「書かれた辻沢 117」

文字数 1,690文字

 あたしたちはその後も戦闘を重ねながら青墓の杜を奥へと移動して行った。

戦うたびにユウさん、まひるさん、アレクセイ、クロエの怪我をする回数が増えてゆく。

 それに対してあたしは、ミユウに体をすり替わられつつも意識はかろうじて保っていて、クロエにすがってなんとか歩いていた。

「フジミユ、頑張って」

 クロエだって大変なのに、ずっと励ましてくれた。

 突然森が切れて広い場所に出た。青墓唯一の高所の小山に出たのだった。

「フジミユ。もう少しの辛抱だよ」

 クロエが言った。

「もう少し?」

「うん。あの一組をやっつければ、あたしたちチャンピオンだから」

 その言い方がeスポーツぽくておかしかった。

 クロエが指さす小山の途中に、ひだるさまたちが蟠っていた。

 最後の一組は、どこか見覚えがあると思ったら窪地で遭ったひだるさまのようだった。 

 先頭にいて強そうなのはユウさん、上品そうなのはまひるさん、こましゃくれたガキがアレクセイ、明るくて物おじしない感じなのがクロエ。

そして一番端っこで自信なさそうにしているのがあたしだ。

「ずっと芋ってて、ようやく出てきた卑怯者」

 クロエがはき捨てるように言った。よっぽど嫌いなんだ。

「なら、そんなに強くない?」

 と言うと、クロエは首を振って、

「バトロワの最後って、何でかスキル差関係なしの取っ組み合いになるんだよね。向こうは体力温存してるから手ごわいかも」

 あたしたちのユウさんはと言えば、黒木刀も先が折れて短くなり、着ているパーカーもいたるところが裂け目が出来て何色だったかわからないほど汚れていた。

戦うたびに負うせいで怪我も治りきっていないし、歩く時は足を引きずっていた。つまり満身創痍なのだった。

 対するひだるさまのゆうさんを見ると、全身から力が漲って自信に満ち溢れ、戦う前から勝者の風格まで感じた。

逃げまわていたとはいえ相手はユウさん自身なのだ。

クロエが言うように取っ組み合いになったら、あいつのほうが有利かもしれない。

「やっつけてくる」

 ゆうさんが折れた黒木刀を掲げて、こちらに気が付いたひだるさまに向かって駆け出した。それにまひるさん、アレクセイが続く。

クロエは一瞬あたしを気にして立ち止まった。

しかし、ユウさんの最初の一撃が相手のひだるさまに簡単に弾き返されたのを見て、

「ごめん。あたしも行くね」

 と言った。

「あたしの相手はへなちょこのあたしだから、大丈夫」

「でも……」

 と言いかけて、クロエは踵を返して、バトルフィールドに飛び出して行ったのだった。

 来るなら来い。あたしは守る人のいない安地で身構えたのだった。

 ユウさんだけでなく、まひるさんもアレクセイも苦戦していた。元気なのはクロエだけで、それだけがあたしたちのアドバンテージのようだった。

 ユウさんが黒木刀を弾き飛ばされた。相手の鎌爪がユウさんに襲い掛かる。

それをクロエが間に入って止めて、ユウさんに反撃の間を作る。

まひるさんのデコ長どすが敵の肩に食い込んで離れなくなった時は、クロエがまひるさんの文字通り右腕となって戦った。

アレクセイも同じだった。足がもつれて倒れた時にはクロエが抱えて助け起こして戦った。

クロエもクロエ自身と戦っていたのに、周りのみんなを助けて縦横無尽に活躍していた。

「ユウになるんだよ」

 それはちゃんと果たされていた。クロエえらい。

 気づくと、みんなの戦いの場にあたし自身が見当たらなかった。

確か5体のひだるさまがいたはずだったが、みんなは4体のひだるさまを相手にしていたのだ。

 背後で音がした。振り向くと残りのひだるさまが下草の中に潜んでいた。

自信なさげな顔をしているから、それがきっとあたし自身のひだるさまなのだ。

 あたしと目が合って飛び掛かってきた。身構えたが遅くマウントを取られてしまった。

 そのひだるさまがあたしに向かって何か言った。意味は分からなかったけれど、

「あたしがミユウに会うから」

 と言っているような気がした。

そういう未来もありかもしれないけれど、あたしはこのあたしでミユウに会いたかった。

会ってどうしてあたしにすり替わろうとしてるのか確かめたかった。
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