「書かれた辻沢 81」
文字数 1,911文字
お風呂を上がるとあたしが大好きなラージハンバーグができていた。
大きめの耐熱皿に具材を入れてレンチン、お皿に取り分けて食べる。
寮でも何度か挑戦したけどうまくいかなかった。
久しぶりのお養母さんのご飯だ。とっても美味しい。
食べ終わってお養母さんと一緒に片付けをしてからリビングで庭のマリーゴールドを眺めていると、お養母さんが冷たい麦茶とナシを剥いて持って来てくれた。
「幸水ナシよ。大好きでしょう?」
あたしは豊水や二十世紀はそれほどでないけどシーズン最初に店先に並ぶ幸水ナシが好きだった。
お養母さんてば何から何まであたしの好物ばかり。
いつ帰って来るかもわからないのに用意して待っていてくれたのだ。
マリちゃんが亡くなったのが夏の終わりの今頃だというのは知っている。
だからマリーゴールドはマリちゃんの思い出なのだ。
きっとお養母さんの今の気持ちはこの庭のようにマリちゃんのことでいっぱいだろうのに、そんな中であたしのことも忘れずにいてくれる。
ありがたいと思う。
でも、あたしはもうすぐいなくなってしまう。
そうなったらお養母さんは鬼子のあたしのことはすっかり忘れてマリちゃんの思い出だけにゆっくり浸れるようになるだろう。
寂しいけれどお養母さんにとっては幸せなことなんじゃないか。
「お養母さん。このマリーゴールドの思い出って……」
と言うと、
「ミユキちゃん。覚えててくれたの? そうなのよ。ミユキちゃんが初めてこの家に来てくれたとき、お庭に一輪だけ咲いてたマリーゴールドを見て、このお花でお庭がいっぱいになればいいって言ってくれたの。それで……」
忘れていた。家で自分の記憶の糸を読んだことなかったし。あたしそんなことを言ったのか。
じゃあ、マリちゃんのためじゃなかったの?
「実はね、その一輪はね」
お養母さんは畳の部屋へ行って戻ってくると、
「あなたのお姉さんが植えた花だったの。ずっと黙っててごめんね」
と言って写真をあたしに見せた。
「この子よ。病気で亡くなったのよ。まだ5才だったの」
写真に写った明るく笑った少女はあたしが記憶の糸で見てきたマリちゃんだった。
「一生言わないつもりでいたんだけど、やっぱりそんなの変だなって思って、だって真理子はミユキちゃんのお姉さんなんだもの」
お養母さんは黙っていた理由は言わなかった。
それは他人の家にやってきた幼いあたしを不安にさせないための思いやりだというのは痛いほど分かっていた。
家の中から実の娘の思い出を消す。
それがお養母さんにとってどんなに辛かったかも想像がつく。
すべてはあたしの為だったのにお養母さんは何度も何度も謝ってくれた。
「お養母さん。謝らないで。あたし嬉しいんだよ」
あたしはマリちゃんのことをあたしのお姉さんと言ってくれたことがとても嬉れしかったのだ。
ずっとお養母さんの本当の家族と認めてもらっていたと思うと今までにない満ち足りた気持ちになった。
「初めまして、真理子ねえちゃん。妹のミユキです」
「初めまして、みゆきちゃん。姉の真理子です」
お養母さんは写真立てを傾けてマリちゃんにお辞儀をさせたのだった。
「あたしは一輪だけになったマリーゴールドを枯らさないように大事にしてきたけど、いつかきっと枯れてしまうって、真理子と同じようにあたしの前からいなくなってしまうって思っていた。でもミユキちゃんは、マリーゴールドをこの庭いっぱいに咲かせればいいって言ってくれた。あの言葉であたしは真理子はここで生き続けるって、もういなくならないって思えたの。ありがとう、ミユキちゃん」
そう言うとあたしのことを抱きしめてくれた。
しばらく二人でそのままでいた。庭のマリーゴールドの花が風に揺れて笑っているように見えた。
「お養母さん。あたしね」
「なあに?」
お養母さんは涙を拭きながらあたしを見て微笑んだ。わがままを言っても必ず聞き入れてくれた。
いつも大きな愛であたしのことを包んでくれた。
それを思うと、もう帰って来れないかもしれないとは言えなかった。
「何でもない」
と言うと、お養母さんはじっとあたしの目を見つめてから、
「そう、何があってもお養母さんがついてるからね」
と言ってもう一度抱きしめてくれた。
次の朝、お養母さんはいつものようにあたしの好きな塩握りの包みを渡してくれた。
「調査頑張ってね」
「うん。お養母さんも元気でね」
「あら、お養母さんはいつだって元気よ」
「そうだね」
そしてあたしは藤野の家の玄関を出た。
しばらく歩いて振り返ると、お養母さんが道路に出て手を振っていた。
あたしは手を大きく振り返して、
「さようなら、あたしの本当のお母さんはあなたです」
と心の中で言ったのだった。
大きめの耐熱皿に具材を入れてレンチン、お皿に取り分けて食べる。
寮でも何度か挑戦したけどうまくいかなかった。
久しぶりのお養母さんのご飯だ。とっても美味しい。
食べ終わってお養母さんと一緒に片付けをしてからリビングで庭のマリーゴールドを眺めていると、お養母さんが冷たい麦茶とナシを剥いて持って来てくれた。
「幸水ナシよ。大好きでしょう?」
あたしは豊水や二十世紀はそれほどでないけどシーズン最初に店先に並ぶ幸水ナシが好きだった。
お養母さんてば何から何まであたしの好物ばかり。
いつ帰って来るかもわからないのに用意して待っていてくれたのだ。
マリちゃんが亡くなったのが夏の終わりの今頃だというのは知っている。
だからマリーゴールドはマリちゃんの思い出なのだ。
きっとお養母さんの今の気持ちはこの庭のようにマリちゃんのことでいっぱいだろうのに、そんな中であたしのことも忘れずにいてくれる。
ありがたいと思う。
でも、あたしはもうすぐいなくなってしまう。
そうなったらお養母さんは鬼子のあたしのことはすっかり忘れてマリちゃんの思い出だけにゆっくり浸れるようになるだろう。
寂しいけれどお養母さんにとっては幸せなことなんじゃないか。
「お養母さん。このマリーゴールドの思い出って……」
と言うと、
「ミユキちゃん。覚えててくれたの? そうなのよ。ミユキちゃんが初めてこの家に来てくれたとき、お庭に一輪だけ咲いてたマリーゴールドを見て、このお花でお庭がいっぱいになればいいって言ってくれたの。それで……」
忘れていた。家で自分の記憶の糸を読んだことなかったし。あたしそんなことを言ったのか。
じゃあ、マリちゃんのためじゃなかったの?
「実はね、その一輪はね」
お養母さんは畳の部屋へ行って戻ってくると、
「あなたのお姉さんが植えた花だったの。ずっと黙っててごめんね」
と言って写真をあたしに見せた。
「この子よ。病気で亡くなったのよ。まだ5才だったの」
写真に写った明るく笑った少女はあたしが記憶の糸で見てきたマリちゃんだった。
「一生言わないつもりでいたんだけど、やっぱりそんなの変だなって思って、だって真理子はミユキちゃんのお姉さんなんだもの」
お養母さんは黙っていた理由は言わなかった。
それは他人の家にやってきた幼いあたしを不安にさせないための思いやりだというのは痛いほど分かっていた。
家の中から実の娘の思い出を消す。
それがお養母さんにとってどんなに辛かったかも想像がつく。
すべてはあたしの為だったのにお養母さんは何度も何度も謝ってくれた。
「お養母さん。謝らないで。あたし嬉しいんだよ」
あたしはマリちゃんのことをあたしのお姉さんと言ってくれたことがとても嬉れしかったのだ。
ずっとお養母さんの本当の家族と認めてもらっていたと思うと今までにない満ち足りた気持ちになった。
「初めまして、真理子ねえちゃん。妹のミユキです」
「初めまして、みゆきちゃん。姉の真理子です」
お養母さんは写真立てを傾けてマリちゃんにお辞儀をさせたのだった。
「あたしは一輪だけになったマリーゴールドを枯らさないように大事にしてきたけど、いつかきっと枯れてしまうって、真理子と同じようにあたしの前からいなくなってしまうって思っていた。でもミユキちゃんは、マリーゴールドをこの庭いっぱいに咲かせればいいって言ってくれた。あの言葉であたしは真理子はここで生き続けるって、もういなくならないって思えたの。ありがとう、ミユキちゃん」
そう言うとあたしのことを抱きしめてくれた。
しばらく二人でそのままでいた。庭のマリーゴールドの花が風に揺れて笑っているように見えた。
「お養母さん。あたしね」
「なあに?」
お養母さんは涙を拭きながらあたしを見て微笑んだ。わがままを言っても必ず聞き入れてくれた。
いつも大きな愛であたしのことを包んでくれた。
それを思うと、もう帰って来れないかもしれないとは言えなかった。
「何でもない」
と言うと、お養母さんはじっとあたしの目を見つめてから、
「そう、何があってもお養母さんがついてるからね」
と言ってもう一度抱きしめてくれた。
次の朝、お養母さんはいつものようにあたしの好きな塩握りの包みを渡してくれた。
「調査頑張ってね」
「うん。お養母さんも元気でね」
「あら、お養母さんはいつだって元気よ」
「そうだね」
そしてあたしは藤野の家の玄関を出た。
しばらく歩いて振り返ると、お養母さんが道路に出て手を振っていた。
あたしは手を大きく振り返して、
「さようなら、あたしの本当のお母さんはあなたです」
と心の中で言ったのだった。