「辻沢日記 13」
文字数 1,738文字
けたたましく鳴る警報の中、スマフォを見ながら近くにいた迷彩服の人が言った。
「このマーカーが集中してる所って青墓じゃね?」
「ばかいえ、青墓は特別イベント以外立ち入り禁止だ」
「それより、こんな出玉数見たことないぞ」
あたしもスレイヤーR・アプリを立ち上げてマップを見てみた。
たしかに青墓付近が赤いポイントで埋め尽くされている。
何十? いや何百という数だった。
「いや、俺はある。アワノナルトが抹消されたときがこんなだった」
「運営が総力上げてつぶしにかかったって、あれか」
誰かが鳥居のほうに移動を始めると、それに釣られて皆が一斉に駆け出した。
ここから青墓へはバスで行くのが一番早い。
だが本数が少ないうえに小型バスしか運行していない。
皆それが分かっているから、我先に出口に殺到する。
境内は一瞬でパニック状態になった。
石段を踏み外しそうになってもんどり打ってる人、勢いにはじかれて垣根に突っ伏す人、転んで踏みつぶされそうになる人。
人が参道やバス停の周辺でもみくちゃになっていた。
人が捌けた境内は埃っぽい空気が漂っていた。
結局、あたしは出遅れて一番最後になってしまった。
石段の上からバス停を見下ろすと、丁度バスが来たところで乗車口はスレーヤーだかりができていた。
人に譲るという意識など皆無な連中なのだろう、バスのアナウンスが悲鳴を上げている。
これではいくら待っても乗れないだろう。
どうやって青墓へ行こうか。
駅に戻ってタクシーを拾おうかと思ったが、同じことを考えた人が駅への道を駆けていくのが見えたのでやめにする。
結局、ここではユウには会えなかった。
ということは、またスレーヤーに交じってゲームに参加しながらユウを探さなきゃならない。
蛭人間さんたちと交戦か。やれやれだ。
街から吹き付けてきた生臭い風が頬をなめていった。
少し高台になったこの場所からは辻沢が見渡せる。
戦国の世から続いているという古い街並みはスレーヤーの騒動など関係なさげに陰鬱な様子で沈んで見える。
400年以上の間、黙して語らなかった街。
良いとも悪いとも言わない。
けれどこちらの動きはじっと見ている。
いやな街だ。
あたしはこの街でユウに翻弄され続けた。
でもそれはユウのせいじゃない。
エニシとやらのせいだ。
誰が決めたのかも分からないエニシがあたしをこの街に縛り付けて逃れようともがいても、そうさせてくれなかった。
何度この宿世を恨んだか知れない。
その恨みを何にもぶつけることが出来ずに、あたしは一人でもだえていた。
「ミユウ。何してる」
振り向くとユウが立っていた。額に汗が滲んでいてひと仕事してきたかのようだ。
「青墓に行く方法を考えてた」
「歩いて?」
「地下道をね」
「ふーん。ミユウはあそこが嫌いなんじゃ」
「ううん。結構お気に入り」
「うそだ」
「そう、うそ。大っ嫌い」
「だろ。でなきゃ……」
と言いかけてユウは背中を向けた。
「ついて来な。裏に車停めてある」
社殿の脇を抜けて社務所の横の木戸をあけると緩い坂が裏手に向かって伸びている。
そこをユウは足早に下りてゆく。
短く刈った後ろ髪、小さな背中、下げたままの両腕、無駄のない足運び。
中学生のころ必死になってユウについて行ったのを思い出す。
何かに突き動かされて先を進むユウ。
やがて潮が満ちれば抗いようのない衝動に我を忘れて暴虐の限りを尽くす。
そんなユウにあたしは恐怖というより畏怖を覚えていた。
あの頃は、付き従うのに精一杯だったし、それがあたしの生きる術だったからそんなこと考える余裕もなかったけど、ユウは本当はその姿をあたしに見られたくはなかったんじゃないだろうか。
少しの間距離を置いて、こうして辻沢に戻ってユウと一緒にいると、あの頃のユウもあたしも必死で生きていただけの、すごく脆弱な存在だったことに気づく。
そして思う、最初にユウの手を引いて逃げる先に、ここでないもっと別の、ユウとあたしだけが生きて行けるような場所はなかったのかって。
ユウが裏道に停めてあった赤いオープンカーに乗り込んだ。
あたしも助手席に座ってシートベルトを締める。
ユウがなんだかぎこちなさげにこっちを見て、
「怖くない?」
と言った。
何をいまさらだ。
何度キミに修羅場を見せられてきたと思ってる。
あたしは首を横に振った。
「このマーカーが集中してる所って青墓じゃね?」
「ばかいえ、青墓は特別イベント以外立ち入り禁止だ」
「それより、こんな出玉数見たことないぞ」
あたしもスレイヤーR・アプリを立ち上げてマップを見てみた。
たしかに青墓付近が赤いポイントで埋め尽くされている。
何十? いや何百という数だった。
「いや、俺はある。アワノナルトが抹消されたときがこんなだった」
「運営が総力上げてつぶしにかかったって、あれか」
誰かが鳥居のほうに移動を始めると、それに釣られて皆が一斉に駆け出した。
ここから青墓へはバスで行くのが一番早い。
だが本数が少ないうえに小型バスしか運行していない。
皆それが分かっているから、我先に出口に殺到する。
境内は一瞬でパニック状態になった。
石段を踏み外しそうになってもんどり打ってる人、勢いにはじかれて垣根に突っ伏す人、転んで踏みつぶされそうになる人。
人が参道やバス停の周辺でもみくちゃになっていた。
人が捌けた境内は埃っぽい空気が漂っていた。
結局、あたしは出遅れて一番最後になってしまった。
石段の上からバス停を見下ろすと、丁度バスが来たところで乗車口はスレーヤーだかりができていた。
人に譲るという意識など皆無な連中なのだろう、バスのアナウンスが悲鳴を上げている。
これではいくら待っても乗れないだろう。
どうやって青墓へ行こうか。
駅に戻ってタクシーを拾おうかと思ったが、同じことを考えた人が駅への道を駆けていくのが見えたのでやめにする。
結局、ここではユウには会えなかった。
ということは、またスレーヤーに交じってゲームに参加しながらユウを探さなきゃならない。
蛭人間さんたちと交戦か。やれやれだ。
街から吹き付けてきた生臭い風が頬をなめていった。
少し高台になったこの場所からは辻沢が見渡せる。
戦国の世から続いているという古い街並みはスレーヤーの騒動など関係なさげに陰鬱な様子で沈んで見える。
400年以上の間、黙して語らなかった街。
良いとも悪いとも言わない。
けれどこちらの動きはじっと見ている。
いやな街だ。
あたしはこの街でユウに翻弄され続けた。
でもそれはユウのせいじゃない。
エニシとやらのせいだ。
誰が決めたのかも分からないエニシがあたしをこの街に縛り付けて逃れようともがいても、そうさせてくれなかった。
何度この宿世を恨んだか知れない。
その恨みを何にもぶつけることが出来ずに、あたしは一人でもだえていた。
「ミユウ。何してる」
振り向くとユウが立っていた。額に汗が滲んでいてひと仕事してきたかのようだ。
「青墓に行く方法を考えてた」
「歩いて?」
「地下道をね」
「ふーん。ミユウはあそこが嫌いなんじゃ」
「ううん。結構お気に入り」
「うそだ」
「そう、うそ。大っ嫌い」
「だろ。でなきゃ……」
と言いかけてユウは背中を向けた。
「ついて来な。裏に車停めてある」
社殿の脇を抜けて社務所の横の木戸をあけると緩い坂が裏手に向かって伸びている。
そこをユウは足早に下りてゆく。
短く刈った後ろ髪、小さな背中、下げたままの両腕、無駄のない足運び。
中学生のころ必死になってユウについて行ったのを思い出す。
何かに突き動かされて先を進むユウ。
やがて潮が満ちれば抗いようのない衝動に我を忘れて暴虐の限りを尽くす。
そんなユウにあたしは恐怖というより畏怖を覚えていた。
あの頃は、付き従うのに精一杯だったし、それがあたしの生きる術だったからそんなこと考える余裕もなかったけど、ユウは本当はその姿をあたしに見られたくはなかったんじゃないだろうか。
少しの間距離を置いて、こうして辻沢に戻ってユウと一緒にいると、あの頃のユウもあたしも必死で生きていただけの、すごく脆弱な存在だったことに気づく。
そして思う、最初にユウの手を引いて逃げる先に、ここでないもっと別の、ユウとあたしだけが生きて行けるような場所はなかったのかって。
ユウが裏道に停めてあった赤いオープンカーに乗り込んだ。
あたしも助手席に座ってシートベルトを締める。
ユウがなんだかぎこちなさげにこっちを見て、
「怖くない?」
と言った。
何をいまさらだ。
何度キミに修羅場を見せられてきたと思ってる。
あたしは首を横に振った。