「辻沢ノーツ 61」

文字数 1,347文字

 どうして思いつかなかったんだろう。

自分のスマホに電話を掛けてみること。

「はい」

出た。

勝手にいろいろ話しだした。この声は。

「青墓で待ってる」

と言って電話が切れた。

もう一度掛けたけど繋がらなかった。

あたしは急いで支度をして、青墓へ行く最終バスに乗った。

「青墓北境まで」

(ゴリゴリーン)

 会社帰りの人がいっぱい乗ってた。

みなさんバスに揺られながら何を思うんだろう。

今日会った人のことかな? それとも家で待ってる家族やネコのこと? やっぱり明日会う人のこと? 

きっとみんないい出会いがしたいけど、嫌な出会いも結構あるし、むしろそっちの方がデフォだったりする。

 青墓に近付くにつれ段々乗客が少なくなって、青墓の前のバス停で乗客はあたし一人になった。

辺りは暗く、バスの車窓からの明りが沿道を照らすけれど、その向こうはまったくの暗闇で何も見えない。

〈次は青墓北堺です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください〉

(ゴリゴリーン)

ステップを下りかけたら、マイクのスイッチが入る音がした。

「お嬢さん、こんな時間に一人で青墓はお勧めしないな」

運転手さんの掠れた声が誰もいない車内に響いた。

「何か悩みがあるんなら、オジサンが聞いてあげるけど。この運行が終わったら、オジサンあがりだから今晩一緒にどう?」

「いいえ、彼と待ち合わせなの」

「チッ」

舌打ちが聞こえた。エロオヤジ、きも。

バスが発車するまで睨んでやった。スキを見せたら襲って来そうで怖かった。

 頭にヘッドランプを装着して青墓の杜に踏み込んだ。

よくこんなことしてると今さら後悔の念に苛まれた。

せめてフジミユにだけは連絡しとけばよかった。

それか明日、明るくなってからでよかったんじゃ。

これって、プレミアム死亡フラグだよ。

とりあえず、この間スーパーヤオマンで買った水平リーベ棒は持って来たけど、あの時は無我夢中だったから使い方なんて覚えてないし。

もし、蛭人間が出てきたら。死ぬの? あたしってば。

 広場だ。街灯が一つある。

あの時人が集まっていた場所。

街のエライ人とかいっぱいいた。

待ち合わせはここでいいはずなんだけど誰もいない。

「おーい。クロエだよー」(小声)

返事ない。

やられたカナ。

呼び出しておいてこれか。

意地くそ悪いって言うか。あたしがバカって言うのか。

嫌われてるのは知ってたけど、こんな仕打ちって、ヒドクない?

音した。

草むらの方で。あっちからも。

逃げる用意。後ろからも音が。

顔出した。蛭人間だ。

あっちも、右にも。

近づいて来る。

水平リーベ棒、落としちゃった。

やばい、手が震えてうまくつかめないよ。

まずい。死ぬんだ。あたし。

助けて、だれか来て。

あれ? 

あいつ、垣根のところでつっかえてる。

やっと出て来た。転んじゃった。

歩き方、てちてちてちって。

やめて押し寄せて来ないで。

待って待ってって。なんなのこの子たち、ぼよんぼよんしてる。

「おい、おすなよ」(小声)

「しかたねーだろ、前見えねーんだから」(小声)

「転ぶ転ぶ」(小声)

中の人の声聞こえる。着ぐるみじゃない、これ。

「やめー。やめー」

まぶしい。

広場に車のヘッドライトが照らされた。

明かりの向こうに黒いワゴン車が2台停まってる。

その一台から恰幅のいい背広の人が一人降りて来た。
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