「夕霧物語」鬼子神社にいた身内
文字数 1,905文字
夕霧太夫はこの焼け跡の土の下で儚くも息を繋いでおられた。
あたしは宿場中、いや街道中にそのことを喧伝して回りたい衝動にかられた。
しかし、一番に注意しなければいけないのは、ここに夕霧太夫が埋もれていることを他の誰かに知られることだった。
阿波の鳴門屋を打ち壊し、焼き打ちをしたような輩ならば、夕霧太夫が見つかればどんな辱めをするかわからない。
あたしは黙して、夕霧太夫を守らなければならなかった。
ただ、夕霧太夫が埋もれている箇所は、太い梁材が折り重なって、とてもあたし一人では取り除くことが出来そうになかった。
あたしは口が堅く、味方になってくれる人を探した。
しかし、阿波の鳴門屋の身内が離散した今となってはとても困難なことだった。
夜になって塚へ行き、夕霧太夫を隠すための廃材をどけ、お口を水で潤し、廃材を元に戻す。
昼は方々歩いて味方になってくれる人を探す。
そんな毎日が過ぎて行った。
そうしてある朝、いつものようにゆびきりを伏し拝まんと懐に手を入れた時、指先に触るものがあった。
取り出して見ると、あの日に頂いた千代に折られた夕霧太夫のお手紙だった。
あれからどこへやったものかと探していたものだった。
見ると、最初の時のままに
「やまのおにこじんじやにまゐれ」
そうあった。
あたしは、一心に鬼子神社に走った。
昼に始めてきて、鳥居があったことを知った。
鳥居もやはり倒れかけていて、内側から木材で支えられてやっと立っていた。
あたしは鳥居をくぐり相変わらず水で浸された境内をずぶずぶと渡って社殿に入る。
倒壊しそうな危うさはそのままだったが、以前来た時とは違い生き物の気配があった。
「だれか、いますか?」
ガタン!
社殿の床板が抜けて、そこからぬうっと大男があらわれた。
まめぞうだった。
身の丈7尺半の巨躯は、朽ちかけた社殿には過分な存在に見えた。
床下から、続いてさだきち、りすけが顔を出す。
さだきちは髭面が特徴で背は小さいが筋骨たくましい壮年、りすけは痩身で背が高く薄い筋肉のついた、おそらくあたしより少し年下で、元服前ぐらいの少年だろう。
どちらもまめぞうと同族の大食国人で、目鼻立ちがはっきりして肌の色は浅黒い。
あたしは彼らを見て、夕霧太夫のお手紙がまさにこの時のためだったと悟った。
彼らと再会を喜んで、あたしは言葉のない彼らに今の状況と助けが欲しい旨を手振りで説明する。
さだきちとりすけは理解しようと真剣にあたしのことを見てくれていたが、
まめぞうは遠くの山並みを眺めて知らぬ風をしていた。
阿波の鳴門屋が終わりを迎えた時、おそらく店の主に解放された彼らに、夕霧太夫を助ける理由は何もない。
彼らは既に自由の身なのだ。
だから、否という返事になるのは覚悟していた。
話を終えると、まめぞうはぎゅっとあたしを見下ろし、
大きく一つ頷いてくれた。
ところが困ったことに、まめぞうたちは今すぐと理解してしまったらしく、山道をどんどん降りて行く。
あたしが通せんぼをしても、片手で押しのけられてどうしようもない。
宿場ではまめぞうたちが戻ってきたと噂になって、夕霧塚に着いた時には周りに人垣が出来る始末だった。
こうなったら仕方がないから、まめぞうたちに任せるよりほかにない。
廃材をどかして夕霧太夫の居場所を示して、作業を始めてもらった。
まめぞう、さだきち、りすけの3人の力はものすごく、普通なら十人がかりでどうかという巨大な梁を軽々と持ち上げてどかしてしまった。
そうしてほんの小一時間で、夕霧太夫の御身を掘り出すことに成功したのだった。
あたしは以前から集めて大事にしまっておいた晒布で夕霧太夫の御身を包んで、りすけに負ぶってもらった。
そして夕霧塚を後にしようと野次馬の人垣を掻き分けて行くと、
「おい塚荒らし。そいつをこっちによこせ」
と人相の悪い男に呼び止められた。
見ると、数十人のごろつき連中がこちらに近づいて来るところだった。
おそらくは阿波の鳴門屋を打ち壊し、火を放った輩だろう。
あたしが夕霧太夫とその者たちとの間に立ち塞がると、
「邪魔だてすると怪我するぞ!」
とすごんで見せる。
そこにまめぞうが前に進み出て、先頭で息巻く男の首根っこを掴むと、
そのまま近くの家の屋根の上に放り投げてしまった。
それを見た野次馬はやんやの大騒ぎ。ごろつき連中は度肝を抜かれたか、じりじりと後ずさりしてゆく。
そこにさだきちが、
「がーーーー!」
と叫んだものだから、輩は驚天動地、一散に逃げて行ってしまった。
あとに残ったのは、野次馬の歓喜。
あたしたちは無事に宿場を後にすることが出来たのだった。
夕霧太夫。そしてまめぞう、さだきちにりすけ。
あたしは最高の身内に再会することが出来た。
あたしは宿場中、いや街道中にそのことを喧伝して回りたい衝動にかられた。
しかし、一番に注意しなければいけないのは、ここに夕霧太夫が埋もれていることを他の誰かに知られることだった。
阿波の鳴門屋を打ち壊し、焼き打ちをしたような輩ならば、夕霧太夫が見つかればどんな辱めをするかわからない。
あたしは黙して、夕霧太夫を守らなければならなかった。
ただ、夕霧太夫が埋もれている箇所は、太い梁材が折り重なって、とてもあたし一人では取り除くことが出来そうになかった。
あたしは口が堅く、味方になってくれる人を探した。
しかし、阿波の鳴門屋の身内が離散した今となってはとても困難なことだった。
夜になって塚へ行き、夕霧太夫を隠すための廃材をどけ、お口を水で潤し、廃材を元に戻す。
昼は方々歩いて味方になってくれる人を探す。
そんな毎日が過ぎて行った。
そうしてある朝、いつものようにゆびきりを伏し拝まんと懐に手を入れた時、指先に触るものがあった。
取り出して見ると、あの日に頂いた千代に折られた夕霧太夫のお手紙だった。
あれからどこへやったものかと探していたものだった。
見ると、最初の時のままに
「やまのおにこじんじやにまゐれ」
そうあった。
あたしは、一心に鬼子神社に走った。
昼に始めてきて、鳥居があったことを知った。
鳥居もやはり倒れかけていて、内側から木材で支えられてやっと立っていた。
あたしは鳥居をくぐり相変わらず水で浸された境内をずぶずぶと渡って社殿に入る。
倒壊しそうな危うさはそのままだったが、以前来た時とは違い生き物の気配があった。
「だれか、いますか?」
ガタン!
社殿の床板が抜けて、そこからぬうっと大男があらわれた。
まめぞうだった。
身の丈7尺半の巨躯は、朽ちかけた社殿には過分な存在に見えた。
床下から、続いてさだきち、りすけが顔を出す。
さだきちは髭面が特徴で背は小さいが筋骨たくましい壮年、りすけは痩身で背が高く薄い筋肉のついた、おそらくあたしより少し年下で、元服前ぐらいの少年だろう。
どちらもまめぞうと同族の大食国人で、目鼻立ちがはっきりして肌の色は浅黒い。
あたしは彼らを見て、夕霧太夫のお手紙がまさにこの時のためだったと悟った。
彼らと再会を喜んで、あたしは言葉のない彼らに今の状況と助けが欲しい旨を手振りで説明する。
さだきちとりすけは理解しようと真剣にあたしのことを見てくれていたが、
まめぞうは遠くの山並みを眺めて知らぬ風をしていた。
阿波の鳴門屋が終わりを迎えた時、おそらく店の主に解放された彼らに、夕霧太夫を助ける理由は何もない。
彼らは既に自由の身なのだ。
だから、否という返事になるのは覚悟していた。
話を終えると、まめぞうはぎゅっとあたしを見下ろし、
大きく一つ頷いてくれた。
ところが困ったことに、まめぞうたちは今すぐと理解してしまったらしく、山道をどんどん降りて行く。
あたしが通せんぼをしても、片手で押しのけられてどうしようもない。
宿場ではまめぞうたちが戻ってきたと噂になって、夕霧塚に着いた時には周りに人垣が出来る始末だった。
こうなったら仕方がないから、まめぞうたちに任せるよりほかにない。
廃材をどかして夕霧太夫の居場所を示して、作業を始めてもらった。
まめぞう、さだきち、りすけの3人の力はものすごく、普通なら十人がかりでどうかという巨大な梁を軽々と持ち上げてどかしてしまった。
そうしてほんの小一時間で、夕霧太夫の御身を掘り出すことに成功したのだった。
あたしは以前から集めて大事にしまっておいた晒布で夕霧太夫の御身を包んで、りすけに負ぶってもらった。
そして夕霧塚を後にしようと野次馬の人垣を掻き分けて行くと、
「おい塚荒らし。そいつをこっちによこせ」
と人相の悪い男に呼び止められた。
見ると、数十人のごろつき連中がこちらに近づいて来るところだった。
おそらくは阿波の鳴門屋を打ち壊し、火を放った輩だろう。
あたしが夕霧太夫とその者たちとの間に立ち塞がると、
「邪魔だてすると怪我するぞ!」
とすごんで見せる。
そこにまめぞうが前に進み出て、先頭で息巻く男の首根っこを掴むと、
そのまま近くの家の屋根の上に放り投げてしまった。
それを見た野次馬はやんやの大騒ぎ。ごろつき連中は度肝を抜かれたか、じりじりと後ずさりしてゆく。
そこにさだきちが、
「がーーーー!」
と叫んだものだから、輩は驚天動地、一散に逃げて行ってしまった。
あとに残ったのは、野次馬の歓喜。
あたしたちは無事に宿場を後にすることが出来たのだった。
夕霧太夫。そしてまめぞう、さだきちにりすけ。
あたしは最高の身内に再会することが出来た。