「書かれた辻沢 47」
文字数 2,068文字
ここのところ胸騒ぎと言うか、ワクワクと言うか、自分でも理解できないような感情が襲ってくる。
いつも聴いてる音楽なのに急に涙が込み上げてきたり、何気ない人の仕草に胸がしめつけられたり。
その程度ならよくある話だ。
スケボーの動画で、少年が華麗に技を決めようとして転倒、股間を打って悶絶しだした。
同時にあたしも、おへその下らへんが痛くなる。
すぐ後、まてまて、そこはあたしらには関係ないだろと思う。
つまりあたしは変なのだ。
そして思いあたったのが、クロエの潮時。
クロエの潮時が近くなると、あたしもなんだか変になる。
こういう所から鞠野先生もクロエとはエニシで繋がれてるんじゃないかっていってくれるのだが……。
この前の潮時が半月前だったので、そろそろなのだった。
カレンダーを見ると、明日は新月。大潮だった。
クロエに電話を掛ける。フジミユではお誘いできないのでミユウのスマフォから。
「クロエ、ちょっと萎えた。あした飲も」
ところが誘われると絶対断らないクロエが、
「うーん。どうしよううな。せっかくのミヤミユのお誘い出し。ちょっと考えさせて」
と言って通話を切った。
クロエから切るのなんてめったにないし、クロエ、なんなの用件だけって世間話くらいしろな、と時候の挨拶しない人が言ってみる。
しかも潮時前でこの反応は異常だ。
クロエの潮時の特徴が、まさに人に寄り添うことだからだ。
誰彼なく会いたがって、誘いまくって断らると拗ねる。
今までこんなに人のことを見切ることなんてなかった。
クロエから電話だ。
「やっぱ、やりたいことあるから、今回は止める。また誘ってね。あたしも誘うから。だから明日はごめん」
断られた。これは何かある。
鬼子使いの鬼子のお世話の仕方は二通りだ。
一つは最初から最後まで遠目で監視する方法。
もう一つは閾まで一緒にいてオールする方法。
あたしは、ずっと後者でやって来た。
そのためのお酒の誘いでもあるのだった。
以前遠目で監視するのもやってみたけれど、発現してすぐ猛ダッシュ、視界から消えたと思ったら、次の朝、
「今、なんでか北海道にいるんだけど」
と電話があって函館まで迎えに行った。
そのことがあって、クロエのスマフォに位置情報アプリをインストするようになったのだけれども、はたして、遠目で監視作戦が今になってうまくこなせるか自信がなかった。
思案した結果、足がいる。
つまりあたし自身の行動範囲をいつも以上にしておく必要を感じた。
というわけで鞠野先生に電話を掛ける。
「鞠野先生ですか? ちょとバモスくんで辻沢に遊びにきませんか?」
「どうしましたか?」
事情を説明すると、
「じゃあ、今夜そっちに行きます。あ、泊まらせてくださいとは言いませんから」
よっぽどこの間の念押しが効いたようだった。
本当は、あたしは鞠野先生にここに泊まってもらっても構わないかなと思っている。
いや、そういう意味でなく、鞠野先生とは年は離れているけれど、ずっと幼いころからのお友達、幼馴染のような感じがするからだ。
鞠野先生と初めて会った中1の夏を思い出す。
それまでのあたしは勝手気ままに記憶の糸を読んでいたが、フィールドワーカーの記憶の糸をN市で偶然見付け、それを読んだのをきっかけに真似事をするようになった。
図書館に行って本を漁り、ネットで情報を収集しながら、自分なりの調査方法を探っていたころだった。
中学最初の夏休みが近づいていた。
あたしはせっかくの夏休みはN市でなく遠くの町へ行って調査をしたいと思いつき、長期外泊を養父母に頼んでみた。
養父は最初渋っていたけれど、あたしがしつこく説得して、養母が一緒ならばということで許可が下りた。
あたしが選んだ夏休みのフィールドはN県のT山郷だった。
山奥の斜面ばかりの村だが、多くのフィールドワーカーが記録を取りに行く、その道ではよく知られた場所だった。
霜月の湯立て神事で有名なところだ。
そこを知ったのは『T山物語』という本を学校の図書館で見付けて読んだからだった。
最初は柳田國男の『遠野物語』みたいフォークロアを扱ったものかと思ったけれど、読んでみると似ているのはタイトルだけで、中身は立派な地域エスノグラフィーだった。
あたしはT山郷に実際に行って、記憶の糸と引き比べながら本に書かれたことを辿って見たくなった。
さすがに養父母も一ヶ月は許可はくれなかったが半月の約束は取りつけることが出来た。
夏休みが始まってすぐ養母と一緒にT山郷に発った。
T山郷に着いて予約しておいた民宿に荷物を置くと、あたしは早々にフィールドワーク、というより記憶の糸漁りに出かけた。
というのも、T山郷に着いていきなりこの民宿が『T山物語』に出て来る釣り名人の関係筋だと知ったからだった。
もちろん玄関口に束ねるようにあった記憶の糸を失礼を承知で、チョロっと読んで分かったことだ。
「ミユキちゃんは疲れ知らずね。お母さん休ませてもらうね」
という養母の言葉を背に、あたしはフィールドワーカーが注目するT山郷の世界に飛び込んで行ったのだった。
いつも聴いてる音楽なのに急に涙が込み上げてきたり、何気ない人の仕草に胸がしめつけられたり。
その程度ならよくある話だ。
スケボーの動画で、少年が華麗に技を決めようとして転倒、股間を打って悶絶しだした。
同時にあたしも、おへその下らへんが痛くなる。
すぐ後、まてまて、そこはあたしらには関係ないだろと思う。
つまりあたしは変なのだ。
そして思いあたったのが、クロエの潮時。
クロエの潮時が近くなると、あたしもなんだか変になる。
こういう所から鞠野先生もクロエとはエニシで繋がれてるんじゃないかっていってくれるのだが……。
この前の潮時が半月前だったので、そろそろなのだった。
カレンダーを見ると、明日は新月。大潮だった。
クロエに電話を掛ける。フジミユではお誘いできないのでミユウのスマフォから。
「クロエ、ちょっと萎えた。あした飲も」
ところが誘われると絶対断らないクロエが、
「うーん。どうしよううな。せっかくのミヤミユのお誘い出し。ちょっと考えさせて」
と言って通話を切った。
クロエから切るのなんてめったにないし、クロエ、なんなの用件だけって世間話くらいしろな、と時候の挨拶しない人が言ってみる。
しかも潮時前でこの反応は異常だ。
クロエの潮時の特徴が、まさに人に寄り添うことだからだ。
誰彼なく会いたがって、誘いまくって断らると拗ねる。
今までこんなに人のことを見切ることなんてなかった。
クロエから電話だ。
「やっぱ、やりたいことあるから、今回は止める。また誘ってね。あたしも誘うから。だから明日はごめん」
断られた。これは何かある。
鬼子使いの鬼子のお世話の仕方は二通りだ。
一つは最初から最後まで遠目で監視する方法。
もう一つは閾まで一緒にいてオールする方法。
あたしは、ずっと後者でやって来た。
そのためのお酒の誘いでもあるのだった。
以前遠目で監視するのもやってみたけれど、発現してすぐ猛ダッシュ、視界から消えたと思ったら、次の朝、
「今、なんでか北海道にいるんだけど」
と電話があって函館まで迎えに行った。
そのことがあって、クロエのスマフォに位置情報アプリをインストするようになったのだけれども、はたして、遠目で監視作戦が今になってうまくこなせるか自信がなかった。
思案した結果、足がいる。
つまりあたし自身の行動範囲をいつも以上にしておく必要を感じた。
というわけで鞠野先生に電話を掛ける。
「鞠野先生ですか? ちょとバモスくんで辻沢に遊びにきませんか?」
「どうしましたか?」
事情を説明すると、
「じゃあ、今夜そっちに行きます。あ、泊まらせてくださいとは言いませんから」
よっぽどこの間の念押しが効いたようだった。
本当は、あたしは鞠野先生にここに泊まってもらっても構わないかなと思っている。
いや、そういう意味でなく、鞠野先生とは年は離れているけれど、ずっと幼いころからのお友達、幼馴染のような感じがするからだ。
鞠野先生と初めて会った中1の夏を思い出す。
それまでのあたしは勝手気ままに記憶の糸を読んでいたが、フィールドワーカーの記憶の糸をN市で偶然見付け、それを読んだのをきっかけに真似事をするようになった。
図書館に行って本を漁り、ネットで情報を収集しながら、自分なりの調査方法を探っていたころだった。
中学最初の夏休みが近づいていた。
あたしはせっかくの夏休みはN市でなく遠くの町へ行って調査をしたいと思いつき、長期外泊を養父母に頼んでみた。
養父は最初渋っていたけれど、あたしがしつこく説得して、養母が一緒ならばということで許可が下りた。
あたしが選んだ夏休みのフィールドはN県のT山郷だった。
山奥の斜面ばかりの村だが、多くのフィールドワーカーが記録を取りに行く、その道ではよく知られた場所だった。
霜月の湯立て神事で有名なところだ。
そこを知ったのは『T山物語』という本を学校の図書館で見付けて読んだからだった。
最初は柳田國男の『遠野物語』みたいフォークロアを扱ったものかと思ったけれど、読んでみると似ているのはタイトルだけで、中身は立派な地域エスノグラフィーだった。
あたしはT山郷に実際に行って、記憶の糸と引き比べながら本に書かれたことを辿って見たくなった。
さすがに養父母も一ヶ月は許可はくれなかったが半月の約束は取りつけることが出来た。
夏休みが始まってすぐ養母と一緒にT山郷に発った。
T山郷に着いて予約しておいた民宿に荷物を置くと、あたしは早々にフィールドワーク、というより記憶の糸漁りに出かけた。
というのも、T山郷に着いていきなりこの民宿が『T山物語』に出て来る釣り名人の関係筋だと知ったからだった。
もちろん玄関口に束ねるようにあった記憶の糸を失礼を承知で、チョロっと読んで分かったことだ。
「ミユキちゃんは疲れ知らずね。お母さん休ませてもらうね」
という養母の言葉を背に、あたしはフィールドワーカーが注目するT山郷の世界に飛び込んで行ったのだった。