「書かれた辻沢 52」

文字数 2,553文字

 大門総合スポーツ公園に付いてフェラーリから降りると、あたしは急いでコテージに向かった。

なんだかそわそわする感じがずっとしていたからだ。

クロエが近くにいる感じがする。

これまでは位置情報を常に用意していないと不安だったが、今はそんなものは無用だと感じられる。

 玄関ドアを開けて電気を付け一旦中の状態を確認してから、ユウさんとまひるさんに部屋に入って貰った。

「そろそろかな。クロエ」

 と言われて、これ以上ないくらいの確度でそうだと思った。

クロエは林の中から出てきてもうすぐバス通りを超えようとしている。

そして、あたしがここだよと念じたことに答えるかのように、まっすぐこのコテージに向かってきていた。

 コテージの階段を昇る足音がきこえた。

あたしは放蕩息子を迎えに出る父親のような気持ちで、って父親になんかなったことないし。

つい余計なことを考える癖なくさなきゃね、と思ってドアを開けた。

 ドアの前に立っていたのは、発現したクロエからすでにいつもの顔にもどったクロエだった。

ただそれは意識の閾にいるときのクロエだ。

おそらくクロエは夢をみているような感覚なのだろう。

焦点の合わない眼差しであたしの顔を見ている。

着ている服がびしょ濡れの、今にも倒れそうなクロエを、

「いらっしゃい」

 と中に請じ入れる。

そしてその胸から何か黒いアームのような物がぶら下がっているのに気がついた。

「あれ、これカメラだね」

 とそれに手を差しだそうとしたら、クロエはそのまま前のめりに倒れてしまった。

 あたしは急いで抱き起こそうとしたけれど、心配するほどのことはなかった。

クロエは大イビキを掻いて眠っていたのだ。

「寝ちゃったね」

 ユウさんが言った。

「ここで寝ててもいいけども、目覚めたとき元のところにいないと、まだ混乱するかもね」

 自覚経験者のユウさんが言うことには重みがある。

「あたしが調様までお送りしましょう」

 とまひるさん。

 そうして貰えるとありがたかった。

ここはやはり鬼子使いのあたしがと言いたかったが、この状態のクロエを運ぶことはあたしには無理だったから。

ミユウはユウさんを抱えて全速力で走れるって言ってたけど、あたしにそんな体力はないのだ。

 夜明けまでまだしばらく時間があるので、お二人にシナモン入りのチャイを作って寛いで貰った。

 その間に、あたしはクロエのゴリプロからメモリーを取り出して中身を確認する。

 あたしのノートPCに映像が映し出された。

前半部分は鞠野先生とあたしが追いかけた地上の映像だったが、後半は地下道に下りてからのもので、全体が真っ暗だった。

そして時々激しく争う音。

「それ、地下道で屍人と戦ってるんだよ」

 ユウさんが言った。

地下道に降りると異常なほど屍人に出くわすとユウさんは補足した。

まるで鬼子のことを待ち構えているかのようだという。

 ベッドに寝そべって寝息を立てているクロエを見る。

そんな中でずっと戦ってきたのだからくたくたになるわけだ。

「今の声、気になりませんか」

 まひるさんが言った。

あたしは動画を戻して聞き直してみる。

聞こえた。その声はこう言っていた。

「クロエ、あたしたち友達だよね」

 別次元から聞こえるような声だったが、たしかにミユウの声だった。

クロエは地下道でミユウに会っていた。

 さらに動画を進めると、他の屍人と同じように激しくぶつかり合う音がしている。

もしかしたら、どちらかが襲いかかったのかも知れない。

なんといことだろう。いくらお互い別人格になってとはいえ友達同士で戦い合うなんて。

 あたしはスマフォの位置情報を出してクロエの移動履歴を表示した。

そして動画の時間と移動履歴の時間を比べてみる。

そうすればミユウがいた場所が分かると思ったからだ。

 そこから分かったのは、クロエがミユウに対峙したのが大曲の交差点だったということ。

ミユウは大曲にいたのだ。

「クロエは大曲でミユウに遭ったみたいです」

 あたしが言うと、ユウさんが。

「ミユウは、大曲に行けばボクに会えると思っているのかもね」

 と言った。

 屍人になってユウさんを探して彷徨っているミユウが不憫でならない。

「この部分はしばらくクロエには言わないでおこう。仲間討ちみたいでいやだから」

 あたしもそう思ったのでミユウに遭った部分を削除して、メモリーをゴリプロに戻しておいた。

「そろそろ調邸に返そう」

 ユウさんの指示であたしはクロエを支えてベッドから立たせると、まひるさんのフェラーリに向かった。

 あたしは、コテージに残るというユウさんに聞いてみた。

「クロエはあたしに会って何を話したかったんでしょう」

「わからないな。ボクの場合はミユウに今までありがとうって言いたかったけれど」

 あたしにクロエがそう言ってくれるのはもっと先のことだろうと思う。

初めの発現からクロエが大学生になるまでの間、ずっとお世話していたのクロエのおばあちゃんだ。

クロエとあたしは赤い糸で繋がっているかもしれないが、あたしは鬼子使いとしてはまだまだ駆け出しなのだから。

 いずれクロエには何を話したかったか聞いてみようと思う。

次の潮時くらいまでに聞ければいいのだけれど。

 あたしはクロエを抱きかかえてフェラーリの助手席に座った。

「むぎゅう」

お膝に人を乗せるってこんなに重かったのか。ユウさんごめんなさい。

「お願いします」

 と言うと、まひるさんが、

「ごちそうさまでした。とってもおいしいチャイでした」

 と言ってくれた。とても嬉しかった。

 夜明け間近に調邸に着いた。

まひるさんが由香里さんに電話をしておいてくれたおかげで、スムースにクロエをベッドに滑り込ませることが出来た。

クロエが部屋のベッドで寝息を立て始めたのを確認して下の階に降りて行くと、広間で由香里さんとまひるさんが話し込んでいた。

邪魔をしてもと思ったので、

「あの、あたし歩いて帰りますので。バスも始発がそろそろありますから」

 と戸口から声を掛けると、由香里さんが振り向いて、

「ミユキさん、こちらへどうぞ。お話がありますので」

 と言ったのだった。

 広間に入り、勧められるままにふっかふかのソファーに腰を下ろす。

「あの少女のことについてお伝えしておきたいことがあって」

 と由香里さんが話し出したのはサノクミさんに関わることだった。

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