって単刀直入だ。

そうだ。あたしは性懲りもなく、また辻沢に行って体よくユウに追い払われて帰って来た。

「会えたの?」

「うん」

「珍しいね。ユウに会えるなんて」

あれは会えたって言えるのかな?

今回も『スレイヤー・R』に参戦して、フィールドを探し回ってようやく見つけたと思ったら、全身泥だらけで、何が楽しいのかニコニコと機嫌がよくって、だからあたしを見付けてもいつもみたいに無視して行ってしまわなかった。

「よお、来てたんだ」

なんて向うから挨拶して来てさ。それで、オトナの意向を伝えたら、

「それだけ?」

って言って、また青墓の杜の暗闇に紛れて行ってしまった。

「そっちはどうなの?」

ミユキのお抱えは、クロエ。

「うん。なんか変なんだよね」

「クロエ、どうかした?」

「うん。いつもより、焦ってる感じする。やってることはいつもの通り救済ごっこなんだけど、急いでるんだよね。前までは一晩で一人二人に付き纏って終わりだったけど、最近は一晩にその3倍はやってるんだ。だから範囲もかなり広がってて追いかけるのが大変」

ミユキはクロエのおばあちゃんから鬼子使いの任を引き継ぎ、クロエの御守りになった。

なってまだ間がないけど本当によくやってると思う。

追跡用のアプリ自作してクロエのスマホにステルスさせたり、潮時に必ず一緒にいられるように飲みに誘ったり。

ミユキだって自分のフィールドワークがあるのに、丁寧にクロエに寄り添ってる。

それに比べてあたしはもう何年もユウと一緒にいるのに手を出すことができない。

本当に情けない。

「鬼子使いも楽じゃない」

「それ」

鬼子は新月か満月の潮時になると変貌する、言ってみればライカンのような存在で、その時の凶暴性やひだるに憑りつかれやすい性質から忌み嫌われてきた。

辻沢ではヴァンパイアの眷属とされてきた歴史を持つ。

宮木野の「わがちをふふめおにこらや」という遺言がそれを端的に表していて、今もヴァンパイアは鬼子の後見者だ。

鬼子使いはそんな鬼子たちをこの世に結び付けている。

暴悪な鬼子の振る舞いを制御しその本性を社会から隠す役割を持つ。

昔は傀儡師とも言い、いにしえより鬼子と宿世を共にしてきた。

「クロエもいつか、ユウみたいになるよね」

「自覚するってこと?」

 鬼子は基本的に自分が鬼子であることを知らずに生きている。

鬼子は潮時のことを記憶していないから、鬼子使いが後始末をしてしまうと、意識としては普通に寝て起きるのと変わらなくなる。

夢遊病者と一緒で鬼子本人にしてみれば平時の経験だけが意味をなしている。

鬼子使いもそのことを鬼子にわざわざ教えることはしないで、ただひたすら見守ることに徹する。

それが鬼子と鬼子使いのどちらのためなのかはよくわかってない。

おそらくお互いのためなのだろう。

そうやって何百年もエニシは続いてきた。

しかし稀に、それを自分から悟る鬼子がいる。

年を取ってからの場合がほとんどだが、なかには早熟な者もいて、それがユウだった。
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