「書かれた辻沢 54」

文字数 2,723文字

 まひるさんのフェラーリに乗って大門総合スポーツ公園のコテージに戻る。

田んぼの一本道、おそらく200kmは出ているのだろう、背中がシートに張り付きっぱなしだ。

車窓からは稲穂の列が次々に後方へ飛び去って行くのが見えている。

 まひるさんが、

「よかったですね」

 とつぶやくように言った。

 あたしもそう思う。失ってしまったノートが手に入ったのだから。

 ところがまひるさんは、

「ノートのこともそうですが」

 とあたしの考えを読み取って言った。

 あたしの半身がクロエと分かったこと?

「それもありますが」

 それでもないとするなら何のこと? 

 気付けばあたしは言葉を発っしないでまひるさんに質問していた。それはとても気楽な感じだった。

 まひるさんは、そのあとしばらく黙ったままでいた。

 山間の道に入ったフェラーリの車窓は、道路わきの木々をものすごいスピードで後方に追いやっている。

もうすぐ大門総合スポーツ公園だ。

 コンビニを過ぎる辺りで、まひるさんがようやく口を開いた。

「高倉様にお会いになられたことです」

 たしかに良い感じの方でしたけれど、そんなに?

 とまひるさんの横顔を見る。

「はい。あの方こそ、宮木野ですから」

 えーーーーーーーーーーーーーーー! だった。

「宮木野って、辻沢ヴァンパイアの始祖の? 母の名を継いだ宮木野?」

 ビックリしたせいであたしは声を取り戻した。

「はい。そうです」

 どうりで由香里さんに似た感じだと思った。だからまひるさんにも似ていたんだ。

「なんでも力になってくれますよ。これで辻沢はミユキ様の味方です」

 あたしは勢い余ってとんでもないものを背負ってしまったようだ。



 大門総合スポーツ公園の駐車場にはすでにバモスくんが帰って来ていた。

その横にフェラーリを停めて、まひるさんとあたしはコテージに向かう。

 コテージでは今まさに、鞠野先生とユウさんが二人きりということだ。

ユウさんはともかく鞠野先生大丈夫だろうか。隠してるけど本当はすごい人見知りだから。

 玄関ドアの前に立つと、中から笑い声が聞えた。なんか、うまくやってるみたいだ。

「帰りました」

 と言ってドアを開けて中に入る。

「「お帰り」」

 二人同時に返事があった。

「「ただいま」」

 久しぶりに家族のもとに戻ったような感じがした。

前期終わって辻沢に来て以来、ずっと誰もいない部屋に帰っていた。

それ以前、いつもおかえりと言ってくれたのはミユウだった。

ミユウとあたしは家族だった。

今はミユウはいないけれど、その代わりあたしにはたくさん家族がいる。

ユウさん、まひるさん、クロエ、ついでに鞠野先生も。みんなあたしの家族だ。

心がじわっと温かくなった。

「ありがとうございます」

 まひるさんが後ろでささやいた。

「家族に入れてくださって」

「いいえ。本当はエニシってこういうことなんじゃないかなって思うんです。ふと感じる、人と人とのつながりのような」

「運命を押し付けて来るのでなく、ですね」

「はい」



 コテージの応接セットに集まって、サノクミさんと兵頭ナオコさんが残したリング・ノートを皆で見てみた。

 ユウさんはあまり興味がなさそうな感じでいて、まひるさんはあたしがページをめくって感想を言う度に丁寧に相槌を打ってくれる。

そして、鞠野先生はあたしの横で目をキラキラさせている。

新たな発見にワクワクが止まらないようだった。

 中身を見てみると、思っていたような調査資料ではなくサノクミさんとナオコさんの交換日記だった。

その筆跡が一つだけなのは、サノクミさんのパートをナオコさんが書き写したものだからだろう。

とても几帳面で一字一句間違えないように注意して書いたという印象を受けた。

 このレプリカを作ったのは、最初はノートの意味を理解して残したというのではなかったようだ。

「クミはすぐなくすから」

 と紛失した時用に残すとナオコさんが裏書してあったのだ。

 最初のページには、高校が別々になっても二人の友情を守るためと目的が掲げてあった。

 それを見て鞠野先生が、

「スマフォとかなかった時代だからね。学校が違ったりすると疎遠になりがちだったんだよ」

 と時代の代弁者のようなことを言った。

 ただ、三十年前のJKもあたしたちと同じく、アイドルやマンガ、お気に入りの小説、映画のこと、ブランド服とかお化粧品の話ばかりで紙面をいっぱいにしていた。

 そんなJKの日常ばかりの記事の日付に☆印がついているものがある。

それは日記の記事とは別の赤ペンでテストの採点でもするかのように後から印されてあった。

「この☆印がどうやら、けちんぼ池に関する記事みたいだね」

 鞠野先生が言った。

 最初の☆印の記事はあたしにとってとても感慨深かった。

それはサノクミさんがエニシの話をしていたからだ。

「真面目な話、あたしとナオって赤い糸で繋がってたりして」

 次の日のナオコさんの返事は、

「クミのことはとっても大切だけど、あたしは運命の糸は男子がいいな」

 というものだった。ナオコさんのまじめすぎる反応は意外だけど、二人の間にこのことを冗談にできない何かがあったのかもしれない。

 というのもこの後、二人の間が気まずくなったのか、それまで毎日のように交わされていた日記が半月ほど停滞してしまったからだ。

「ナオコさん百合とかダメな人だったのかな」

 とあたしが言うと鞠野先生が、

「僕は普通に読んでましたけどね」

 先生はそういう人だけれども……。

 交換日記が再開されてからしばらくの間はJKの日常が綴られていくのだが、ある日を境に☆印が増えて行く。

その記事というのが、

「あたし、運命の人みつけちゃった」

 とある記事だ。

前のこともあったからだろう、サノクミさんはとても慎重な感じで書き出していた。

それは由香里さんとサノクミさんが赤い糸で繋がれているということを意味しているのだが、しばらくは糸のことには触れず、まるで秘密の恋人の話をしているような説明の仕方なのだった。

ナオコさんも初めのうちは、それに対してJKらしい反応で、

「待ってるだけじゃダメだよ、応援するから頑張って」

 と前のめりになっていた。

しかし、後になって由香里さんの名前が出た途端にナオコさんの態度が一変して、あの人は近寄っちゃダメと言うようになる。

どうしてダメなのかを話さないナオコさんと頑なに運命を言うサノクミさんとはずっと平行線だったが、ついにナオコさんが、

「あの人はヴァンパイアなんだよ」

 と書いた記事から、ノートの性質がそれまでのJKの交換日記から共有フィールドノートへと一変する。

「知ってる。でも由香里とは繋ってなきゃいけないの」

 と言って、サノクミさんがけちんぼ池のことを語り出したからだった。


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