「書かれた辻沢 102」
文字数 1,969文字
勢いを取り戻した社殿の船は再び血汚泥の流れに乗って山の斜面を滑り降りてゆく。
時々ひだるさまが舷側にとりついて甲板によじ登って来たが、苦もなく突き返す程度に減っていた。
山襞が開け、前方から吹き付ける風の匂いが変わった。
視線の先に真紅の海が広がっり血潮の波が寄せ返しているのが見えた。
甲板のみんながその真っ赤な海に見入っていた。
「レッド・オーシャンだね」
クロエがこそっと耳打ちしてきた。
自分の言葉だけど改めて聞くと少しこそばゆかった。
あたしたちの船は西山を下った勢いのまま赤い海に進水した。
血飛沫が上がり甲板にいた5人全員がそれを浴びてしまった。
ユウさんもまひるさんも額からしたたる血の流れを拭いながら、さらなる行く手を遠望している。
その視線の先に、黒々と盛り上がった青墓の木々が見えていた。
追い風や潮流があるわけでもない。
血潮の波に社殿の船は揺れながらも青墓に向かって進んでゆく。
波間に沢山のひだるさまが浮いているのが見える。
それらはただ揺蕩っているばかり。
血面が凝固してひだるさまになることもあったが、すぐまた溶けて血に復すのがほとんどだった。
ようやく岸辺に近づいてきた。
手前に黒い葉のヒイラギが生い茂っているのが分かる。
ここはエニシの切り替えの時に来た青墓の外れのようだった。
「あれ、流砂の穴かな」
クロエが船のすぐ下を指して言った。
ヒイラギの森には所々流砂の穴があって、落ちないよう苦労して歩いたのを思い出す。
クロエが指した場所を覗き込んで見ると、そこに流砂はなく沢山の血潮の渦が出来ていた。
どれも規模は小さく船を飲み込むほどではなかったが、ヒイラギの木々が生い茂る近くに無数にあって、赤い海から溢れた血潮をその渦がことごとく吸い込んでいた。
「これどこに通じてるのかな」
とクロエが言うと、後ろからユウさんが、
「雄蛇ガ池だよ」
と言った。
「じゃあ、いま雄蛇ガ池も血の池に?」
と辻沢の人が驚く顔を想像したら、
「さあどうかな。こっちと向こうは違うから」
するとまひるさんが、
「案外、これが向こうに行ったら蛭人間とかヒダルになるのかもしれませんね」
と言ったが、本当にそのような気がした。
蛭人間や屍人、ヴァンパイアもそうだが、向こうで滅殺されると、すべて青墓の地面に吸い込まれるように消えて無くなる。
その後のことを考えたこともなかったけれど、もしかしたら青墓の地面を通ってこの血の海に戻ってくるのではないのだろうか。
そして戻ってきたものは、凝固してひだるさまとなるか再び血渦によってに現世に送られるかする。
青墓はその循環の役目を負っているのかもしれない。
社殿の船は青墓の岸辺に沿うように流されていた。
そこから見える杜の中はしんと静まりかえっていて不気味だ。
夕霧一行も、辻沢の町を出て伊左衛門がまめぞうたちに別れを切り出した六地蔵までは平穏な道行きだった。
青墓の杜に足を踏み入れてすぐ、待ち構えていたかのようにひだるさまの大群が襲って来たのだ。
今も、あの暗い杜の奥から、あたしたちを殲滅せんとひだるさまが狙っていると思うだけで、背筋が寒くなった。
「入り江だ」
ユウさんが舳から前方を指さしていた。
クロエとあたしもユウさんの指さすほうを見た。
それは木々の生え方から推して、駐車場からの道の窪地に沿って出来たもののようだった。
「あそこに入れるかな」
クロエが言ったが心配はなさそうだった。
すでにユウさんやまひるさんは気づいていたようだけれど、社殿の船は意思を持っているかのように、一つ所をめざしていたからだ。
思った通りに船は不自然に進路を変え、入り江に向かって進み出した。
青墓の杜の中に進んで行くと、それまでの赤く染まった景色が一変して、冷たい青黒い世界へと変貌した。
気のせいか寒くなった感じがした。
杜の木々が舷側に迫る細い水路をしばらく行くと視界が少し広くなった。
見上げる黒い木々は船を円形に囲んでいる。
そして船の動きがゆっくりと止まった。
そこは泊まりだった。船はここに舫うために移動してきたのだった。
見回すとあたりにはいく棟もの社殿が放置されていた。
中にはまだ浮いているものもあったが、ほとんどが沈下している。
まだかろうじて船と分かるもの、倒壊して形を失ったもの、骨だけのもの。
時代時代にここにやってきた人たちが置き去りにした社殿の数々。
まるで鯨の墓場のようにひっそりと時を刻んでいた。
「降りよう」
ユウさんが言った。
それに続いてまひるさん、クロエ、あたし、アレクセイの順で隣の船の甲板に渡った。
それからいくつもの廃船を伝ってようやく地面に降り立った。
ユウさんはみんながそろったのを確認すると、乗ってきた社殿の船を見上げて、
「ミユウの説を証明できた」
と言うと、
「みんな、ありがとう」
と涙を拭ったのだった。
時々ひだるさまが舷側にとりついて甲板によじ登って来たが、苦もなく突き返す程度に減っていた。
山襞が開け、前方から吹き付ける風の匂いが変わった。
視線の先に真紅の海が広がっり血潮の波が寄せ返しているのが見えた。
甲板のみんながその真っ赤な海に見入っていた。
「レッド・オーシャンだね」
クロエがこそっと耳打ちしてきた。
自分の言葉だけど改めて聞くと少しこそばゆかった。
あたしたちの船は西山を下った勢いのまま赤い海に進水した。
血飛沫が上がり甲板にいた5人全員がそれを浴びてしまった。
ユウさんもまひるさんも額からしたたる血の流れを拭いながら、さらなる行く手を遠望している。
その視線の先に、黒々と盛り上がった青墓の木々が見えていた。
追い風や潮流があるわけでもない。
血潮の波に社殿の船は揺れながらも青墓に向かって進んでゆく。
波間に沢山のひだるさまが浮いているのが見える。
それらはただ揺蕩っているばかり。
血面が凝固してひだるさまになることもあったが、すぐまた溶けて血に復すのがほとんどだった。
ようやく岸辺に近づいてきた。
手前に黒い葉のヒイラギが生い茂っているのが分かる。
ここはエニシの切り替えの時に来た青墓の外れのようだった。
「あれ、流砂の穴かな」
クロエが船のすぐ下を指して言った。
ヒイラギの森には所々流砂の穴があって、落ちないよう苦労して歩いたのを思い出す。
クロエが指した場所を覗き込んで見ると、そこに流砂はなく沢山の血潮の渦が出来ていた。
どれも規模は小さく船を飲み込むほどではなかったが、ヒイラギの木々が生い茂る近くに無数にあって、赤い海から溢れた血潮をその渦がことごとく吸い込んでいた。
「これどこに通じてるのかな」
とクロエが言うと、後ろからユウさんが、
「雄蛇ガ池だよ」
と言った。
「じゃあ、いま雄蛇ガ池も血の池に?」
と辻沢の人が驚く顔を想像したら、
「さあどうかな。こっちと向こうは違うから」
するとまひるさんが、
「案外、これが向こうに行ったら蛭人間とかヒダルになるのかもしれませんね」
と言ったが、本当にそのような気がした。
蛭人間や屍人、ヴァンパイアもそうだが、向こうで滅殺されると、すべて青墓の地面に吸い込まれるように消えて無くなる。
その後のことを考えたこともなかったけれど、もしかしたら青墓の地面を通ってこの血の海に戻ってくるのではないのだろうか。
そして戻ってきたものは、凝固してひだるさまとなるか再び血渦によってに現世に送られるかする。
青墓はその循環の役目を負っているのかもしれない。
社殿の船は青墓の岸辺に沿うように流されていた。
そこから見える杜の中はしんと静まりかえっていて不気味だ。
夕霧一行も、辻沢の町を出て伊左衛門がまめぞうたちに別れを切り出した六地蔵までは平穏な道行きだった。
青墓の杜に足を踏み入れてすぐ、待ち構えていたかのようにひだるさまの大群が襲って来たのだ。
今も、あの暗い杜の奥から、あたしたちを殲滅せんとひだるさまが狙っていると思うだけで、背筋が寒くなった。
「入り江だ」
ユウさんが舳から前方を指さしていた。
クロエとあたしもユウさんの指さすほうを見た。
それは木々の生え方から推して、駐車場からの道の窪地に沿って出来たもののようだった。
「あそこに入れるかな」
クロエが言ったが心配はなさそうだった。
すでにユウさんやまひるさんは気づいていたようだけれど、社殿の船は意思を持っているかのように、一つ所をめざしていたからだ。
思った通りに船は不自然に進路を変え、入り江に向かって進み出した。
青墓の杜の中に進んで行くと、それまでの赤く染まった景色が一変して、冷たい青黒い世界へと変貌した。
気のせいか寒くなった感じがした。
杜の木々が舷側に迫る細い水路をしばらく行くと視界が少し広くなった。
見上げる黒い木々は船を円形に囲んでいる。
そして船の動きがゆっくりと止まった。
そこは泊まりだった。船はここに舫うために移動してきたのだった。
見回すとあたりにはいく棟もの社殿が放置されていた。
中にはまだ浮いているものもあったが、ほとんどが沈下している。
まだかろうじて船と分かるもの、倒壊して形を失ったもの、骨だけのもの。
時代時代にここにやってきた人たちが置き去りにした社殿の数々。
まるで鯨の墓場のようにひっそりと時を刻んでいた。
「降りよう」
ユウさんが言った。
それに続いてまひるさん、クロエ、あたし、アレクセイの順で隣の船の甲板に渡った。
それからいくつもの廃船を伝ってようやく地面に降り立った。
ユウさんはみんながそろったのを確認すると、乗ってきた社殿の船を見上げて、
「ミユウの説を証明できた」
と言うと、
「みんな、ありがとう」
と涙を拭ったのだった。