「辻沢ノーツ 10」

文字数 1,663文字

 町長室は薄暗かった。

正面は一面窓になっていて、あたしたちが座っているところからは薄暮の空が見えるばかりだったけど、窓辺に立てば辻沢の町を一望できそうだった。

右手はショーケースで、沢山の種類のセーラー服が飾ってある。

辻女の応接室にあったものと同じものもある。

左手は飾り棚になっていて、トロフィーや盾類が並んでいる真ん中に黒い木刀が飾ってある。

入り口側の壁を背にしてびっくりするほど大きな(マホガニー的な)机と立派すぎる背もたれの椅子、床には虎皮の絨毯が敷かれていて、そこだけ見ると組事務所のような仰々しさだ。

その後ろの柱に額に入った代紋、ではなくて町章が掲げてある。

町章は辻の字に6つの小丸を配したデザインだ。

「特産の山椒の実があしらってある」

 鞠野先生が説明してくれた。

「やあ、お待たせしました。町長の辻川雄太郎です。鞠野先生ですね」

 奥の扉から現れた町長さんは、すらっとして背が高く、彫りの深い顔立ちをしたエゴザイルにいてもよさげなワイルド系の方だった。

髪の毛の量を除いてだけど。

「まあ、座ってください。君たちかね、この辻沢を調査しに来たというのは。あたしはもっとこう、メガネを掛けた堅苦しそうな男連中が来るのかと思ったが、こんな美しいお嬢さんたちとは。先生あれですか? 文化人類学の調査というのは本来むさ苦しい男が(ピー)の住むような辺境に単身分け入って何年もかけてするものではないのですか?」

 がっかり、今時「予断と偏見に満ちた普通の実際家」(by マリノフスキー)に出会うとは。

「そのような長期の調査も行いますが、今回は実技演習として辻沢にお邪魔させていただきますので」

「なるほど、本当は女性はしないが学生だから特別ということですか」

「そう言いますと違うということになりますが・・・・」

 先程の女性がちょうどいいタイミングでお茶を運んできてくれた。その後は、町長さんの長話を聞かされたけど、ほとんどがどうでもいいような話だった。

なんなの? 

「やっちゃ場」についての知識のひけらかしは。

「まあ、困ったことがあったら、あたしの秘書に何でも言うといい。対応は迅速ですよ。名刺をお渡しして」

 ありがとうございます。エリさんていうのか。エリさんが鞠野先生に向かって、

「明日の辻沢ヴァンパイア祭は見て行かれますか?」

 どこか遠い所から語りかけてくるかのような不思議な声だ。

「そのつもりでいます」

 鞠野先生がすこし上ずった声で答えると、町長さんがあたしたち3人の格好を舐めるように見て、

「コスプレの用意はして来たかい? 女はヴァンパイアコスプレをする決まりだ」

 鞠野先生があたしたちの方を見るけど、

「「「してないです」」」(小声)

「なら、駅前のスーパーヤオマンに行きなさい。あすこなら品数もそろってるから。例のものを」

 町長さんがそういうと、エリさんが机の上の封筒をあたしに差し出して、

「中にゴリゴリカードが入っています。ご来庁を記念して辻沢町がご用意しているプレゼントです。お受け取りください」

 鞠野先生が困ったような顔をしているので手を出さずにいると、町長がそれを取って、

「これはあたしが作らせたものだが、辻沢だったら何にでも使えるカードでね。スーパーでの買い物はもちろん、自動販売機だってOK。食事もできるし、バスにも乗れる。使ったら10%のポイントが付くし、ヤオマンジムや大門総合スポーツ公園で運動してもポイントが加算される。優れもののカードだよ」

 そう言うと、手近なあたしのカバンにねじ込むように入れた。

 挨拶が終わって帰る時、東棟のエレベータまでエリさんが送ってくれた。

展望エレベーターがもう止まってしまっているからということだった。

 途中、エリさんがあたしの耳元で、

「町長はコスプレと言いましたが、本当はヴァンパイアコーデなんです。そんなに大げさな格好をしろというのではないのですよ」

 と囁いた。

 エレベータのドアが閉まる時、エリさんが薄っすらと微笑んだのが見えた。

頼っていいのかわからないけど、また会えるといいな。
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