「辻沢ノーツ 11」
文字数 1,983文字
今夜泊まるところは駅近のヤオマン・イン、一泊6000円のよくあるビジネスホテルだ。
住所は青物市場ってなってるけど、それは昔の名残で今はビジネス街っていうのは、町長の「やっちゃ場」のクダリで知った。
シャワーを浴びてパーカーとデニムに着替えると、ロビーで落ち合って夕食に出かけた。
サキはタンクトップにショーパンで、めっちゃデンジャラス。
ホテルの周りに食べるところはなさそうで、駅前まで出ることにする。
夜の街は、店先のしめ縄が風に揺れ、提灯の明かりが灯されていて祭の風情がすでに出来上がっている。
行き交う人もどこか浮かれているように感じる。
一番最初に目に入ったのは、ファミレスのヤオマンだったけど、昼の轍を踏むのは嫌だったのでそこはスルーした。
時間のせいか、どこの飲み屋さんも混んでいて、結局、雑居ビルの5階にあった、ひさごっていう居酒屋さんに入った。
本当はあたしたちはそのビルの隣のケーキ屋さん兼レストランがよかったのだけれど、居酒屋さんにしたのは鞠野フスキとケーキ屋さんってどうよってなったからだった。
ひさごの狭い入り口で案内を待ってると、お会計して出てきた女の人がすれ違いざま、
「おひさ。元気?」
とあたしの肩を叩いて通路を通り抜けると階段を降りて行った。
「知り合い?」
ミヤミユに聞かれたけど、咄嗟のことで顔も見なかったし、辻沢に知り合いがいるとも思えないから、
「多分、人違い」
とだけ答えた。
席についてお手拭きよりも先に出て来たのが、ゴマも入っていないゴマ摺りだった。とんかつでも出すのかな?
「何に使うんだろ」
「山椒の産地だからかな」
ミヤユミが物撮りしながら言う。
あたしにはゴマ摺りと山椒の関係が分からない。それを察したのか鞠野先生が、
「ゴマ摺りのスリコギ棒は山椒の木から作られるからね。
君たちのお着替えを待ってる間、近くの土産物屋を覗いて来たんだけど、山椒の詰め合わせセットに並んで、辻沢産スリコギ棒ってのもあったよ。ほら」
と撮った写真をコンデジの液晶で見せてくれた。
「先生、それSNSにアップしてください」
と突然ミヤミユが前のめりになった。
鞠野先生とミヤミユがデータのやり取りであれやこれや初めてしまうと、あたしはひとり取り残された感じになった。
正面のサキは相変わらずスマホに夢中だから。
なにげに店内を見渡してみると、どのテーブルにもスリコギセットがあって、みなさん、話しながら飲みながらゴリゴリさせてる。
これって辻沢で流行ってるのかな。
ひょっとして楽しいのかも。
あたしもやってみよう。
ゴリゴリゴリゴリ。
楽しくはないな。
ゴリゴリゴリゴリ。
でも、匂いか振動のせいか知らないけど、なんか落ち着く。
さらに、ゴリゴリゴリ。
だんだんほっこりして来た。
さらにゴリゴリ。
「どうしてみんなスリコギを摺ってると思う?」
ぼうっとしてたら鞠野先生が聞いて来た。
あたしが、へっ? ってなってたら、
「まじないかなんかだと」
ミヤミユが答えた。
「どうかな。野太くんはどう思う」
「わからないです。リラックスするからとか」
「なるほど。で、この疑問を解決するにはどうしよう」
「インタビューですか?」
「みんな楽しそうにお酒飲んでて、インタビューは難しいかな」
「アンケートでしょうか」
「そうね、それがいいかもね。でもどうやろう。用紙ある?」
「フォーマットはありますけど、印刷しないと」
「だよね。こういう時はこうするんだよ」
と言うなり席を立って店の真ん中まで行くと、大声で、
「店内の皆さん。これから、アンケートをとります。該当する人は、手を挙げてくださーい」
店の中の何人かが鞠野先生に注目した。
「お楽しみのところ、すみません。アンケートにご協力いただけたら、私が歌をプレゼントします」
「いらねー」
「宗教の勧誘かー」
「なんだ、変な余興ー」
「それでは、質問でーす。ゴマスリについて伺います。何で、今ゴマスリをしてますか? リラックスするからという人、1,2,3名」
先生の勢いにのまれたのか、何人かの人が手を挙げた。
「純粋に料理のための人。1人。おまじないの人。1,2,3,4、たくさん」
「ヴァンパイア避けだよ」
「あんた、よそ者かい? 辻沢の常識」
「ヴァンパイアはゴリゴリって音が嫌いなんだよ」
「それ、ゴマの匂いだし」
「ご協力ありがとうございました。それでは歌を一曲」
拍手。
鞠野先生がアカペラで歌を歌った。
聞きほれてしまうほどうまい。でもあたしには何の歌か分からなかった。
「ヴァンパイア避けだったんですね」
盛大な拍手を受けて席に戻った鞠野先生に言った。
「そうだね。でも、私は理由に興味はないんだよ。我々の調査の目的は真実を明らかにすることじゃない。そんなものは存在しないからね。重要なのは、そう受け取られてることがこの社会にどんな意味があるかってことだよ」
レクチャーだった。
鞠野先生はいっつも不意打ちだ。
住所は青物市場ってなってるけど、それは昔の名残で今はビジネス街っていうのは、町長の「やっちゃ場」のクダリで知った。
シャワーを浴びてパーカーとデニムに着替えると、ロビーで落ち合って夕食に出かけた。
サキはタンクトップにショーパンで、めっちゃデンジャラス。
ホテルの周りに食べるところはなさそうで、駅前まで出ることにする。
夜の街は、店先のしめ縄が風に揺れ、提灯の明かりが灯されていて祭の風情がすでに出来上がっている。
行き交う人もどこか浮かれているように感じる。
一番最初に目に入ったのは、ファミレスのヤオマンだったけど、昼の轍を踏むのは嫌だったのでそこはスルーした。
時間のせいか、どこの飲み屋さんも混んでいて、結局、雑居ビルの5階にあった、ひさごっていう居酒屋さんに入った。
本当はあたしたちはそのビルの隣のケーキ屋さん兼レストランがよかったのだけれど、居酒屋さんにしたのは鞠野フスキとケーキ屋さんってどうよってなったからだった。
ひさごの狭い入り口で案内を待ってると、お会計して出てきた女の人がすれ違いざま、
「おひさ。元気?」
とあたしの肩を叩いて通路を通り抜けると階段を降りて行った。
「知り合い?」
ミヤミユに聞かれたけど、咄嗟のことで顔も見なかったし、辻沢に知り合いがいるとも思えないから、
「多分、人違い」
とだけ答えた。
席についてお手拭きよりも先に出て来たのが、ゴマも入っていないゴマ摺りだった。とんかつでも出すのかな?
「何に使うんだろ」
「山椒の産地だからかな」
ミヤユミが物撮りしながら言う。
あたしにはゴマ摺りと山椒の関係が分からない。それを察したのか鞠野先生が、
「ゴマ摺りのスリコギ棒は山椒の木から作られるからね。
君たちのお着替えを待ってる間、近くの土産物屋を覗いて来たんだけど、山椒の詰め合わせセットに並んで、辻沢産スリコギ棒ってのもあったよ。ほら」
と撮った写真をコンデジの液晶で見せてくれた。
「先生、それSNSにアップしてください」
と突然ミヤミユが前のめりになった。
鞠野先生とミヤミユがデータのやり取りであれやこれや初めてしまうと、あたしはひとり取り残された感じになった。
正面のサキは相変わらずスマホに夢中だから。
なにげに店内を見渡してみると、どのテーブルにもスリコギセットがあって、みなさん、話しながら飲みながらゴリゴリさせてる。
これって辻沢で流行ってるのかな。
ひょっとして楽しいのかも。
あたしもやってみよう。
ゴリゴリゴリゴリ。
楽しくはないな。
ゴリゴリゴリゴリ。
でも、匂いか振動のせいか知らないけど、なんか落ち着く。
さらに、ゴリゴリゴリ。
だんだんほっこりして来た。
さらにゴリゴリ。
「どうしてみんなスリコギを摺ってると思う?」
ぼうっとしてたら鞠野先生が聞いて来た。
あたしが、へっ? ってなってたら、
「まじないかなんかだと」
ミヤミユが答えた。
「どうかな。野太くんはどう思う」
「わからないです。リラックスするからとか」
「なるほど。で、この疑問を解決するにはどうしよう」
「インタビューですか?」
「みんな楽しそうにお酒飲んでて、インタビューは難しいかな」
「アンケートでしょうか」
「そうね、それがいいかもね。でもどうやろう。用紙ある?」
「フォーマットはありますけど、印刷しないと」
「だよね。こういう時はこうするんだよ」
と言うなり席を立って店の真ん中まで行くと、大声で、
「店内の皆さん。これから、アンケートをとります。該当する人は、手を挙げてくださーい」
店の中の何人かが鞠野先生に注目した。
「お楽しみのところ、すみません。アンケートにご協力いただけたら、私が歌をプレゼントします」
「いらねー」
「宗教の勧誘かー」
「なんだ、変な余興ー」
「それでは、質問でーす。ゴマスリについて伺います。何で、今ゴマスリをしてますか? リラックスするからという人、1,2,3名」
先生の勢いにのまれたのか、何人かの人が手を挙げた。
「純粋に料理のための人。1人。おまじないの人。1,2,3,4、たくさん」
「ヴァンパイア避けだよ」
「あんた、よそ者かい? 辻沢の常識」
「ヴァンパイアはゴリゴリって音が嫌いなんだよ」
「それ、ゴマの匂いだし」
「ご協力ありがとうございました。それでは歌を一曲」
拍手。
鞠野先生がアカペラで歌を歌った。
聞きほれてしまうほどうまい。でもあたしには何の歌か分からなかった。
「ヴァンパイア避けだったんですね」
盛大な拍手を受けて席に戻った鞠野先生に言った。
「そうだね。でも、私は理由に興味はないんだよ。我々の調査の目的は真実を明らかにすることじゃない。そんなものは存在しないからね。重要なのは、そう受け取られてることがこの社会にどんな意味があるかってことだよ」
レクチャーだった。
鞠野先生はいっつも不意打ちだ。