「書かれた辻沢 11」
文字数 2,038文字
まひるさんにご招待いただいたヤオマングランドホテルのスイートは、あたしには場違い感しかなかった。
ロビーから10階まで直通の専用エレベーターで昇り、ふかふかの絨毯が敷かれた深紅の廊下を歩いて、純白に金装飾が施されたドアの前に立った。
何も言わずとも自然に扉が開くと、そこのは顔半分に包帯をしたゴスロリメイドさんが深々とお辞儀をして控えていた。
「この子はコトハといいます。あたしの妹です」
とまひるさんに紹介されたので、
「こんにちは。初めまして」
と挨拶したが、コトハさんはそれには答えずドアの所で控えて動かなかった。
室内は天井が高く緞帳のような分厚いカーテンに豪華な照明が灯り、硬めの巨大なソファーに腰を下ろすと、いたたまれなさにお尻がムズムズして仕方がない。
そんな中で、まひるさんが別の部屋に行ってしまい、ユウさんと二人きりになった。
ユウさんのことはミユウから沢山話に聞いていたけれど、いざこうなると何を話せばいいか分からない。
改めて部屋の中を見回すと、人が出入りする場所にしてはあまり多くない記憶の糸の中にミユウのものがあるのに気が付いた。
それはここ最近にできたもので、今のあたしよりそわそわした気持ちと嬉しい気持ちの糸だった。
そういえばミユウはゲームアイドルに興味があると言っていたのを思い出す。
まひるさんの記憶の糸もあったが、頼まれない限りそれを読むことはしない。
勝手に読むのは人のスマフォを開けて許可なくSNSやメールを見るのと一緒だからだ。
読めるあたしを信頼して招待してくれていると思うと尚更だ。
ただ、気がかりだったのは妹のコトハさんの記憶の糸がまったく見当たらないことだった。
どんな人でもそこに生活していれば記憶の糸を残してゆく。
些細なことでも場所の記憶として蓄積されるものなのだが、あたしの関心のあるなし以前に、コトハさんが、まるでここに存在していないかのようなのだった。
しばらくして、まひるさんが別の部屋からキャスターを押して出て来た。
そのキャスターには大皿のサンドイッチ・オードブルが乗っていた。
なんておいしそうなんだろう。
様々な具材のサンドイッチが華やかに飾り付けられて食べるのがもったいないくらい。
まひるさんがテーブルの上をセッティングするのを見ながら、
「まひるが作るのは、いつもうまそうだな」
とユウさんが言ったので、まずまひるさんが作ったことに驚いてから、
「おいしそうです」
「ありがとうございます。ここではあたしが料理を作っても誰も食べませんので、お客様をお招きした時だけが腕の振るい時なんです」
と、小皿と手拭きをユウさんとあたしに手渡しながらまひるさんが言った。
ユウさんは、それを受け取って一旦テーブルの上に置くと、まひるさんとあたしに向かって、
「ミユウのために黙とうをしたい」
と言ったのだった。
ユウさんとまひるさんが黙とうをした。あたしもそれに倣って黙とうする。
こういう時、人は何を想うのだろう。冥福を祈る? それとも今の悲しい気持ちを伝える?
でも、あたしはそのどちらもしない。またすぐ会えるから。
それで、あたしはミユウとの楽しかった寮生活を思い出すことにした。
きっとミユウは喜んでくれたと思う。
「食いたいだろうな、ミユウも」
とユウさんの声が聞えたので目を開けると、ユウさんはすでにトマトサンドを口に運んでいた。
「あいつ大食いだからな」
とも。あたしもそれは否定しないし、なんならあたしの方がよく食べると思いながらも、手が出せずにいると、
「どうぞ、遠慮なさらずに」
と言ってまひるさんが幾つか取り分けた小皿をあたしの前に置いてくれた。
「いただきます」
と一口頬張ると、おいしすぎた。
「ほいひいれふ(おいしいです)」
あたしはマナーをどこに捨てて来たのか?
「ありがとうございます」
と言ったまひるさんの笑顔が眩しすぎた。
ユウさんは最初の一つしか食べないし、まひるさんはサンドイッチには手をつけず、あの奇妙な味の飲み物だけを口にしていた。
だから、結局ほとんどあたしが食べたことになったのだけど、まだ入りそうだった。それくらいおいしかったのだ。
お昼を食べ終わって、銀座吉岡屋のマカロンと薫草堂のカモミールティーを頂きながらミユウの話をした。
ユウさんは鬼子神社でしたのと同じ実測の話を繰り返した。
何度でも、ミユウがすごかったことを聞かせたいらしかった。
「鬼子神社の土中に埋まった船型の社殿を曳いて行き、青墓の丘の中腹に据える」
ミユウは、それでけちんぼ池が出現すると予想したという。
地道な調査を積み上げてそこに到達したことがミユウらしいと思った。
あたしは、ミユウに再び会うためにその意思を継がなければならない。
ミユウが鬼子神社を実測したならそれを記録したノートがあるはずだ。
拠点にしてた紫子さんの家を訪ねればそれを見ることが出来るだろう。
それに、ミユウのことも紫子さんに報告しなければいけない。
とても気が重いことだけれど。
ロビーから10階まで直通の専用エレベーターで昇り、ふかふかの絨毯が敷かれた深紅の廊下を歩いて、純白に金装飾が施されたドアの前に立った。
何も言わずとも自然に扉が開くと、そこのは顔半分に包帯をしたゴスロリメイドさんが深々とお辞儀をして控えていた。
「この子はコトハといいます。あたしの妹です」
とまひるさんに紹介されたので、
「こんにちは。初めまして」
と挨拶したが、コトハさんはそれには答えずドアの所で控えて動かなかった。
室内は天井が高く緞帳のような分厚いカーテンに豪華な照明が灯り、硬めの巨大なソファーに腰を下ろすと、いたたまれなさにお尻がムズムズして仕方がない。
そんな中で、まひるさんが別の部屋に行ってしまい、ユウさんと二人きりになった。
ユウさんのことはミユウから沢山話に聞いていたけれど、いざこうなると何を話せばいいか分からない。
改めて部屋の中を見回すと、人が出入りする場所にしてはあまり多くない記憶の糸の中にミユウのものがあるのに気が付いた。
それはここ最近にできたもので、今のあたしよりそわそわした気持ちと嬉しい気持ちの糸だった。
そういえばミユウはゲームアイドルに興味があると言っていたのを思い出す。
まひるさんの記憶の糸もあったが、頼まれない限りそれを読むことはしない。
勝手に読むのは人のスマフォを開けて許可なくSNSやメールを見るのと一緒だからだ。
読めるあたしを信頼して招待してくれていると思うと尚更だ。
ただ、気がかりだったのは妹のコトハさんの記憶の糸がまったく見当たらないことだった。
どんな人でもそこに生活していれば記憶の糸を残してゆく。
些細なことでも場所の記憶として蓄積されるものなのだが、あたしの関心のあるなし以前に、コトハさんが、まるでここに存在していないかのようなのだった。
しばらくして、まひるさんが別の部屋からキャスターを押して出て来た。
そのキャスターには大皿のサンドイッチ・オードブルが乗っていた。
なんておいしそうなんだろう。
様々な具材のサンドイッチが華やかに飾り付けられて食べるのがもったいないくらい。
まひるさんがテーブルの上をセッティングするのを見ながら、
「まひるが作るのは、いつもうまそうだな」
とユウさんが言ったので、まずまひるさんが作ったことに驚いてから、
「おいしそうです」
「ありがとうございます。ここではあたしが料理を作っても誰も食べませんので、お客様をお招きした時だけが腕の振るい時なんです」
と、小皿と手拭きをユウさんとあたしに手渡しながらまひるさんが言った。
ユウさんは、それを受け取って一旦テーブルの上に置くと、まひるさんとあたしに向かって、
「ミユウのために黙とうをしたい」
と言ったのだった。
ユウさんとまひるさんが黙とうをした。あたしもそれに倣って黙とうする。
こういう時、人は何を想うのだろう。冥福を祈る? それとも今の悲しい気持ちを伝える?
でも、あたしはそのどちらもしない。またすぐ会えるから。
それで、あたしはミユウとの楽しかった寮生活を思い出すことにした。
きっとミユウは喜んでくれたと思う。
「食いたいだろうな、ミユウも」
とユウさんの声が聞えたので目を開けると、ユウさんはすでにトマトサンドを口に運んでいた。
「あいつ大食いだからな」
とも。あたしもそれは否定しないし、なんならあたしの方がよく食べると思いながらも、手が出せずにいると、
「どうぞ、遠慮なさらずに」
と言ってまひるさんが幾つか取り分けた小皿をあたしの前に置いてくれた。
「いただきます」
と一口頬張ると、おいしすぎた。
「ほいひいれふ(おいしいです)」
あたしはマナーをどこに捨てて来たのか?
「ありがとうございます」
と言ったまひるさんの笑顔が眩しすぎた。
ユウさんは最初の一つしか食べないし、まひるさんはサンドイッチには手をつけず、あの奇妙な味の飲み物だけを口にしていた。
だから、結局ほとんどあたしが食べたことになったのだけど、まだ入りそうだった。それくらいおいしかったのだ。
お昼を食べ終わって、銀座吉岡屋のマカロンと薫草堂のカモミールティーを頂きながらミユウの話をした。
ユウさんは鬼子神社でしたのと同じ実測の話を繰り返した。
何度でも、ミユウがすごかったことを聞かせたいらしかった。
「鬼子神社の土中に埋まった船型の社殿を曳いて行き、青墓の丘の中腹に据える」
ミユウは、それでけちんぼ池が出現すると予想したという。
地道な調査を積み上げてそこに到達したことがミユウらしいと思った。
あたしは、ミユウに再び会うためにその意思を継がなければならない。
ミユウが鬼子神社を実測したならそれを記録したノートがあるはずだ。
拠点にしてた紫子さんの家を訪ねればそれを見ることが出来るだろう。
それに、ミユウのことも紫子さんに報告しなければいけない。
とても気が重いことだけれど。