「辻沢日記 27」
文字数 1,866文字
帰り際、蘇芳さんが
「何か調査してるって聞いたから」
と、あたしにだけ実サンショウの苗木を持たせてくれた。
あたしの背丈より少し高いくらいのものだ。
あたしの調査テーマは「辻沢の建築文化」だ。
それに山椒の苗木は全然必要ないと思うけど、せっかくなのでありがたく頂戴することにした。
拠点のホテルに置かせてもらえるといいのだけれど……。
「下のバス停まで送るよ」
蘇芳さんのサンショウ農園は広く、バス通りまではずっと農園内の私道だ。
それを歩くと20分近くかかる。
他の手伝いの方たちは自分の車で来ているので自力で行き来するけれど、あたしは今朝もバス停から歩いて登って、それこそひだるい思いをした。
蘇芳さんが運転する農作業用軽トラの助手席に乗って、大揺れに揺れる農道を行く。
何度か天井に頭をぶつけそうになる。
運転席の蘇芳さんは本当に同い年?ってぐらい逞しく見える。
ダッドハットを被り(マークはマリファナかと思ったら木ノ芽だった)、黒地に黄色い文字でX=Longとロゴが入ったTシャツの袖をまくり上げ、腕を窓から出しながら軽トラのハンドルを片手で握る蘇芳さんはまさにアニキって感じ。
女子だけど。
「あんたも辻沢の人みたいだから分かると思うけど、本当に気を付けなね。あれで作左衛門さんの人相観は当たるからね」
そういわれても、何をどう気を付ければいいのか。
「よかったら手伝いの間だけでも、ウチんとこ来ないか?」
言うことまでアニキ。
バス停で蘇芳さんにお礼を言って別れてから何分たっただろう。
たしか、18時台に一本来るはずだったのにもう19時を過ぎている。
農園の反対側が深い谷間になっていて、そこに迫り出すようにバス停が設けてある。
まだ空は少し明るいけれどバス停の周りは既に暗く電灯がずっと前から灯っている。
こんな人も通わないような所に30分以上も一人でいるとさすがに心細い。
こういう峠の道にひだる様が出るって鞠野フスキが言ってたのを思い出した。
さっき実サンショウの塩漬けにぎりを食べたばっかりだからお腹のほうは大丈夫。
気味が悪いのが谷の底から聞こえて来る、ジーーーーという耳鳴りのような虫の声とギョギョギョギョというどんな生き物のものか分からない鳴き声だ。
それからしばらくして、山に反響して車のエンジン音が聞こえてきた。
やっとバスが来たみたい。
稜線のカーブを曲がってヘッドライトの光をまき散らしながらバスが近づいてくる。
行き先は「38 辻沢駅」とあった。
これはラッキー。
たしか大曲経由は38番線だったはず。
バスがゆっくりと止まって扉が開いた。
「大曲行きますよね」
「はい」
「じゃあ、大曲まで」
(ゴリゴリーン)
乗客は一人もいなかった。
あたしは中扉に近い席に座った。
車内はクーラーが効いていて一気に汗が引いていく。
すぐ出発するのかと思ったらなかなか発車しないで何かを待っている様子。
こんなに遅れて時間調整というのも変だなと思っていると、運転手さんが入口に向かって身を乗り出し、
〈乗るのかい?〉
とマイクロフォンで話しかけた。
誰かが来るのを待っていたんだ。
少し間があって運転手さんが、
〈いや、だめだ〉
と言うと、すぐに扉が閉まりバスが急発進した。
激しい動きに体を揺さぶられながら窓の外を見ると、バス停にパジャマ姿の女の子が立っていてこちらに手を振っていた。
しばらく走ってから運転手さんが、
〈お客さん、変なのに好かれたみたいだね〉
「変なの。ですか?」
〈ああ、普通の子はパジャマ姿で「乗ってもいい?」なんて聞いてこないからね〉
と言った。
そしてマイクロフォンを切ると、
「スギコギスギコギ、もうすぐ朝が明けますよ・・・・・」
とスギコギの唄を歌いだした。
あの「変なの」はずっとあたしのことを付け狙ってたのだろうか?
どうして襲わなかった?
空飛ぶ生き物は前触れもなく襲って来たのに。
ということはまた違う生き物?
とりあえず今回は蘇芳さんに持たせてもらった実サンショウの苗木と、体中がサンショウ臭かったせいと思うことにしよう。
5日後、蘇芳さんの農園での作業が一段落した。
その間、蘇芳さんのご厚意に甘えることはしないで毎日大曲から通った。
蘇芳さんは、それじゃああたしの気が済まないと、帰りだけはバイパスのバス停まで車で送ってくれた上に、バスが来るまで一緒にいてくれた。
初日のパジャマの子の話を聞いてもらったのもあったと思う。
すごくありがたかった。
ただ、毎日違う種類のサンショウの苗木を持たされるのには少々困った。
おかげであたしのホテルの部屋はサンショウの見本市状態。
「何か調査してるって聞いたから」
と、あたしにだけ実サンショウの苗木を持たせてくれた。
あたしの背丈より少し高いくらいのものだ。
あたしの調査テーマは「辻沢の建築文化」だ。
それに山椒の苗木は全然必要ないと思うけど、せっかくなのでありがたく頂戴することにした。
拠点のホテルに置かせてもらえるといいのだけれど……。
「下のバス停まで送るよ」
蘇芳さんのサンショウ農園は広く、バス通りまではずっと農園内の私道だ。
それを歩くと20分近くかかる。
他の手伝いの方たちは自分の車で来ているので自力で行き来するけれど、あたしは今朝もバス停から歩いて登って、それこそひだるい思いをした。
蘇芳さんが運転する農作業用軽トラの助手席に乗って、大揺れに揺れる農道を行く。
何度か天井に頭をぶつけそうになる。
運転席の蘇芳さんは本当に同い年?ってぐらい逞しく見える。
ダッドハットを被り(マークはマリファナかと思ったら木ノ芽だった)、黒地に黄色い文字でX=Longとロゴが入ったTシャツの袖をまくり上げ、腕を窓から出しながら軽トラのハンドルを片手で握る蘇芳さんはまさにアニキって感じ。
女子だけど。
「あんたも辻沢の人みたいだから分かると思うけど、本当に気を付けなね。あれで作左衛門さんの人相観は当たるからね」
そういわれても、何をどう気を付ければいいのか。
「よかったら手伝いの間だけでも、ウチんとこ来ないか?」
言うことまでアニキ。
バス停で蘇芳さんにお礼を言って別れてから何分たっただろう。
たしか、18時台に一本来るはずだったのにもう19時を過ぎている。
農園の反対側が深い谷間になっていて、そこに迫り出すようにバス停が設けてある。
まだ空は少し明るいけれどバス停の周りは既に暗く電灯がずっと前から灯っている。
こんな人も通わないような所に30分以上も一人でいるとさすがに心細い。
こういう峠の道にひだる様が出るって鞠野フスキが言ってたのを思い出した。
さっき実サンショウの塩漬けにぎりを食べたばっかりだからお腹のほうは大丈夫。
気味が悪いのが谷の底から聞こえて来る、ジーーーーという耳鳴りのような虫の声とギョギョギョギョというどんな生き物のものか分からない鳴き声だ。
それからしばらくして、山に反響して車のエンジン音が聞こえてきた。
やっとバスが来たみたい。
稜線のカーブを曲がってヘッドライトの光をまき散らしながらバスが近づいてくる。
行き先は「38 辻沢駅」とあった。
これはラッキー。
たしか大曲経由は38番線だったはず。
バスがゆっくりと止まって扉が開いた。
「大曲行きますよね」
「はい」
「じゃあ、大曲まで」
(ゴリゴリーン)
乗客は一人もいなかった。
あたしは中扉に近い席に座った。
車内はクーラーが効いていて一気に汗が引いていく。
すぐ出発するのかと思ったらなかなか発車しないで何かを待っている様子。
こんなに遅れて時間調整というのも変だなと思っていると、運転手さんが入口に向かって身を乗り出し、
〈乗るのかい?〉
とマイクロフォンで話しかけた。
誰かが来るのを待っていたんだ。
少し間があって運転手さんが、
〈いや、だめだ〉
と言うと、すぐに扉が閉まりバスが急発進した。
激しい動きに体を揺さぶられながら窓の外を見ると、バス停にパジャマ姿の女の子が立っていてこちらに手を振っていた。
しばらく走ってから運転手さんが、
〈お客さん、変なのに好かれたみたいだね〉
「変なの。ですか?」
〈ああ、普通の子はパジャマ姿で「乗ってもいい?」なんて聞いてこないからね〉
と言った。
そしてマイクロフォンを切ると、
「スギコギスギコギ、もうすぐ朝が明けますよ・・・・・」
とスギコギの唄を歌いだした。
あの「変なの」はずっとあたしのことを付け狙ってたのだろうか?
どうして襲わなかった?
空飛ぶ生き物は前触れもなく襲って来たのに。
ということはまた違う生き物?
とりあえず今回は蘇芳さんに持たせてもらった実サンショウの苗木と、体中がサンショウ臭かったせいと思うことにしよう。
5日後、蘇芳さんの農園での作業が一段落した。
その間、蘇芳さんのご厚意に甘えることはしないで毎日大曲から通った。
蘇芳さんは、それじゃああたしの気が済まないと、帰りだけはバイパスのバス停まで車で送ってくれた上に、バスが来るまで一緒にいてくれた。
初日のパジャマの子の話を聞いてもらったのもあったと思う。
すごくありがたかった。
ただ、毎日違う種類のサンショウの苗木を持たされるのには少々困った。
おかげであたしのホテルの部屋はサンショウの見本市状態。