「辻沢日記 63」
文字数 1,122文字
沈黙の時間が過ぎた。
あたしはなかなか死なないようだった。
恐る恐る目を開ける。
眉間の先に鈎爪はあったが、それは寸分も動いていなかった。
見ると、全てのひだるたちが同じ方を向いて凝固していた。
その視線の先で東の空が紫に染まっていた。
辻沢に夜明けが来たのだった。
ひだるさまはゆっくりと鈎爪を下におろすと、一斉に青墓の杜に向かって歩き出した。
さっきまであんなに執拗だったのに、ユウとあたしなど存在しないかのごとく、二人の側をかすめて通り過ぎて行く。
やがて、ひだるさまが全て去ってユウとあたしは雄蛇ヶ池の岸辺に取り残されたのだった。
そして雄蛇ヶ池の水かさが増して白い砂地が見えなくなり、いつもの深い緑の水面に戻って行った。
あたしはユウの隣に座って、ユウの左手にあたしの右手を並べてみた。
それを見ていると、次第に赤く染まった糸が見えてきた。
それはユウとあたしの薬指を繋ぐ、えにしの糸だった。
「ユウ。この赤い糸が見える?」
ユウが目を開けて自分の左手を見た。
「うん」
「いつから?」
「ずっと見えてたよ」
そうか。見失っていたのはあたしだけだったんだ。
でも、これでもう大丈夫。
これからもユウとあたしはずっと一緒だ。
「動ける?」
「無理」
そうだろうと思う。
いつも潮時が終わった後はあたしに担がれて元の場所にもどっている。
それ以上に今回はユウの疲労がひどかった。
そしてあたしもユウにもらった力が嘘のように消えてしまっていて、今は立つのがやっとだった。
「どうしよう。ユウを運べそうにない」
「あいつ呼ぼう」
「まひるさん?」
「明け方には帰るって言ってた」
まひるさんは出かけてたのか。
それで車がいつもと違ったのね。
「連絡方法教えて」
「ホテルに電話して、スカンポ下さいって言ったら繋げてくれる」
そうなんだ。リュックを探したがスマフォがなかった。
ミユキに貸してきたの忘れてた。
ユウが持ってるわけないし。
「近くのコンビニで電話してくる」
コンビニはバス通りに出てしばらく行ったところにある。
たしか公衆電話があったはずだった。
立ち上がると、ふらふらしたが何とか歩けそうだった。
ユウを雄蛇ヶ池の岸辺に残し、林の中の道をバス通りまで歩く。
林の下草に朝露が降り、路傍の草もキラキラと輝いていた。
思わず目でスカンポを探したが、食べられるのは春先の若芽だったことを思い出す。
バス通りに出て少し行くと、田んぼの中の一本道になる。
稲穂の香りを乗せて朝風が吹いてきた。
肌寒さを感じるのはTシャツもデニムも濡れているからだ。
はやくお風呂に入りたかった。
熱いシャワーを浴びて体中についたひだるさまや屍人の残滓を洗い流したかった。
そしてふかふかのベッドに寝ころぶのだ。
きっと秒で眠りに落ちることだろう。
あたしはなかなか死なないようだった。
恐る恐る目を開ける。
眉間の先に鈎爪はあったが、それは寸分も動いていなかった。
見ると、全てのひだるたちが同じ方を向いて凝固していた。
その視線の先で東の空が紫に染まっていた。
辻沢に夜明けが来たのだった。
ひだるさまはゆっくりと鈎爪を下におろすと、一斉に青墓の杜に向かって歩き出した。
さっきまであんなに執拗だったのに、ユウとあたしなど存在しないかのごとく、二人の側をかすめて通り過ぎて行く。
やがて、ひだるさまが全て去ってユウとあたしは雄蛇ヶ池の岸辺に取り残されたのだった。
そして雄蛇ヶ池の水かさが増して白い砂地が見えなくなり、いつもの深い緑の水面に戻って行った。
あたしはユウの隣に座って、ユウの左手にあたしの右手を並べてみた。
それを見ていると、次第に赤く染まった糸が見えてきた。
それはユウとあたしの薬指を繋ぐ、えにしの糸だった。
「ユウ。この赤い糸が見える?」
ユウが目を開けて自分の左手を見た。
「うん」
「いつから?」
「ずっと見えてたよ」
そうか。見失っていたのはあたしだけだったんだ。
でも、これでもう大丈夫。
これからもユウとあたしはずっと一緒だ。
「動ける?」
「無理」
そうだろうと思う。
いつも潮時が終わった後はあたしに担がれて元の場所にもどっている。
それ以上に今回はユウの疲労がひどかった。
そしてあたしもユウにもらった力が嘘のように消えてしまっていて、今は立つのがやっとだった。
「どうしよう。ユウを運べそうにない」
「あいつ呼ぼう」
「まひるさん?」
「明け方には帰るって言ってた」
まひるさんは出かけてたのか。
それで車がいつもと違ったのね。
「連絡方法教えて」
「ホテルに電話して、スカンポ下さいって言ったら繋げてくれる」
そうなんだ。リュックを探したがスマフォがなかった。
ミユキに貸してきたの忘れてた。
ユウが持ってるわけないし。
「近くのコンビニで電話してくる」
コンビニはバス通りに出てしばらく行ったところにある。
たしか公衆電話があったはずだった。
立ち上がると、ふらふらしたが何とか歩けそうだった。
ユウを雄蛇ヶ池の岸辺に残し、林の中の道をバス通りまで歩く。
林の下草に朝露が降り、路傍の草もキラキラと輝いていた。
思わず目でスカンポを探したが、食べられるのは春先の若芽だったことを思い出す。
バス通りに出て少し行くと、田んぼの中の一本道になる。
稲穂の香りを乗せて朝風が吹いてきた。
肌寒さを感じるのはTシャツもデニムも濡れているからだ。
はやくお風呂に入りたかった。
熱いシャワーを浴びて体中についたひだるさまや屍人の残滓を洗い流したかった。
そしてふかふかのベッドに寝ころぶのだ。
きっと秒で眠りに落ちることだろう。