「書かれた辻沢 84」

文字数 2,091文字

 クロエとあたしの調査用の荷物をスーツケースにまとめて部屋の奥にそろえておく。

あたしたちが帰らなかった時は鞠野先生が引き取りに来てくれるように手はずはしておいたので心配ない。

だから今日持って行く荷物は昨日スーパー・ヤオマンで買いそろえたリュックだけだ。それと水平リーベ棒。

 時刻は21時になった。

クロエの息づかいが少し荒くなってきた感じがする。目も据わってきているような。

「行こうか」

 クロエに声を掛けて部屋を出ようとすると、

「あたし成長したよね。フジミユはどう思う?」

 とベッドのところで部屋を見回しながらクロエが言った。

 クロエは訳も分からず辻沢に来てユウさんに出会い鬼子を知ってその宿世に自力でたどり着いた。

それを成長と言わなくてなんて言えばいいだろう。

「うん。この夏一番成長したのはクロエだと思う」

「ありがとう。フジミユが言うなら確かだ」

 と満足そうに胸を張った。

 玄関で迷彩服に合わせて買ったコンバットシューズを履く。

RIBの可愛い制服にこのごつい靴が案外似合っていて、

「よくない?」

「いい」

 と二人して頷き合ってから、静まりかえった調邸の室内に挨拶をする。

「「お世話になりました」」

 本当に由香里さんにはお世話になった。

サノクミさんやサキのおばさんの直子さんたち先達がいなかったらあたしたちはけちんぼ池の行き方を知ることはなかったと思う。

 調邸からバス通りに出て四つ辻行きのバスを待つ。

紫子さんの家に寄って山の参道を歩いて行くつもりだ。

 見慣れたバスが来た。

「四ツ辻公民館前まで」

 (ゴリゴリーン)

 車内はがら空きで一番後ろのシートに女子高生が3人乗っているだけだった。

 クロエとあたしは中扉の横の二人がけの席に座る。

こんなに空いているのだから何もくっついて座ることはないとは思うのだが、さっきからクロエがあたしの手を握って離さないのでしかたないのだった。

 窓の外は暗闇で遠くに人家の小さな光が並んで見えている。

そこまでずっと田んぼが広がっているのだ。

タクシーの運転手さんの今年は豊作という声が耳に残っていた。

「今年ってば豊作なんだってよ」

 後ろの席の女子高生の声がしてきた。

まるであたしの心を見透かしたようだったので、振り返ると夏のさなかに海へ行き迷っていた子たちだった。

あの時言葉を交わした一番端の子と目で挨拶をすると向こうも覚えていてくれたらしく、手を振り返してくれた。

 するとそれを見た真ん中の子が、

「カエラ。誰に手を振ってるの?」

「うん。知り合い」

 とカエラと呼ばれた子が返事をすると、真ん中の子が車内を見回しながら、

「怖い怖い。ウチらの他に誰も乗ってないし」

 と言った。するともう一人の子が、

「ツリだツリ。ウチはだまされねーから」

 と言ったあと、

「てか、ミノリ。さっきからスカートの尻まくれてパンツ丸見えだかんな」

「アイリほんと? 直してよ」

 と言ってミノリさんがお尻を突き出したのでアイリさんはそのお尻をペシペシたたいて、

「嘘だって、だまされてんの。ウケル」

 と言ったので、今度はアイリさんが、

「こんの。テメ、コロス」

 と以前と同じように躍りかかっていった。

 それをカエラさんが横目で見ながら、あたしに困った顔をした。

 あたしも中途半端に笑顔を作って向き直るとクロエがあたしに体を寄せて、

「フジミユもあの世の人のこと気に掛けるようになったんだ」

 と言ったのだった。

 大門総合スポーツ公園を過ぎた。

あたしが過ごしたコテージは森の中にあるのでバス通りからは見えなかった。

 この夏、あのコテージを拠点にあたしは沢山の経験をしたのだ。

あたしも少しは成長しただろうか。失ったものも大きかったけれど、その代わりたくさんの人との出会いがあった。

その中であたしは成長させてもらった。

だからあたしもクロエのように胸を張ってミユウに会いに行こうと思う。

 バスが西山の山道を登り始めると周囲の森が普段と違う顔をしていた。

いつもはただの暗闇と思っていた森の中に、沢山のヒダルがあふれているのを感じたのだ。

木々の間や崖の上を目をこらすと、そこかしこに黒い影あってこちらを見つめている。

あたしたちが弱るのを待って体を奪うつもりなのだろうか。

 そのころになるとクロエはまったく口をきかなくなった。

山道のつづら折りに酔ったのではないのは分かった。

すでに息が荒く瞳の色が金色に変わりかけていた。

「大丈夫?」

「ダメっぽい。でも手を放さないで。手をつないでると発現を抑えられるってユウが言ってたから」

 それはユウさんとミユウだから出来たことかもしれないと思うと、クロエの頼みをいつまで聞いてあげられるか分からなかった。

 〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、歴史の里、四ツ辻へようこそ〉

 (ゴリゴリーン)

 ようやく四ツ辻だ。

立つのもやっとな感じのクロエを支えながらバスを降りると、公民館の入り口で紫子さんが待っていてくれた。

 紫子さんはクロエの様子を見ると急ぎ足で近づいてきて、

「月の南中までまだ時間があるのに、ちょっと早い感じかな」

 と言ったのだった。

 時刻は22時少し前だった。

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